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10月16日に『ストリートファイター/ザ・ムービー』が全世界同時公開された。本作は言わずと知れた世界的な人気を誇る対戦格闘ゲームの実写映画化作品。最新作の『ストリートファイター6』はストリーマーやVTuberによる「観る」楽しみも大きいため、若年層の認知度も高いことだろう。
しかし、今回の映画の評価は、賛否両論の様相だ。米批評サービスRotten Tomatoesでは批評家支持率は40%(ただし一般観客からは79%と好評)で、日本でも映画.comでは5点満点中3.0点、Filmarksでは3.4点となっている(記事執筆時点)。
賛否が分かれる理由は、とてもよくわかる。美点や欠点が目に見える形でとてもわかりやすく、どこを大きく受け取って評価するか、または許せるかどうかが評価の要であり、ある意味では肯定派と否定派もだいたい同じことを言っているのではないだろうか。
ライター:ヒナタカ

アニメとインディーゲームが好きで映画ならなんでも観る雑食系ライター。「All About ニュース」「マグミクス」「NiEW」のほか、新たに「ダ・ヴィンチWeb」でも連載を開始。オールタイムベスト映画は『アイの歌声を聴かせて』
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古き(おおむね)良きゲームの実写映画化作品だった
その世間的な評判を前提に筆者個人の感想を述べると、「これはこれで愛すべきゲームの実写映画」という印象で、とても楽しめた。
少なくとも、アクションやVFXはとてもよく作り込まれている。それでいて、ものすごく真面目にゲームを再現しているかと思いきや、「うん……幻覚かな?」とさえ思ってしまう突拍子もない光景が目の前に広がったり、「それはさすがにどうなんだ?」と頭を抱えたくなったりする場面もある。
そんな大味な特徴から「80〜90年代のゲームの実写映画化作品が令和の今に復活した」ような感慨深さがあった。おかげで、あの『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』を思い出したりもしたが、それよりもファンがストレートに喜べる要素が今回の『ストリートファイター/ザ・ムービー』には確実にあるはずだ。
その「レトロ」な魅力は、映画でメインに描かれる1993年という時代にもあり、実際に「ブラウン管テレビ」での「VHS画質の映像が流れる」様も味わい深い。ちなみに、その1993年は『スーパーストリートファイターII -The New Challengers-』がアーケード向けにリリースされた年でもある。
字幕版では「聞こえてくるキャラの名前が字幕と違う」問題も
観る前の注意点としては、字幕版では「聞こえてくる原語と表示されている字幕で、主要キャラ3人の名前が異なっている」ことがある。原語:バイソン→字幕:ベガ、原語:バルログ→字幕:バイソン、原語:ベガ→字幕:バルログとなっており、非常にややこしい。これは原作ゲームからの事情なので致し方ないのだが、ノイズになってしまう人もいるだろう。
気になる人は、日本での呼び方に準拠した吹き替え版を選ぶのがいいかもしれない。しかも、吹き替えキャストには豪華な声優陣がそろっており、ゲストキャラの狩野英孝とVTuberの葛葉の演技も好評だ。
とはいえ、字幕版での「波動拳」「昇龍拳」といったおなじみのワードが、原語でも日本語そのまま発音されるのも、なんとも味わい深かったりもする。あとは、お好みで選べばいいだろう。
ここからは、本編の内容に踏み込みつつ見どころを解説していこう。良くも悪くも(筆者個人としてはおおむね良い)「いったい……何を見せられているんだ?」な、良い意味ですっとんきょうな感じも本作の魅力と言えるので、予備知識なく観たい人は先に劇場へと駆けつけてほしい。
※以下、『ストリートファイター/ザ・ムービー』の決定的なネタバレは避けていますが、一部の展開やキャラの特徴にふれています。
「しっとり」を超えて、文字通り「びちょびちょ」な湿度の高さ
本作の最大の魅力は、主人公格の「ケン(ノア・センティネオ)」と「リュウ(アンドリュー・小路)」の関係の「湿度の高さ」であると断言する。原作ゲームからライバルかつ親友同士で、同じ師匠をもつ兄弟弟子であるという、「ブロマンス」要素に大いに期待できる設定を、今回の映画では大フィーチャーしていたのだ。
