ねとらぼ
2026/04/28 18:15(公開)

『ゴジラ-0.0』に登場しそうな艦船・航空機を勝手に想像しちゃった【キャプテンナガハマの艦船マニアックス】

 映画『ゴジラ-0.0』の予告編に登場した四発の大型飛行艇、二式大艇。すでにSNSでは「旧海軍の大艇じゃーん」「デカい」「艦これでもおなじみ」といった反応で盛り上がっちゃっているー……、が!

 そんないま世間で盛り上がっている流れとは一切関係なく、この記事では、以前掲載した「これを読めば『ゴジラ-1.0』の背景が分かる 〜終戦時における旧海軍艦艇動向〜」と同様に、二式大艇(そして、その前機種である九七式大艇)のような大型飛行艇を日本海軍はなぜ必要としたのかという事情と、『0.0』で登場しそうな二式大艇以外の艦船と航空機を考察してみたい。

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ライター:長浜和也

フリーランスライター。雑誌『世界の艦船』やボードウォーゲーム専門誌『BANZAIマガジン』、MONOist、ねとらぼなどで船舶関係の記事を執筆する傍ら、図上演習(ボードウォーゲーム)のデザインに携わる。


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二式飛行艇(二式大艇)

二式飛行艇(二式大艇)。全長28.13m・全幅38.00mで、最高速度は時速465キロ(251ノット)。武装は20mm旋回銃5門、7.7 mm旋回銃4門(3門は予備)と、爆弾最大2トンもしくは航空魚雷2本。航続距離は偵察過荷状態で7153キロ。
(出典:『日本の偵察機 : 写真集』雑誌『丸』編集部 編 1972年 光人社 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12711626 参照 2026-04-20)

 二式大艇こと二式飛行艇は、1938年に川西航空機へ試作発注され、開戦後の1942年2月に制式化された。二式大艇は「長距離を飛べる飛行艇」という印象が強いが(それはそれで主要な目的)、それに加えて、遠距離攻撃が可能な打撃を担う航空戦力としても想定されていた。

 その背景には、日本海軍が抱えていた二重の制約があった。その1つは、ワシントン海軍軍縮条約ならびにロンドン海軍軍縮条約による保有艦の不均衡だ。

 日本海軍はこの時期、航空機を艦艇に対する有力な攻撃兵力として急速に認識し、中攻のような長距離攻撃機を日米の戦艦戦力差を縮めることを意識して発展させていった。日本海軍はミクロネシアの島嶼(とうしょ)に前線基地を設け、来攻する米艦隊を偵察・攻撃する構想を持っていたが、当時の日本における土木能力では、広大な海域に十分な航空基地を短期間で整備し続けることは難しかった。

 この基地整備能力の不足を補う対策として必要になったのが、滑走路に縛られず、海そのものを発着の場にできる水上機、とりわけ大型飛行艇だった。二式大艇は「航空基地を必要としない索敵機」であるとともに、より正確には、基地整備の不足を水上機の運用で補おうとした「基地を使わない攻撃力」の到達点として開発された機体ともいえるだろう。

 二式大艇を開発した川西航空機は、九七式大艇で長距離飛行艇の実用化に成功し、その後さらに高性能化を目指して二式大艇を開発した。九七式大艇は長大な航続力を持つ一方、防御力や高速性能では限界があった。二式大艇はそこを徹底的に補い、長距離性能を維持したまま、火力などの性能を引き上げた機体を目指した。実際、二式大艇の性能は当時の飛行艇としては破格で、全備重量32.5トンでありながら、航続距離3850浬、最高速度245ノットと、同時代の米国大型4発飛行艇「PB2Yコロナド」を大きく上回った(PBYカタリナは双発)。

 初陣は1942年3月に実施された「K作戦」で、二式大艇2機は3月3日にマーシャル諸島ウォッゼ環礁を発し、翌4日にフレンチフリゲート礁で伊号第九潜水艦から補給を受けたのち、オアフ島上空へ進出した。戦闘詳報には「二一一〇眞珠湾奇襲ニ成功セリ」とあるが、戦果そのものは米側に大打撃を与えるには至らなかった。それでもこの作戦が意味するものは大きく、日本海軍は、空母を使わずとも長距離飛行艇と潜水艦補給を組み合わせれば、真珠湾に圧力をかけ続けることができると認識するようになった。

 ただ、太平洋戦争を通して二式大艇は、地味ながら重要な索敵、哨戒、連絡、輸送支援といった役目を担い続ける。このあたりの具体的な内容は、二式大艇が配属された横浜海軍航空隊(後の第801海軍航空隊)や東港海軍航空隊(後の第802航空隊)の戦時日誌や戦闘詳報で確認できる。

 二式大艇は167機生産されたが、終戦時の残存機はわずか4機にすぎない。そんな二式大艇が予告編に出てきた以上、次に気になるのは「ほかにどんな旧海軍兵器が出るのか」だろう。

 なお、“超私的”に重視したいのは、「単に有名で関心の高い艦や機体」ではなく、終戦時に残っていたか、そして、その後の戦後処理まで含めて1949年前後の世界に持ち込めるかで絞ることだ。公式告知で『ゴジラ-0.0』は『ゴジラ-1.0』の死闘から2年後、1949年前後とみるのが妥当といえる。

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長門、酒匂、葛城、鹿島…… 艦船の候補は?

