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いきなりですが、「曇らせ系」というジャンルをご存知ですか?
ライター:海燕

ジャンル横断エンタメライター。主にマンガ・アニメ・ゲーム・映画を題材に、読者が感じる違和感や評価の分かれ目を言葉にする記事を執筆。最近の仕事は『このマンガがすごい!2025』CLAMP特集、マルハン東日本「ヲトナ基地」連載など。
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ここ最近、ライトノベルなどを中心に語られる造語で、「主人公やヒロインなどに過酷な試練を与え、その表情を苦痛に“曇らせ”る作品」を指します。また、いわゆる「重すぎる愛のヒロイン」と結びついて、「病み」や「ヤンデレ」に近いキャラクターもその名で呼ばれるケースもあるようです。
ヤンデレという言葉は、おそらく多くの方がすでに認識しているかと思います。「主人公への愛が重すぎて病的な域に達しているキャラクター」のことを指す専門用語ですね。歴史的に見ると、その起源は神話や古典にまでさかのぼれるものと思われます。『源氏物語』の六条の御息所などは、その典型といってもいいかもしれません。
アニメやマンガ、ゲームやラノベに限ってみても、「ヤンデレ」はおそらく20年以上の歴史があります。明確なオリジンを具体的に指し示すことはできませんが、その成立にあたって重要なのは、2005年のゲーム『School Days』と、同年のアニメ『SHUFFLE!』あたりかと思われます。
とりわけ、一見すると他愛なさそうなところから始まって、凄まじい惨劇にまで至ることで有名な『School Days』は、「ヤンデレ」のイメージを確立させるうえで多大な貢献をした作品と言っていいでしょう。恋愛関係の崩壊で追い詰められていくヒロイン・桂言葉は、「曇らせ系」の歴史を語るときにも欠かせないキャラクターだといえます。
ただし、ここでいう「曇らせ」は、恋愛的な要素で「曇っていく」キャラクターのみを指しているわけではありません。「曇らせ系ヒロイン」たちはその過酷な物語において、ありとあらゆる要素によって「曇らせ」られていく可能性があります。
たとえば、最近、続編映画が公開されて話題の『魔法少女まどか☆マギカ』のヒロインのひとり、美樹さやかなどは「曇らせ系」の典型でしょう。さやかが『まどマギ』本編の中でたどる絶望的な運命は、それはそれは壮絶なものがありますが、ファンの中にはそういった展開と共にその表情が、感情が「曇っていく」ところを眺めてゾクゾクするような感覚を覚えた人もいたことでしょう。
それは単にサディスティックな欲求というよりは、ひとが心の奥底に隠した深い真実の感情をのぞき見たい、という意思であるように思えます。その他の有名な作品でいえば、『メイド・イン・アビス』『Another』『Re:ゼロから始める異世界生活』といった作品においても、数々の「曇らせ」キャラクターが登場し、極限的なドラマを見せてくれます。
『死亡エンドを回避したギャルゲーのヒロインたちが俺の【日記帳】を読んで秘密を知ったらしい』

さて、そういうわけで「曇らせ」や「ヤンデレ」といった不穏なジャンルは、ずっと明るいラブコメ文化の底流を成してきているわけですが、ここではそのジャンルに属するライトノベルを3作品、紹介させていただきたいと思います。
まずは『死亡エンドを回避したギャルゲーのヒロインたちが俺の【日記帳】を読んで秘密を知ったらしい』。このタイトルだけで大まかなあらすじがピンとくる人もいるかもしれませんが、『Love or Dead』という名前のギャルゲーの世界(もうこの時点で重い!)に「モブ」として転生した主人公が、その作品のヒロインたちの「死亡ルート」を回避するよう助力した結果として、彼女たちから「熱く重い愛情」を向けられるようになる、という筋書きです。
主人公ではなくモブに転生するあたりがキモといえるわけですが、4人のヒロインたちを献身的に助けたことで全員から「病的なまでの愛情」を寄せられるようになる点が、ヤンデレ好きには特に刺さるでしょう。それぞれのヒロインのルートが詳細に描写されているわけではないものの、「どこかで見た気がするような」描写になっていて、いわば、読者がどこかでふれてきた物語の「裏側」を楽しませてくれる物語といえます。
しかし、最初はある種の出落ち的なアイデアかと思われた展開が、中盤から後半に至るにつれてどんどんエスカレートしていき、やがて、実にとんでもないところまでいってしまいます。いやまあ、設定からして必然の内容ではあるのかもしれないけれど、それにしても「ここまでするか!」と驚愕させられることは間違いないでしょう。
「曇らせ系」という文脈でも、二転三転する展開によってヒロインたちの感情がそのたびにどんどん「曇って」いくので、そういった内容を好まれる方には特にオススメの作品でもあります。実際、この小説、非常に人気があり、「カクヨム」年間ランキング、「小説家になろう」四半期ランキングで首位(ジャンル別)という驚異的な実績を達成したほか、電子書籍版の初速売り上げでGA文庫史上最高(発売1カ月での販売冊数)を成し遂げてもいます。
『俺のことを死んだと勘違いしていた幼なじみの愛が重すぎる』
一方、『俺のことを死んだと勘違いしていた幼なじみの愛が重すぎる』は、自分のことを永遠に亡くしてしまったと思い込んでいた幼なじみの少女と再会を遂げた主人公が、彼女から一方的に熱烈な恋心をぶつけられるという物語。この場合、主人公がヒロインの気持ちに気づいていないところが面白く(いわゆる鈍感系主人公ですね)、物語はヒロインの視点と主人公の視点を行き来しながら進んでいきます。

