日本の山奥に、右巻きと左巻きのカタツムリが一緒に暮らす谷があります。鏡に映したように殻の向きが逆の2タイプ。その違いを調べた研究チームが、巻き方を左右する遺伝子を突き止めたとする報告を発表しました。小さな殻に隠された、体の「右と左」をめぐる発見です。
カタツムリの殻、実は巻く向きが違う
カタツムリの特徴といえば、背中のぐるぐるとした殻。ところが、その渦巻きには右巻きと左巻きがあります。多くは右巻きですが、よく似た姿でも反対向きに巻いているものがいるのです。
両者は、いわば右手と左手の関係です。形は似ていても、手のひらを同じ向きにして重ねると、親指の位置は左右反対。カタツムリの殻も同じように、右巻きと左巻きでは渦巻きの向きが異なります。
こうした鏡写しのような関係を、科学では「キラル性」と呼びます。しかも、違いは殻だけではありません。体内の器官や生殖器の位置まで逆になることがあるのです。

今回、研究対象になったのは、日本に生息するマイマイ属(Euhadra)のカタツムリです。英国ノッティンガム大学と東北大学などの研究チームが調査し、成果を2026年10月16日付の科学誌『Current Biology』で発表しました。
研究の鍵は、日本の山間部の谷
そもそも、巻き方が反対のカタツムリ同士には大きな壁があります。生殖器の位置が左右で異なるため、通常は交尾しにくいのです。殻の向きが違うだけで、子孫を残すことにも影響が及びます。
ところが、研究者らは日本の山奥の谷で、右巻きと左巻きが共存し、互いに交尾して遺伝子を交換できる集団を見つけました。異なる巻き方の個体が交わる集団は、遺伝子と殻の向きを比較するうえで貴重な手がかりになったのです。

研究者らは、こうした野生のカタツムリの遺伝情報や成長過程を詳しく分析。右巻きか左巻きかという目に見える違いが、どこから生まれるのかを追いました。
見つかったのは、細胞を動かす遺伝子
浮かび上がったのは、「ミオシンI a/b」というタンパク質を作る遺伝子の違いでした。ミオシンは、細胞の内側にある骨組みのような構造と関わり、細胞を動かしたり形を変えたりするタンパク質です。今回注目されたタイプが、体の左右の向きに関係することは、これまで知られていませんでした。
研究チームが注目しているのは、受精卵が発達しはじめたばかりの時期です。ミオシンのわずかな違いで細胞のねじれ方が変わり、それが成長後の殻や内臓の向きにも影響しているのではないかとみています。ただし、分子の変化が細胞の動きをどのように変えるかは、まだ完全には解明されていません。

研究チームは、発生初期の胚で、どの遺伝子がどれほど働いているかも調べましたが、右巻きと左巻きの違いはごくわずかでした。殻の向きが正反対でも、多くの遺伝子の働き方に大きな差は見られなかったのです。
さらに興味深いのは、右巻きも左巻きも、胚の段階から正常に発育していたこと。今回見つかった遺伝子の違いは、病気によって生じたものではありません。遺伝子を詳しく比べた結果、両方のタイプが長い時間に及ぶ進化を通じて存在してきたことも示されました。
「右と左」の謎は、人間にも通じる?
比較対象になったのは、池などにすむ別の巻貝です。こちらでは、左巻きになる原因は別の遺伝子の変異で、発育の異常も伴っていました。右巻きと左巻きの胚では、数千もの遺伝子の働きに差が見られたといいます。同じ「逆巻き」でも、その成り立ちは同じではないのです。

なぜ多くの動物で左右の配置が一定なのに、カタツムリには反対向きになるものがいるのでしょうか。今回の研究は、その問いに迫るための手がかりになります。ただし、カタツムリで見つかった遺伝子の違いが、たとえばそのまま人間の臓器の位置を決めているというわけではありません。研究に携わったノッティンガム大学のアンガス・デイヴィソン教授も、同じような分子を使いながら、なぜ正反対の体を作れるのかは、依然として謎だと指摘しています。
殻の渦巻きという小さな違いが、人間を含む動物の体の成り立ちを考える手がかりになるとは、とても興味深い話です。研究の舞台は、日本の山奥の小さな谷。次にカタツムリを見かけたら、殻の渦巻きがどちらを向いているか、つい確かめたくなりそうですね。