なにしろ、ケンは人気格闘家として世間からもてはやされているが、「心ここに在らず」な感じで孤独を抱えている。一方でリュウは、とある理由により格闘そのものから離れていて、売れない屋台のラーメン店を営んでいる。
仲違いをしてしまった2人が、どのように再会し、友情以上の感情を抱くのかは、ここでは秘密にしておくが、とにかく全編に漂う「しっとり」具合に気合いが入っていて、しかも終盤では物理的に雨が降りしきる中での、文字通り「びちょびちょ」の感情、いや湿度100%の「情念」のぶつけ合いがあった。
言うなれば、この関係は漫画『ベルセルク』の「黄金時代篇」における「グリフィス」と「ガッツ」の関係に近い。親友であり、ライバルのうち一方は周りから称賛されて絶対的な存在と信じられているが、実はそんなことはなく、「どこかに行ってしまったアイツ」がそばにいなければ真っ直ぐ生きることすらままならない。そんな不器用な感情は、多くの人の心をわしづかみにするだろう。
まさかのダンとの三角関係も、飯が何杯でもいける
さらには、そのケンとリュウの湿度の高い関係に「三角関係」も入れ込んでいることにも恐れ入った。それを担うのは、原作ゲームでは“弱キャラ”として捉えられることも多い「ダン(アンドリュー・シュルツ)」。彼自身も格闘家なのだが、今回の映画では「ケンのマネージャー兼セコンド」のような役割が目立っている。
そんなダンが、ケンから「愛しているよ」とストレートな愛の告白を受けて「裸(半裸)での告白は恥ずかしいだろ」とはぐらかしたり、終盤でぶつけられたとあるショッキングな言葉が「図星」だったのか、嫉妬と焦燥感が入り混じる独り言をつぶやく様も味わい深い。
今回のダンは、ラテン系のルックスも、その立ち位置も、原作ゲームと大いに異なるのだが、こんなにもおいしくて飯が何杯でもいけるトライアングルを見せつけられては、大肯定するしかない。しかも、シンプルに気遣いができるとってもイイやつだとわかるので、ケンに「もうリュウじゃなくて、ダンに乗り換えてもいいと思うよ!」とさえ言いたくなってしまう。
他にも、「靴下をたたむ所作」や「ダンの道着がピンクの理由」といったことからも、3人それぞれの「日常生活での距離感」が窺える。そのように、あらゆる角度からのブロマンスが噛めば噛むほどに味が出てくるので、「うまい!」「うまい!」と列車内で弁当を食う煉獄杏寿郎になるのは当然なのである。
さらに、原作ゲームにある「殺意の波動に目覚めた(目覚めるかもしれない?)リュウ」という要素も上手く機能している。愛するリュウが「闇落ち」しないように奮闘するケンとダンの言動も、びちょびちょ濡れ濡れの湿度の高さがあった。
そんなわけで、数あるブロマンス作品の中でも、「愛が重い」「お互いがそばにいないとやさぐれる」という、いわゆる「クソデカ感情」(しかも一方の矢印が強い三角関係)を、この『ストリートファイター/ザ・ムービー』に大いに期待してほしい。
ダルシムとザンギエフが完璧
さらに、「キャラの再現度」も多くの人が称賛している。特に「完璧」と断言できるのは、「ダルシム」と「ザンギエフ」ではないか。
ダルシムを演じるのはインドのアクションスターであるヴィドゥユト・ジャームワール。実際にさまざまな武術を体得していることに加えて、腕や脚を「くねらせる」動きでの「ヨガを体得している」説得力が尋常ではない。さらに「白目になる」のは実写ではギャグになりかねないが、それすらも自然に見えることに感動した。
ザンギエフ役のオリヴィエ・リヒタースも、公開前からゲームそのまますぎると話題になっていたが、実際の彼は俳優だけでなくボディビルダーとしても活躍する上に、食品通販サービス会社のCEOという「実はインテリ」なところもザンギエフと似ている。しかも、218cmという長身の持ち主で、ザンギエフの公式の身長である214cmよりもビッグだ。トレードマークのモヒカンと髭も、現実ではあり得ないとか、コスプレとか、そういうことを言わせないレベルの、完璧な再現度だ。
百裂張り手や百裂脚も再現していて良かった
もちろん、キャラの見た目だけでなく、「必殺技」を実写で見られることも嬉しいポイントだ。「エドモンド本田(後藤洋央紀)」の「百裂張り手」が「サウナ」というステージで盛大に打ち出されるのが嬉しい。
