ねとらぼ読者のみなさん、こんにちは。虚構新聞の社主UKです。
去る5月に発表された第38回講談社漫画賞。今年の受賞作は、児童部門が「妖怪ウォッチ」(小西紀行/小学館)、一般部門が「昭和元禄落語心中」(雲田はるこ/講談社)など、いずれも選ばれるべくして選ばれた良作でしたが、社主的に毎年関心が高いのはやはり少女部門です。過去「海月姫」「ちはやふる」「失恋ショコラティエ」などそうそうたる顔ぶれが受賞してきたこの部門ですが、今年はタアモ先生の「たいようのいえ」(〜10巻、以下続刊/講談社)が受賞しました。
タアモ先生です
「デザート」で連載している「たいようのいえ」は、かつて離れ離れになってしまった家族が再びひとつになろうとしていく様子を描いた心温まるドラマで、ストーリーも今ちょうど家族の融和に向けて佳境に入ろうとしているところ。少女漫画好きの女性のみならず、男性読者にも読みやすい作品なので、ぜひ読んでいただきたいところです(デザートと言えば、本連載第1回で取り上げた「となりの怪物くん」もおすすめです)。
というわけで今回はこの「たいようのいえ」を……となりそうなところですが、社主のひねくれ気分により、今回はあえてタアモ先生の別作品「アシさん」(〜2巻/小学館)をご紹介します。

西炯子先生や穂積先生など、昨今話題の作家さんが多い「月刊フラワーズ」で連載中の本作は、「たいようのいえ」とは打って変わって、コメディ主体のショート作品。タイトルにもあるように、漫画家のタマゴでもあるアシスタントの世界が舞台です。
社主が初めてこの漫画を読んだ時の感想はちょっとした驚きでした。というのも、かれこれ8年ほどタアモ先生の作品を読んできましたが、これまでは「ベツコミ」に掲載されてきたリリカルな読み切りがメインだったので「まさかコメディとは、大転換だな」と。
けれど、これがまた面白い! 詳しくはこれから紹介していきますが、いい意味で裏切られました。「たいようのいえ」でもユーモアあるやり取りが割と出てくるのですが、「アシさん」はそれをもっと面白い方に突っ切った、タアモ先生の中でも吹っ切れている作品なので、ぜひ楽しんでいただきたいです。
「これ ちんこにグラデ貼って 汁削って」 アシさんの現場って?
主人公の浪川睦(なみかわ・むつみ)は少年漫画家・大竹リコ先生のところでアシスタントをしながら、漫画家デビューを目指す女の子。本作は「アシさん」として奔走(ほんそう)する睦の成長を見守っていくお話です。
ジャンルとしては、おなじみ「バクマン。」や、今月からアニメも始まった「月刊少女野崎くん」のようないわゆる「漫画家漫画」ですが、これらの作品はすでに漫画家デビューしたあとを描いているのに対し、「アシさん」では風呂・歯みがきなんか構ってられないという女を捨てた締め切り寸前の「修羅場」、出版社への持ち込み、取材旅行、謝恩会など、アシさんの目から見た漫画の現場に近いエピソードが多く趣も異なっています。

さて、睦はリコ先生だけでなく、時々ほかの漫画家のアシスタントにも入るのですが、中でも強烈な個性を持って現れたのが、BL作家の山猫先生。クールな外見とは裏腹に、仕事場でBLのCDをかけながら仕事する真性腐女子の彼女は、社主がこの連載の中で何度か触れてきた、「この人、黙ってさえいれば本当に最高なのに……」という残念美人。
何しろ、睦への最初の指示が「これ ちんこにグラデ貼って 汁削って」という、これまでのタアモファンが一斉にコーヒー吹くようなセリフ。しかもタアモ先生の描く絵がかわいいだけに余計にギャップがひどい。かつて田舎列車の駅員さんに一目ぼれした純朴な少女の恋心をつづったりもしたタアモ先生の作品で、まさか「ちんこ」の文字を見ることになるとは思いもしませんでした。
読んだ当時、「よくこれ少女漫画誌に載ったな」と衝撃的ではありましたが、本作が本格的に吹っ切れた瞬間でもあったと思います。この山猫先生登場以降、コメディとしてさらに大きく舵を切った感じで、以降山猫先生回は抜群の面白さを誇っています。これはぜひ男性にも読んでいただきたい。
アシさんの悩みや現実も丁寧に描く

