INDEX
僕が日ごろ、記事や動画で紹介している「限界ニュータウン」「限界分譲地」は、実際に購入した人の多くは、地価の上昇を見込んだ投機目的ではあったが、建前上は「住宅地」「別荘地」として販売されていたものだった。実際に住宅用地として利用するか、それとも資産として寝かせておくかは、あくまで購入者の判断なので、分譲当初から自宅を建てて暮らしていた住民もいる。
これら高度成長期・バブル期に開発された分譲地の多くは、その気になれば一応、住宅用地として今でも利用可能ではある。実際、価格は安いながらも中古住宅であれば一定の需要があるが、更地であれば一から新築工事を行わなくてはならない。
だが、最寄り駅も市街地も遠く、路線バス網もほぼ絶滅し、それでいて家族の人数分の駐車スペースも確保できないような狭い分譲地に、数千万円の建築費用を投じて新築を建てる人はほとんどいない。負の遺産を手放したい売主ばかりが残され、その売地の過剰供給が市場価格を破壊しているという構図だ。
ライター:吉川祐介

2017年、八街市周辺の物件探しの過程で数多く目にした、高度成長期以降の投機型分譲地についてのブログ「URBANSPRAWL -限界ニュータウン探訪記-」を開設。その後、YouTubeチャンネルの解説と自著の出版を経て同テーマに関する発信を生業にしています。
逆に言えば、その悪条件が克服できる数少ない人には、限界ニュータウンであっても住宅用地としての需要は僅かながらある。ところが、開発・造成から数十年が経過した古い分譲地は、利用者の意思とは無関係の事情によって、今日では住宅地としての利用ができなくなっているケースが少なからずある。
そうなるとその土地は、いくら分譲当時はれっきとした「住宅地」として販売されていたからと言っても、住宅を建築することができず、資材置き場や家庭菜園、駐車場といった宅地以外での利用方法しかなくなってしまう。

もっとも、たとえ今も住宅が建築可能な土地でも、その他の条件が悪ければ普通に「0円物件」として登場する時代。宅地として使用不能だからといって、その資産価値にさして大きな違いがあるわけでもないが、「建築不能」となる要因には意外とさまざまなパターンがある。今回は、実際に建築不能になってしまった分譲地の実例をいくつか挙げて、その理由と共に紹介していきたい。
(1)雑木や竹が生えた分譲地
これはあえて特定の実例を挙げるまでもなく、限界分譲地、放棄分譲地を訪ねてみれば、どこでも見られるもので、最も多いパターンでもある。
定期的に草刈りを行っていれば、宅地に巨木が生えることはないが、草刈りもせず土地を放置していると、土地はただ雑草に埋もれるだけでなく、いつの間にか鳥の糞などに混じった種が発芽し、やがて人の背丈よりも高い雑木と化していく。
特定の空き地の植生について定点観察しているわけではないが、Googleストリートビューなどを見ていても、10年前はまだ「草むら」と呼んでも差し支えない程度の空き地が、今は背丈が伸びた雑木と、その雑木に絡みつくツル科の葉で、足を踏み入れる余地もなくなっていることはよくある。もっとも厄介なのは竹(篠竹)で、これが群生すると地中は竹の根だらけになって、ほかの植物は駆逐され、すべて除却するのに多大な費用と労力を要することになる。

特に深刻なのは別荘地である。一般の住宅地では、分譲販売時に宅地に苗木を植えることはないが、別荘地の場合、景観のために宅地を囲うように苗木が植えられていたところが多い。あるいは、当初から立木が並んだまま分譲されていたと思われる別荘地もある。
僕が見て回っている範囲では、ヒバやサワラ、カイヅカイブキ、カラマツなどの針葉樹が目立つ。それから数十年、腰ほどの高さだった苗木は10メートルを超え、いまやとても素人の手には負えない巨木と化している。
もちろん重機などを入れて切り倒したり、根ごと掘り返したりすれば整地できるが、ひな壇上の宅地など、地形によっては重機が入れられない場所もある。いずれにせよ、手作業であったとしても理論上は除却が可能なので、「建築不能」とは言い切れないかもしれないが、問題はその費用が更地の実勢価格(不動産市場で実際に売買される価格)を大幅に上回ってしまうということだ。

0円物件として登場する宅地ですら定期的に草刈りが行われているものが珍しくない中、「宅地」の状態に戻すだけで数十万円単位の費用を要する雑木林が住宅用地として選ばれる望みは薄い。眺望など、よほどその土地に固有の魅力がない限り、宅地として再利用される可能性はほぼなく、ますますジャングル化が進んでいく。
(2)造成の甘さから陥没した分譲地
地盤が軟弱な宅地で、建物が不同沈下を起こしてしまうケースはよく聞くが、限界分譲地を巡っていると、一度も建物が建てられたことがないはずの空き地が陥没したり、ひどく波打ったりしている光景を見かけることがたまにある。茨城県の沿岸部では、その地形のゆがみが東日本大震災の影響によるものであるとの説明を受けたこともあるが、軟弱地盤だからといって、すべての分譲地が震災の影響を受けているわけではなく、むしろ例外的な存在なので、根本的には“ずさんな造成工事”に起因するものだろう。
よく聞くのは、宅地造成時に土砂ではなく伐採した樹木を地中に埋めて整地したために、地中の木片が腐って空洞が生じ、陥没しているケースである。
全国的に宅地造成のあらしが吹き荒れていた1960年代~70年代は、まだ環境保護の意識も薄く、ゴミの収集事業そのものが行われていなかった自治体もあり、一般家庭レベルでも、ゴミの焼却処分や敷地内への埋立は普通に行われていた。造成時に伐採した樹木を処分せず、そのまま埋め立てていたのは想像に難くない。