さらに、1994年のアニメ映画『ストリートファイターII MOVIE』をオマージュしたかのような「春麗(カリーナ・リャン)」と「バルログ(オーヴィル・ペック)」の対決もあり、さらに春麗の「百裂脚」もしっかり拝めるのだ。
そして、「ベガ」の「サイコクラッシャー」も盛大に放たれていて感動した。この際、実写で観ると「横に簡単に避けられそう」とツッコむのはやめておこう。そうした必殺技は、実写で観ると荒唐無稽にもほどがあるのだが、もう「こういうラインで再現する」と割り切れれば、許容できるはずだ。
気色悪さとサイコの方向性が原作と違うベガ
一方で、キャラの見た目および言動でやや賛否が分かれているのは、そのベガだろうか。原作ゲームでは体躯が大きく、まさしく「マッチョ」だからこそ、世界征服を企む独裁者的なキャラとしてのインパクトがあったが、今回の映画のベガは「やたら匂いをかぐ」「足フェチ」など、別のベクトルでの言動や癖(へき)の気色悪さとサイコ感が際立っていた。これまでも哀愁と変態性を併せ持つ役が上手い俳優のデヴィッド・ダストマルチャンの説得力もただものじゃなかった。
ただ、そのダストマルチャンの体の線はかなり細いし、「こんなのベガじゃない」という否定的な声があがるのも無理はないだろう。とはいえ、これはこれで見事に気色悪く憎たらしい悪役となっていて、春麗が殺害された父の仇(かたき)を討つための行動にも大いに共感しつつ、物語を追うことができるのではないか。
なお、「ベガがリュウを縛り付けて、“ある行為”をする」という作り手の正気を疑うシーンがある。どんな行為か聞けば、未見の人は「お前はなにを言っているんだ」と思われるかもしれないが、あるんです、本当にそういうシーンが。Xでも「リュウ ●●(その行為)」で検索すると話題沸騰なんですから。
そのほかでは、「ブランカ」役のジェイソン・モモアがとってもかわいい。わんぱくで素直なママが大好きな子どものようでとっても愛おしく、特に意味なく「側転」をする場面は「小学2年生だなぁ」と心から思えた。モモアは今年6月に公開された『スーパーガール』でもはちゃめちゃな悪役をものすごく楽しそうに演じていたので、今後も幸せでいてほしい。
肝心のトーナメントが、意図的にせよグダグダな問題も
ここまで全体的に褒めてきたが、お話のほうはいろいろ不満が出るのもわかる、というのも正直なところだ。特に、物語上の意図に沿ったものだとしても、肝心の“ワールドウォリアー・トーナメント(世界格闘王決定戦)”がまともに進行しないことは、多くの人に「不完全燃焼」な印象を抱かせるのではないか。
たとえば、「せっかく出場権を得たリュウが(囚われの身となったため)いきなり不戦敗」になってしまう。このことは意外なクライマックスの展開につながってはいるのだが、それにしたってトーナメントでのアツいバトルを期待した人にとっては、いきなり出鼻をくじかれた感じになってしまうのではないか。
さらには、「ガイルVSバルログ」「ダルシムVSザンギエフ」という、話の流れ的にあるはずのバトルが、実際の本編では「ほぼカット」されてしまっている。特にガイル役のコーディ・ローデスはプロレスラーとしても有名であり、やりすぎなくらいの髪型の再現度も高かったのに、せっかくの戦う場面がほぼないことにガッカリする人も多いのではないか。
そのトーナメントよりも優先して描かれるのは、前述したケン&リュウ&ダンのビッチョビチョな三角関係だったり、ベガへの復讐を目指す春麗の行動だったりと、複数の視点が同時進行しており、端的に言って「とっ散らかってしまっている」印象が強い。編集および場面転換が性急で「あれ?」と違和感を覚えるところもあり、はっきり「雑」とさえ言えるだろう。
それと、「真空波動拳」については「そっちの時には出さなくて、こっちの時には放って、しかもそうなるっておかしくね?」と、物語の肝心な部分で、悪い意味でのツッコミどころが生まれてしまったのは残念だ。
しかしながら、トーナメントそのものよりも、その周辺で起こる路地裏やクラブでの戦い、すなわち「ストリートファイト」が目立っているというのは、タイトルにならったものであると、無理やり言えなくもない。何より、なんだかんだでその「しっちゃかめっちゃか」な感じも、個人的には楽しく見られた。反対に、この雑さを許せなければ、本作の評価は著しく下がってしまうだろう。
それでも1994年の実写映画よりはちゃんとしている
