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5月29日より『劇場版モノノ怪 第三章 蛇神』が公開中。和風のビジュアルと世界観、人の“情念”が渦まくサスペンス、さらには“薬売り”という鮮烈なキャラクターなどで唯一無二の存在感を放つアニメ『モノノ怪』の劇場版第3作となる本作。ここでは、総監督を務めた中村健治の独占インタビューをお届けしよう。
なぜ『モノノ怪』が、女性たちの声や生きづらさを描く作品となったのか、大奥という舞台をどう捉えていたのか、さらに豪華声優陣の熱演の理由などを、ぜひ知っていただきたい。
※以下からは『劇場版モノノ怪 第三章 蛇神』の一部内容に触れています。ご注意ください。
ライター:ヒナタカ

アニメとインディーゲームが好きで映画ならなんでも観る雑食系ライター。「All About ニュース」「マグミクス」「NiEW」のほか、新たに「ダ・ヴィンチWeb」でも連載を開始。オールタイムベスト映画は『アイの歌声を聴かせて』
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会議はすべて録画して共有できるようになっていた
――劇場版3作を作り終えての、今の率直なお気持ちを教えてください。
スッキリしています。テレビシリーズからずっと携わってきており、今回は特にいろいろなミッションがあったのですが、自分のするべきことを全てチェックして、やり終えることができたと思います。

――中村総監督が監督を務めたのは第一章『唐傘』の時で、第二章『火鼠』の時には鈴木清崇さん、今回の第三章『蛇神』では越田知明さんと、それぞれ監督が異なりながらも一貫したクオリティーと精神性が貫かれていたと思います。三章を通じて、どのようにコントロールされた制作体制だったのでしょうか。
「情報を共有する仕組み」にこだわっていました。例えば、基本的に会議は全て録画していて、それをWeb上に全部アップして、スタッフやできるだけ近くで仕事をしたいユニット会社の方も見られるようにしていたんです。会議だけでなくデザイン段階からのやり取りも公開することで、「いま他部署がどんな作業をしていて、何に困っているのか」がわかるようになっていました。
そこまでやると、もちろん漏洩のリスクもあったのですが、最近のアニメスタッフは、そのあたりの意識が非常に高いのでありがたかったです。また、キャストさんたちにも、アフレコ前に作品の設定をまとめてお送りしていました。
――今回の第三章『蛇神』では、総監督としてどのような仕事をされたのでしょうか。
実は、『火鼠』の鈴木監督が『劇場版モノノ怪』の世界観や仕様、細かな約束事をまとめた「モノノ怪取扱説明書」を作って、今回の『蛇神』の越田監督にレクチャーしてくれたんですよ。そこまでやってくれたので、総監督である僕はプリプロダクションや、絵コンテの作業など作品全体の設計図を整える作業に集中できました。

それ以外は、ビジュアルや音響関係や、その他の細かい要素をひたすらチェックしていました。制作期間はぎゅっと圧縮されていたので、越田監督もすごく大変だったと思いますが、僕とお互いに仕事を分け合いながら、2人で1人の監督みたいに作業していた感じです。
――中村総監督は『劇場版モノノ怪』に通底するテーマとして“合成の誤謬”(※)をあげられています。今回は“幸せ”にまつわる価値観が登場人物それぞれの“情念”に転じる物語で、なるほど合成の誤謬というテーマと、前2作での出来事も踏まえた総決算と言える内容でした。この全三章の構成は初めから意図されたものだったのでしょうか。
※元々は経済用語で、「個人が良かれと思うことと、集団にとっての良いことが食い違う状態」を意味する。
『劇場版モノノ怪』は、「前の章に描かれていることを踏まえて、最終的には“大奥全体”の話になっていく」というフワッとした全体像はもう決まっていて、ディテールに関しては、当初はまだ「これから詰めていく」状態でしたね。ただ、『火鼠』から脚本家の新八角さんに参加していただいたことで、物語と映像が並行で作れるようになったのは大きかったですし、全体的には予定通りにできた印象です。