埋め立てていたのは樹木ではなく産業廃棄物の場合もあり、1990年代の千葉県北東部の建売住宅の現場では、浄化槽の埋設工事の際、地中から自動車や大量の100円ライターの残骸が掘り起こされたこともあったという。
これも、陥没した箇所に土砂を流し込めば一応は整地されるかもしれないが、やはりマイナスをゼロに戻すための余計な費用がかかることと、そもそも陥没した宅地の第一印象が悪すぎて、宅地としての復活の望みは極めて薄い。
(3)擁壁の劣化・崩落
(2)の要因と共通する部分があるが、ひな壇型の宅地で積み上げられている擁壁(ようへき:高低差がある宅地などで土地の崩落を防ぐために作られる壁状の構造物)が劣化して崩れかけていたり、亀裂が入って倒壊しかけたりしている光景を見ることがある。これも、古ければすべて劣化して崩れているというわけでもないので、おそらく施工技術に起因するものである。
軽微な破損であれば補修できるかもしれないが、問題は、その擁壁が現代の建築基準法で定める施工方法や強度を満たしていない場合である。
例えば、1970年代の古い分譲地の擁壁は大谷石(おおやいし)が多用されているが、この大谷石は現在、擁壁の資材として使用できない。高低差が2mに満たない擁壁の場合は、建築基準法における工作物としての適用を受けない(極論、好きな擁壁を作れる)ので、その資材の種類を問われることもないが、現に目の前で崩落しかかっている擁壁の上にこれから住宅を新築しようという人はいないだろう。

擁壁のすぐ近くに苗木を植えてしまったような宅地もあり、大木と化したその木の根によって擁壁の破壊が進んでいるところもある。また擁壁の問題に関係なく、ひな壇分譲地はその施工や盛り土の状態によって不同沈下が発生しやすいといわれているが、これも宅地として安心して使える状態に戻すまでに、その土地の価値をはるかに上回る工事費用を要するものである。
(4)不法占有
上記(1)~(3)と事情が大きく異なるケースとして、自分の土地がいつの間にか何者か(大抵は近隣住民)によって占有されているケースがある。同じ分譲地の住民の共同駐車場になっていたり、何かの作物が植えられていたり、ひどいケースでは普通に物置小屋が建てられていたりする。
さすがに物置小屋はやりすぎで、どう理屈をつけても占有者側が正当性を主張するのは難しいと思うが、容易に現状回復可能な駐車場や菜園であっても、理屈の上では占有者側に非がある行為である。しかし、こうした無断利用が行われる土地というのは、往々にして所有者が長年顔を見せることもなく、草刈りもせず放置している場所で、そうした土地は、無断で使用する意思があろうとなかろうと、所有者にかわって近隣住民が草刈りなどを続けている実態がある(管理されている土地が無断使用されるケースは少ない)。

無断利用を咎めるのは簡単な話だが、もしその所有者が、本来は所有者の義務である草刈りやその他土地の管理を、知らず知らずのうちに近隣住民に押し付けていたとしたら、その関係は修復不能なまでに悪化する恐れもある。実際には、何十年と土地を死蔵してきた所有者が、改めてその土地の再活用を模索することはあまりないが、不法占有の問題を放置したまま引き取り手を見つけるのは困難だし、感情に起因する人間同士の話なので、雑木や擁壁のようにお金さえ出せば解決するという保証もない。
(5)法令による制限
最後に、最も対処が難しい、場合によっては、もはやあきらめざるを得ないのが、各種法令によって建築が規制されてしまったケースである。
具体的な法令の話になると複雑になるので簡単な説明に留めるが、その分譲地が開発された当時には適用されていなかった建築基準法、都市計画法、各自治体が定める建築規制条例などの各種法令が後に適用され、いつの間にか建築許可が下りなくなっているケースである。
こうした法改正は、専門家や行政・業界関係者の間では周知の事実だが、一般向けのニュースメディアで逐一詳細に報じられることはないので、土地所有者は、「宅地」として購入したはずの自分の土地が建築不可になっている、という事実すら知らないことがある。たとえば、住宅も建てられていて、一見すると周囲にあるほかの分譲地と同じような住宅地に見えても、実は必要な許可申請も行われずに造成が強行された違反造成地で、周囲の家屋も建築許可を取っていない違反建築物だったというケースもある。

建築基準法も都市計画法も、住宅の安全性や都市の住環境の改善を目的として制定されるものなので、よほどのことがない限り、規制緩和はほとんど期待できない。建築ラッシュが続いていた開発一辺倒の時代は、どさくさに紛れて建てられた違反建築物は珍しくなかったようだが(完成してしまうと行政も強硬措置は取りにくい)、今の限界ニュータウンは新築工事そのものが珍しいので、おかしな新築工事が行われていたらすぐに発覚する可能性が高い。
特に「都市計画区域」の指定によって建築基準法が定める接道要件が適用され、建築不可(再建築不可)になるケースは現在でも珍しくなく、また建築基準法が適用される建物の構造についても近年、改正が行われている。長年放置している不動産を所有している場合は注意が必要だ。
このほかにも、不法投棄の残土がうずたかく積み上げられ、そこから雑木が生えはじめて、もはや分譲地の原形すらとどめていなかったり、道路が崩落して到達不能になっていたり、ずさんな測量のために「公図混乱」が発生して、自分の土地の正確な所在地すら特定できなくなっていたりと、限界ニュータウンが建築不能となるケースは枚挙にいとまがない。

法令上の規制を除き、いずれのケースも突き詰めて言えば、絶対に解決不能というよりは、問題となった土地について「問題を解決するための労力や費用に見合った資産価値がない」ことが根本的な要因としてある。不動産にかかわるさまざまな問題は、おおむねこの点に集約されると言っても過言ではないかもしれない。