主人公の視点では「ひさしぶりに逢えた、昔の親しかった幼なじみ」くらいの存在であるヒロインが、実際はいかに“深く・強く・重く”主人公のことを考えているかが、ヒロイン視点で分かるのが読みどころでしょう。「曇らせ系」という意味では、ずっと「曇って」いたヒロインの感情が主人公と再び逢えたことで、ちょっとドン引きするくらいに解放されていくところも面白いです。
主人公のことを「せーくん」と呼ぶヒロインは、もともと、もう二度と彼とは逢えないと思い込んでいただけに、再会後は彼への思いをどんどん募らせていきます。その一方、主人公の態度はいまひとつはっきりしないわけで、この「一方通行の恋心」がこの作品の魅力です。
ただ、この作品の場合は「狂気のヤンデレ」というより、「ちょっとカンチガイや思い込みが絡んだラブコメディ」といったところに留まるので、先述の『死亡エンドを回避したギャルゲーのヒロインたちが俺の【日記帳】を読んで秘密を知ったらしい』などを読んで「いや、さすがに怖すぎるんだが?」と思った人でも安心して読めるでしょう。良質なラブコメとして安心安定の仕上がり。ライトノベルはこうでなくっちゃね!
『推しのVTuberからの愛が重い気がするんだが?』
ラストは『推しのVTuberからの愛が重い気がするんだが?』。ある時、ほんのささいな偶然から、たった1人で配信していた美少女VTuber・宵月メイの放送を聞いてファンになったのをきっかけに、彼女から熱烈な愛情を注がれるというお話です。

どんなに深く強く愛されていても、ヒロインがVTuberである以上、2人は引き離されている点がポイントで、あくまで彼女は「画面の向こうの女神」でしかないわけです。また主人公も、メイが彼に向ける愛情をあまり本気に受け止めてはいません。何しろ彼女は100万人のファンに崇拝されるスーパー配信者。自分などがそこまで思われているはずがないと思い込んでいたのですね。
ところが、(皆さん予想どおり?)メイの恋情はとんでもないまでに本気なのでした。しかも、周りのファンは(なぜか)主人公に嫉妬することもなく、彼を「師匠」と呼んで、心から応援してくれます。
それでも、画面の“向こう”と“こちら”に隔てられている以上、2人はどうしたって出逢えない……はずだったのですが、さらなる偶然と執念が2人を導き寄せ、そして――というふうに話は進んでいきます。
この作品の「愛が重すぎるラブコメ」としての価値は、まだ実際に出逢ってすらいない状態のままで、メイが主人公に恋心を向ける点にあるでしょう。それも、本来であれば、VTuberといちリスナーのいわば「禁断の恋」であるはずなのですが、どういうわけか(本当にいったいどういうわけなのだろう……)、周りは反発することもなく2人の恋を応援してくれるのです。
いやまあ、分かるんです。メイの想いが明らかに狂気的なまでに真剣で、2人を邪魔する者には「法的措置」をも躊躇しないから反発しようとしてもできない……いっそ応援したほうが面白いのだと思っているのだということは。……こわっ。
またこの作品、実はメイの他にもう1人、ヒロインが登場しまして、途中から三角関係のような展開になっていきます。ヤンデレヒロインと三角関係……ちょっと考えただけでも恐ろしいですが、その先には「愛が重い系」ならではの展開が待っているので、ぜひお楽しみに。面白いよ!
――さて、ここまで3作の「曇らせ系」ラブコメライトノベルを紹介してきたわけですが、いずれもただ楽しく、面白いというだけではなく、正直かなりこわいです……。そんな、本来なら「明るく楽しく、ときどき切なく」といったラブコメ小説に、「恐怖」や「戦慄」といったヘヴィな感情が混ざってくるあたりが、「曇らせ系」や「ヤンデレ」の魅力です。ホラー映画を見られない人がいるように、苦手な人もいるジャンルであるのかもしれませんが、逆に言えば、それにもかかわらず人気があるのは、根強い需要があればこそでしょう。
これからも容姿端麗な美少女たちの表情や、その想いが「曇る」ような作品を楽しみに探していきたいと思います。人の顔が曇る時、そこにいちばん奥深い感情が浮かんでいるものなのですから。