――そういえば「御水様」は第一章『唐傘』から言及されていたことで、今回はそれが伏線として回収されていましたね。
そうですね。「御水様って何だったんだろう?」とずっと思っていた方も、納得していただけると良いなと思っています。
「大奥」という場所の見え方が変わった
――全三章を通して、個人的には「大奥という場所の閉鎖的な価値観は本当にひどい。こんな場所はなくなったほうがいい!」とさえ思ってしまっていたのですが、『劇場版モノノ怪』では、大奥という場所を「完全否定はしていない」のだと、今回の『蛇神』の終盤のセリフから思い返すことができました。中村総監督は大奥という場所をどのように捉えられているのでしょうか。
僕も大奥は現代の一般的な価値観から言っても、めちゃくちゃ嫌な場所だと思いますよ。すごくきらびやかに描かれているけど、実際あの中で生きるのはかなりしんどいでしょう。最初は「ビジュアルとしては魅力的だけど、システムとしてどうなんだろう?」みたいな感覚もあったんです。

でも、時代考証の方に入っていただいて、いろいろお話を聞く中で、見え方がかなり変わりました。たとえば、“夜伽をする人”って大奥の中ではごく一部、一番多いときでも8人くらいしかいなかったらしいんです。それ以外の人たちは、地方から送り込まれて国の予算配分をしていた。言ってしまえば、政治家と官僚のハイブリッドみたいな役割を担っていたそうなんです。
例えば、「あなたのところは去年たくさん予算をもらったんだから、今年は隣の藩に回しなさい」みたいな調整を女性たちが行っていて、その結果として大きな内乱がほとんど起こらなかった、という話も聞きました。もちろん大奥には嫌なことが多いのですが、「意外と優れた仕組みだったのかもしれないな」と思えてきた部分もあるんです。
――その大奥の「システムとしてどうなんだろう?」と思う部分とは、具体的にどの部分なのでしょうか。
例えば“男子禁制”というところから、大奥は「すごく歪んだ場所だな」という印象が最初はありました。男子校とか女子校の空気感を、さらに極端に振り切ったというか、もはや“牢獄”のようにも見えて、「入ったらもう出られない場所」だと思っていましたね。調べてみると、実際にはけっこう人の出入りもあったらしいのですが、それでも現代の価値観では受け入れるのは難しいですよね。

ただ、その一方で、「こういう構造って、ひょっとしたら今の社会にもあるかもしれない」という感覚にもなりました。なにしろ閉鎖的なコミュニティって、今でもたくさんありますから。ある意味では「国単位で僕らもこうなっていませんか?」という感覚もありますし、それも合成の誤謬というテーマにつながっていると思います。
自分が知らない世界や考え方があることを知って……
――『モノノ怪』という作品は、テレビシリーズから女性たちの“声なき声”をすくい上げてきた作品で、劇場版では大奥が舞台のために、さらに女性の生きづらさや苦しみに向き合った作品だと思いました。中村総監督はどのように女性の気持ちを理解しようとされたのでしょうか。
「女性の気持ちがわからない」は、男性にとって永遠のテーマだと思います。だからこそ、女性に届くものを作りたい、受け入れてもらいたい、という気持ちはずっとあります。

これは本当に個人的な体験なんですけど、10代の頃は「女性も男性もそんなに変わらない」と思ってたんですよ。でも、女性とコミュニケーションを取っていくうちに自分が知らない世界や考え方があることを知って、「ちゃんと学ぶ姿勢がないと、正しいコミュニケーションはできないぞ」と思いました。
そのために何をしたかというと、とにかく疑問に思ったことを聞いたんです。「感覚で理解しようとするのはよくない。きちんと話を聞いて、それに基づいて理解しよう」と。その中でたくさん失敗もしながら、少しずつ知っていった感覚です。