と、ここまで本作のコメディ的な部分を紹介してきましたが、そんな面白エピソードを含みつつ、漫画家のタマゴとして経験する悩みや現実にしっかり触れているところにも注目です。
連載当初から登場しているリコ先生のアシスタントで先輩の長嶋さん。アラサー(という名のリアル30歳)の彼女もまた漫画家志望ながら、いまだデビューならず、それでも夢を追い続けています。漫画家デビューの限界は、その絵柄や感性の面から25歳や30歳などとしばしば言われていて、長嶋さんも今その崖っぷちなのです。もちろんアシスタントを専門にする「プロアシ」という生き方もあるのですが、彼女は絶対にあきらめない。
しかも、リコ先生のところにアシスタント経験のためにやってきた新人19歳のあかさ・たなは、「何か賞金目当てで描いたら担当さんがついちゃって、せっかくだしプロになれるんならなってみよっかなー」という軽い動機だったのに、睦や長嶋さんを尻目にあっという間にデビューしてしまう、この世界のある種の残酷さも描いています。
その点に関しては、普段BLにはよだれ顔の山猫先生でさえも、真面目に「でもその子はちゃんと作品を仕上げたってことだよね」「きちんと仕上げないとスタートラインにも立てないよ? 文句言う前に描かなきゃな」と至極真っ当なコメントをするあたり、やはりこの作品の根底にあるのは漫画にかける情熱と愛なのだなと感心するばかりです。
漫画家という職業
実は今回本作を取り上げた理由の1つは、先日「たいようのいえ」受賞を受けて掲載されたタアモ先生のコメントでした。デザート8月号より引用します。
「たいようのいえ」を始めた頃は漫画を描いていくことへの自信を完全に失っていた頃で、ネームを進めることができずに泣いてばかりいました。そんな私を支えて下さった編集部の皆さん、担当編集さん、デザイナーさん、関わって下さった皆さん、そして何より読者の皆様のおかげで少しずつですが「漫画を描くこと」がどういうことか思い出し、より知っていけた作品だと思っています。
社主はこれを読んで、真っ先に「アシさん」を思い浮かべたのです。すでに10年以上プロの漫画家として活躍してこられたタアモ先生ではありますが、長く続けているからと言って、いや続けてきたからこそ見えてくる漫画家という職業の難しさ。睦や長嶋さんが目指すプロデビューは文字通りデビューであって、ゴールですらないのです。またそれゆえ、自分の作品が漫画賞受賞というかたちで高く評価されたことの喜びは計り知れないものだろうとも思います。そして長らく作品を応援してきた読者にとってもまた、好きな漫画家さんが広く知られるようになるのは何とも言えない喜びです。
昨今Twitterなどを通じて、現役漫画家さんの苦しい心情や、取り巻く厳しい現実を垣間見てしまうこともあるのですが、それでもただ読者を楽しませたい一心でひたすら描き続ける漫画家というお仕事への敬意を払いつつ、社主はこれからもいろんな漫画を紹介していきたいなと、間もなく本連載1年を迎えるに当たりあらためて決意した次第です。
ただ漫画が好きだという勢いだけで始まったこの連載も、多くのねとらぼ読者のみなさんに支えられてここまで続けてこられました。これからもどうぞお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
今回も最後までお読みくださりありがとうございました。
(C)タアモ/小学館フラワーコミックスα
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