そんなわけで、トーナメントの進行がグダグダなことは意図的であるのだが、それにしたって物語全体がとっ散らかってしまっており、結果として盛り上がりにもやや欠けてしまっていて、それでいてケン&リュウ&ダンのビチョビチョな三角関係は超濃厚だったりするという、バランスの悪さが目立つ作品と言わざるを得ない。
それでも、ガイルを主人公にしつつ、ほかのキャラクターを雑然と登場させていた印象の1994年の実写映画よりは、(続編を匂わせつつ)ちゃんと物語はまとまっていると思う。何より、欠点だけを見て全否定できないチャーミングな魅力が、今回の2026年版の実写映画にはたっぷりあると思うのだ。
また、要所要所に差し込まれるとぼけたユーモアも、賛否が分かれる理由ではあるだろうが、個人的には好きだ。「春麗のシャワーシーンが拝めるかも……!」と期待させた次のカットの悪意あふれる画には大笑いしてしまったし、とある「カッコいい去り方」へのイジり方も楽しい。
それらはアニメ映画版にあった印象的なシーン、または原作ゲームの「超現実感」を、冒涜にならない範囲で「実写だとこうなるよね」というギャグにしたものなので、多くのファンは怒らずに見られるのではないか(感じ方には個人差があります)。
日本にルーツのある監督がアニメにもオマージュを捧げた
また、ケンとリュウの過去がハイクオリティーの手描きアニメーションで見られることも大きな魅力だ。実は監督のキタオ・サクライは日本生まれ、かつアメリカと日本で幼少期を過ごしたこともあり、手描きアニメを採用したのは、自身が大好きだったアニメへのオマージュでもあるのだという。
そもそも、『ストリートファイター』というゲームそのものが、各国のキャラクターが集う「多国籍感」があり、特に日本という国がフィーチャーされているのも特徴だ。日本にルーツのあるクリエイターであるサクライ監督が、その実写映画化を任されたことは、ある種の「運命」であり「正解」だと思える。
実際、サクライ監督は劇場パンフレットの中で、「半分日本人だった僕にとって、リュウが初めて自分自身を投影できるキャラクターだった」ことや、「異なる文化や背景を持つ人々にとって、このゲームが持つ意味はとても深いのです」など、アツい思い入れを語っている。そのほかにも、アクションの構築、衣装や世界観のこだわり、何よりゲームへのリスペクトについての監督やキャストのコメントも熱量がすごいので、ぜひ読んでいただきたい。
テイストが似ているおすすめ映画2作
最後になるが、この『ストリートファイター/ザ・ムービー』が気に入った人に向けて、おすすめの映画を2つ紹介しておこう。
1本目は2021年の『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』。玩具を原作とした実写映画『G.I.ジョー』の人気キャラクター・スネークアイズを主人公とした作品で、『ストリートファイター/ザ・ムービー』とは「日本文化をフィーチャーしたアクション映画」かつ「アンドリュー・小路が準主人公」という大きな共通点がある。さらには「湿度の高いドラマ部分の比重が高すぎて、全体的なバランスはお世辞にも良くない」という欠点を同じくしている点も、愛らしく思えると信じている。
2本目は、2026年6月に公開されたばかりの『マスターズ・オブ・ユニバース』。こちらも玩具およびそのアニメ化作品の実写映画版であり、かつ「お約束的なカッコいい場面をハズす」感じのユーモアが満載で、何よりも「80〜90年代の実写映画のような」懐かしい魅力に満ちている。「主人公がマッチョながら精神は繊細」であることも『ストリートファイター/ザ・ムービー』との共通点だろう。
そうした比較を踏まえてもなお、『ストリートファイター/ザ・ムービー』は、日本では1週前に公開されたばかりで、挑戦的なアプローチで大好評を博した『バイオハザード』とはまったく違う、しかし「古き(おおむね)良きゲームの実写映画化作品」をまた観られたような、「大味さもまた良い」という味わいがあると思うのだ。
それでも、前述したようなブロマンス要素を優先させるがあまり、そのほかのことがややおざなり、いやハメ技でのゴリ押しな感じで物語が進んでいるという欠点は否定できないのだが、それ以上のおいしさは確実にある(特にびちょびちょな三角関係に)。リアルタイムで、ぜひ劇場で味わい尽くしてほしい。