男性にも関係のある話をやっている
――その精神もあってか、『モノノ怪』は女性ファンがとても多い作品ですよね。個人的な経験なのですが、第一章の『唐傘』を劇場で鑑賞した時に、女性のお客さんが体感で9割5分ほどを占めていました。もちろんそれはそれで良いのですが、「男性ももっと観なさいよ、女性の生きづらさや苦しみが分かる作品なんだからさぁ!」と文句も言いたくなりました。
それ、ぜひ大きく言ってください。僕もたまに映画を観に行った時に、「あれ? これ男子禁制の映画だっけ?」と思うほど、女性のお客さんでいっぱいの時がありますね。やはり女性のアンテナがピピっと働く作品はあって、その一つとして『モノノ怪』があることはとても嬉しいです。
ただ、「男の子があんまりピンとこない作品ってあるんだなぁ」と少し寂しくもなりましたし、『モノノ怪』では「男の子が肩身の狭い思いをしているのかなぁ」って心配になる時もあるんです。実際に『劇場版モノノ怪』のイベントに参加した時は、お客さんの9割9分が女性だったのですが、真ん中のあたりに、僕よりも年上と思われるおじさんが堂々と座っていて、その方と目線があった時にニッコリとほほ笑んでくれて、めちゃくちゃ嬉しかったですね。

また、『モノノ怪』は「男性にも関係のある話をやっている」意識も強くあるので、その意味でも男性にも観てほしいですね。
――劇中では細見大輔さんが演じる坂下のように、「こうなりたい」と思えるカッコいい男性もいますよね。
みんなが坂下のようになればいいのにな、と僕も思います。
種﨑敦美の「繊細で自然に湧き出ている芝居」のすごさ
――今回は種﨑敦美さん、入野自由さん、津田健次郎さん、榊󠄀原良子さん、ゆかなさん、沢城みゆきさんが演じたキャラクターそれぞれが、とても印象に残りました。中村総監督が特に思い入れのあるキャラクターや、アフレコで印象的だったことがあれば教えてください。
幸子(ゆきこ)役の種﨑敦美さんは、「この人はすごい実力があるし、絶対に有名になるだろうな」と思っていたら、本当に有名になって驚きましたし、「やっぱりそうだよな」って、すごく嬉しかったです。

今回の幸子の芝居も本当に繊細でした。どれくらい繊細かというと、マイクで拾うのがギリギリなくらい、小さな息遣いや細かな変化がたくさん入っているんです。普通アフレコでは、声優さんはある程度、声を張るのですが、種﨑さんは全然張っていない。いや、張っていないというよりも、「今この瞬間、この人物がどうしたいのか」という感情が、そのまま自然に湧き出ているようなお芝居なんです。
だから、こちらもずっと息を潜めて、耳を澄ませながら収録を見ていました。ずっと聴き入っていたのを覚えています。アフレコをたくさん経験している人なら、あのお芝居がどれだけすごいか、きっとわかると思います。想定できる範囲を簡単に超えてきて、圧倒されました。
溝呂木北斗(みぞろぎほくと)役の津田健次郎さんは、めちゃくちゃお忙しい方なんですよ。だから収録も、「来てすぐやってください、はい、次の現場行ってください」みたいな感じだったんです。でも、その短い時間の中で、ものすごく的確に芝居をして、スッと去っていくんですよね。「混乱しないのかな?」って驚きましたし、だからこそ「忙しい中でも、どんな現場でも、ちゃんと結果を出す力」がすごい方なんだなと思いました。

水光院(すいこういん)役の榊󠄀原良子さんは、緊張感を持ってアフレコに臨まれる方でしたので、こちらもめちゃくちゃ緊張しました。僕らの世代にとって、榊󠄀原さんって“憧れの声優さん”でもあるので、会えるだけでもかなりテンションが上がってしまうんですけど、それを悟られないように「冷静に、冷静に……」と思いながら仕事をしていました。
でも、アフレコは本当に楽しかったです。現場に入られる前からたくさんやり取りをさせていただきましたし、一緒に役や作品について考えながら作り上げていったので、すごく貴重な経験でした。普段は太陽のような存在感の平野文さんとのかけ合いも、とても味わい深かったですね。