 その上で、戦艦「長門」と軽巡洋艦「酒匂」は、“登場してほしい艦”ではあっても、“登場できる艦”ではない。この2隻は史実で1946年7月のクロスロード作戦で標的艦となって沈んでいる。しかも『ゴジラ-1.0』では、その核実験がゴジラの再変異に関わる出来事として扱われている。この2隻を『ゴジラ-0.0』に再登場させるには、重巡洋艦「高雄」のような「戦後処分ルートの変更」では足りず、クロスロード作戦そのものを別の歴史に改める必要がある。前作の改変幅を考えても、ここはさすがに無理があるだろう。

終戦時の横須賀軍港における戦艦「長門」で、この時点で擬装しやすいように煙突上部と後檣上部は切断されるなど、戦闘を目的とした航海は断念していたという。
(出典:Naval History and Heritage Command 80-G-374671 Japanese battleship Nagato)

ビキニ環礁で行われた原爆実験「クロスロード作戦」で被弾した「酒匂」の被害状況。爆心近くにいた「酒匂」は艦橋から後部構造物が完全に押しつぶされて炎上。この状態でほぼ1日後、転覆・沈没した。
(出典:「丸」編集部 編「日本の軽巡 : 写真集」 光人社 1972 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/12660506 参照 2026-04-23)

 その条件で見ると、航空母艦「葛城」と練習巡洋艦「鹿島」が候補に挙がる。「葛城」は終戦時に残存した大型艦で、戦後は実際に復員輸送で外洋航海もこなしているなど、「動ける」「大きい」「戦後日本が実際に運用した」という3条件を満たしている。航空母艦ゆえに艦内容積も十分あるため、「大出力発電を必要とする対ゴジラ兵器」を搭載できる可能性も高い。「鹿島」も戦後に復員輸送で外洋航海を実施しており、かつ、幹部候補生を載せて長距離航海を実施するために必要とされた広大な船内容積を備えていた。

特別輸送艦時代の空母「葛城」。飛行甲板には復員便乗者船室用に増設した換気口などが設置されているほか、戦時中に被弾して内部から膨らんだままの状況も確認できる。
(出典:丸スペシャル 日本の空母I p.58)

特別輸送艦時代の軽巡「鹿島」で、兵装とカタパルトを撤去した上で後甲板に復員便乗者用の上構を追加している。
(出典:丸スペシャル 重巡利根型 軽巡香取型 p.62)

 なお、重巡洋艦「妙高」は終戦時に残存したが、戦争中の損傷で艦尾を失っており、実戦復帰には高雄以上の無理がある。妙高を戦闘可能状態まで戻すのは、その範囲をかなり超えることになるだろう。

 航空機で二式大艇の他に考えられるのは、陸上哨戒機「東海」だ。東海は日本海軍初の本格的な専用対潜哨戒機で、生産数153機、終戦時残存68機と、思いのほか残っている。対ゴジラ作戦における東海の強みは派手な攻撃力ではなく、対潜哨戒で求められた「低速で長時間飛び、海面や海中の異変を探ることに特化している」点だ。もし『ゴジラ-0.0』の世界で、海中のゴジラを追うのに対潜戦のノウハウが有効と設定されているなら、東海を“ゴジラ探知機”として作戦に投入するのは十分あり得る。

陸上哨戒機「東海」は対潜哨戒専用機として初めて開発された機体で、電探装備機を1型、磁探装備機を2型とした。画像は2型で、側面日の丸の後ろにある逆Cマークは、磁探時における編隊飛行で適正な間隔を保つ指標として用いられた。
(出典:『日本軍用機写真集』3 偵察機/飛行艇/輸送機/練習機、文林堂、1983.1、 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/13059345 参照 2026-04-20)

 なお、東海が登場するならば、磁気探知機「三式一号探知機」も重要な役割を担うだろう。米海軍の戦後報告でも、日本側は1943年末までに航空用MADの開発に成功し、1944年3月から対潜哨戒に実用投入したと記録されている。報告では、探知距離は平均条件で約120メートル、理想条件では約250メートルとされ、装置自体の信頼性も一定水準に達していた一方、航空機数と装備数の不足から構想されたほど広くは使えなかったという。

三式一号探知機の外観写真と機器接続図。外観写真は「航空技術の全貌(下)」(岡村純 1976年 原書房 p.540)がベースで、機器接続図は「U.S. Naval Technical Mission to Japan」(1945)をベースに里和玲伊氏が加筆した内容となっている。
(出典:フラックスゲートセンサーと戦争 三式一号磁気探知機物語 里和 玲伊 地質技術第15号)

三座水偵における三式一号探知機搭載推測図と対潜戦概略図。搭載推測図は「軍用機メカ開発物語」(野原茂 2023年 潮書房光人新社 p.210)からの引用、対潜戦概略図は「世界の傑作機別冊 Graphic Action Series 日本陸海軍偵察機・輸送機・練習機・飛行艇 1930-1945」( 野原茂 2009年 文林堂 p.142p)からの引用とされている。
(出典:フラックスゲートセンサーと戦争 三式一号磁気探知機物語 里和 玲伊 地質技術第15号)

 仮に『ゴジラ-0.0』で海中のゴジラ探知を作戦上の要点として描くなら、この装備を持つ東海の登場には十分な説得力がある。歴代のゴジラでは、その身体構造に特殊な物質や金属的性質を思わせる描写と設定がしばしば付随してきたことを踏まえると、対潜戦闘における磁気異常の検知という発想そのものは、対ゴジラ作戦の戦法としてもさほど不自然ではない。

 もちろん、ゴジラに対して三式一号探知機が実際に有効だとする公式設定が確認されているわけではない。だが、「海中の巨体を磁探で追う」という設定は、旧海軍の「間に合わなかった新兵器」を登場させる設定として、実に興味深いといえるのではないだろうか。

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