“いやし”とは少し違う。「ぼくなつ」は世のオヤジたちへの励まし:「ぼくのなつやすみポータブル ムシムシ博士とてっぺん山の秘密!!」レビュー(3/3 ページ)
プレイし終わったときに心のゆとりを感じるゲーム
登場人物にまつわるエピソードなど、シナリオもより厚みを増した印象だ。オリジナルのプレイステーション版では、中盤あたりでちょっと中だるみする感もあったが、新キャラの登場とシナリオの補強で、ドラマに深みが出た。といっても、そこは“ぼくなつ”らしくまとめていて、何があったのか、誰がどんな感情を抱いているのかをちらりと覗かせる程度に留めているあたりが心憎いほどに上手い。
たとえば、ある出来事がきっかけで長女の萌が食事も喉を通らないほどに落ち込んでしまい、「高校には進学しない」などと言い出すのだが、そのエピソードと関わっているのが、萌のクラスメートで新キャラの「ヨシコちゃん」だ。彼女と萌は大親友だが、あることをめぐって絶信してしまう。詳しくは語らないものの、ヨシコちゃんは折に触れてボクくんに胸の内を明かして、彼女なりに萌の様子を気にかけているのが伝わってくる。そんな心の機微をさりげなく表現できるのは、シナリオライターの妙と思う。
もっとも謎多き新キャラが、野球帽を目深にかぶり、壊れかけた橋のたもとにたたずんでいる「アニキくん」だ。プレイするにつれて、彼の正体は何となく想像がついてくるが、実は彼の声を演じているのが、ボクくんの声と同じ進藤一宏くんその人なのだとか。6年前のプレイステーション版では子供らしい声でボクくんを演じていた彼が、すっかり声変わりをして今回は中学生の役を演じ、自分自身と共演しているというのはひねりがきいていておもしろい。
また、“ぼくなつポータブル”は過去のシリーズ2作と同様、環境音による演出が秀でている。小川のせせらぎや小鳥たちのさえずり、風情のある風鈴の音や、様々な蝉の声や、コオロギなどの虫の音……。それらが場所や時間帯によって変化しながら聞こえてくる。映像の美しさと相まって、情感にダイレクトに訴えかけてくるような感じだ。アブラゼミが暑さをかき立てるように一斉に鳴き始めると、冷房の効いた部屋でプレイしているのに暑苦しさを感じる。夕暮れに周囲が茜色に染まる中、ヒグラシの「カナカナカナ」という高い声を耳にすると、まるで条件反射のように切ない気分になる。
どのような過ごし方をするにせよ、1カ月が経つと父親が迎えに来てエンディングとなるが、このシーンはぐっと来る……。ゲーム中の夏休みが終わる頃には、僕はすっかりゲーム中の“ボク”と同体になっていて、空野家の人々や広大な自然と離れがたくなるのだ。自分でもちょっと驚いたのだが、この“ぼくなつポータブル”に没頭していたら、とても懐かしいような匂いが鼻先を掠めるのを感じた。外を歩いていて、何かの匂いで過去の記憶が堰を切ったように思い出されるというのはたまにあることだけど、ゲームの体験から匂いが呼び覚まされたというのは初めて。ゲームにはこういう可能性もあったのかと、感銘を受けた。
このゲームは少年時代を追憶するように作られてはいるが、昔好きだった映画や音楽に触れて「ああ、懐かしいな」と感じるのとは少し違う。思い出に浸って懐かしむというよりも、少なくともプレイしている間は感性や思考が子供のそれに戻ってしまう、とでもいうか……。有り体にいえば「いやし系」なのだろうが、僕はむしろ「励まし」に近いものを感じる。プレイし終えて妙にすがすがしく、何となく心に余裕が出てくるのを覚えたからだ。
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