天子(てんし)役の入野自由さんは、もう「間違えない」んですよ。難しい役にも思えますが、こちらからは何も言ってないのに、全てがOK、完璧で、今回はまったくリテイクを出してないです。

天局(あまのつぼね)役のゆかなさんとは、「天局ってどんな人なのか」というやり取りをかなり詰めていました。最初は僕がゆかなさんに説明していたんですけど、途中からは逆にゆかなさんが「つまりこういうことですよね」と、僕に説明し始めるようになって、「ゆかなさん、僕よりわかってるじゃん」という感じになっていましたし、お芝居も「感情があるのかないのかが、わからなくなっていく」様も含めて見事でしたね。

三代目御台所(さんだいめみだいどころ)の沢城みゆきさんは、とにかく独特でした。ひとつひとつの質問や、引っかかるポイントも「なるほど、そこに着目するのか」と思わされることばかりで、こちらとしても、かなり鍛えられた感覚があります。

そして、三章を通じて薬売りを演じていただいた神谷浩史さんは本当にパーフェクトで、お芝居そのものに華がありますし、その“千両役者感”は誰もがまとえるオーラじゃないです。

――お話を伺っていると、監督ご自身が声優の皆さんのファンなのだと伝わりますね。
間違いなくファンです! 皆さんが素晴らしかったですし、僕自身がキャストの皆さんに助けられました。
注目してほしいのは、三代目御台所と天局の”対比”
――今回の『劇場版モノノ怪 第三章 蛇神』で、「ここに注目してほしい!」という見どころや、こだわりポイントがあれば教えてください。
物語上では、三代目御台所と天局の“対比”ですね。そして、幸子の言動はテーマである合成の誤謬そのものですし、三章全体を通して彼女は“走り抜けている”と言えます。幸子が一体何に苦しみ、最後に何に気づくのかというところにも注目していただけると嬉しいです。
――個人的に、花井美春さん演じるクメが大好きで……とっても天真爛漫で、殺伐とした物語の中でホッとできる存在ですよね。先ほど大奥という場所の見え方が変わったという話がありましたが、クメの「モノノ怪がいても仕事はなくならない」がとても印象的でした。
そこは脚本家の新八角さんがすごくこだわっていましたね。とても良いセリフだったと思います。
――最後に、『モノノ怪』のファンへのメッセージをお願いします。
全力で作ったので、この映画を観たことが、良い余暇の過ごし方や、レジャーの一助になったりすれば嬉しいです。もしも、またこの先に続きが作れるのであれば、その時はまた頑張りますので、「いずれまた」よろしくお願いいたします。

『劇場版モノノ怪 第三章 蛇神』 作品情報
●キャスト
薬売り:神谷浩史
幸子:種﨑敦美/天子:入野自由/溝呂木北斗:津田健次郎/水光院:榊󠄀原良子
アサ:黒沢ともよ/時田フキ:日笠陽子/大友ボタン:戸松遥
時田三郎丸:梶裕貴/嵯峨平基:福山潤/坂下:細見大輔/時田良路:チョー/藤巻:堀川りょう
天局:ゆかな/常磐井:平野文/カワ:本多真梨子/溝呂木朔:竹本英史/三代目御台所:沢城みゆき
●主題歌
「No Epilogue」アイナ・ジ・エンド(avex trax)
●スタッフ
総監督:中村健治/監督:越田知明/脚本:新八角
キャラクターデザイン:永田狐子/アニメーションキャラデザイン・総作画監督:高橋裕一
美術設定:上遠野洋一/美術監督:倉本章 斎藤陽子/美術監修:倉橋隆
色彩設計:辻󠄀田邦夫/ビジュアルディレクター:泉津井陽一
3D監督:白井賢一/編集:西山茂/音響監督:長崎行男/音楽:岩崎琢
プロデューサー:佐藤公章 成瀬晃一 加藤はるか 上松南菜子/企画プロデュース:山本幸治
製作・配給:ツインエンジン/制作:スタジオカフカ EOTA
