インタビュー
» 2006年07月26日 16時41分 公開

業界に一石を投じたジャンル“サウンドノベル”を今一度振り返るチュンソフト 中村光一氏インタビュー(1/2 ページ)

2006年7月27日に登場する「かまいたちの夜×3」で、5作目となるチュンソフトのサウンドノベルシリーズ。同社がこのジャンルの先駆けとなった背景には、どのような思惑や戦略があったのだろうか。中村光一氏に話をうかがった。

[小城由都,ITmedia]

 画面を埋め尽くす文字、時折表示される選択肢、耳に残る音楽と想像力をかきたてる簡素な背景――「弟切草」というタイトルがこの世に登場するまで、サウンドノベルというジャンルを冠したものは存在しなかった。それが今や、一大ジャンルとして市民権を得ている。

 「かまいたちの夜」の第1作がスーパーファミコンで登場したのは1994年11月のこと。12年の歳月をかけて、透と真理を始めとした「ペンション・シュプール」の面々の物語は、とうとう「かまいたちの夜×3」で完結を見ることになったのだ。サウンドノベルというジャンルをここまで育て上げ、先駆者として完成度の高い作品を次々と世に送り出してきた、チュンソフト代表取締役の中村光一氏に、サウンドノベル創造の秘話と歴史、そしてサウンドノベルとは何かについてインタビューを行った。

サウンドノベルの始まり

photo 中村光一氏

――記念すべきサウンドノベルの第1弾「弟切草」の企画がスタートしたいきさつを教えください。

中村光一氏(以下、中村) スーパーファミコンが世に出回るまで、チュンソフトは「ドラゴンクエスト」シリーズを制作していました。しかし新機種の登場とともに、自社ブランドの作品を世に出し、ソフトハウスとして独立したいという目標を立てたんです。とは言え“じゃあ何を作ろうか?”と社内の状況を見渡しても、大きなプロジェクトを起こせるほどの人員はいませんでした。そこで現実的に考えると、少人数で何が作れるのだろうか、というところからスタートしました。

――「弟切草」を発表した時期は、ちょうどスーパーファミコンが発売されたころでした。

中村 そうですね。当時の各ソフトメーカーさんは、スーパーファミコンに搭載された拡大、縮小、回転機能などをいかに利用するか、という点に意識が集中していました。しかし我々は、リアルなサンプリング、つまり音を使った面白いゲームを作れないだろうか、という模索から始めたんです。

――サウンドノベルというジャンルを創造しようと考えた背景には、どのような考えがあったのでしょうか?

中村 先ほども言ったように、チュンソフトはファミコンで「ドラゴンクエスト」シリーズを作り続けてきました。大ヒットしましたし、多くのユーザーにプレイしてもらえました。しかし、それでもゲームをやらない人にRPGを勧めようすると“HPって、MPって、経験値って何?”とか、“ひらがなだけの文字は読む気がしない”と言われてしまったり、意外と壁が高かった。そこで、誰でもプレイできて、しかも漢字をちゃんと使ったゲームを作れないかと思ったんです。今でこそ漢字で文章を表示することなど当たり前のようにできますが、ファミコンでは容量が足りなくて不可能だったんですよ。スーパーファミコンになって、そういうことができそうだということが分かり、ならやってみようということになりました。

――しかしあの時期に、テキスト、音、一枚絵のグラフィック、というシンプルな作りのサウンドノベル、というゲームを発売するのは、かなりの冒険だったと思うのですが。

中村 私はファミコンがこの世に生まれる前から、海外のPCゲームを始め、たくさんの作品を遊んでいました。その中に「ZORK」という、文章を読んで行動を選択する、テキスト形式のアドベンチャーゲームがあったんです。これが当時大ヒットしたタイトルなんですよ。日本でも「幽霊船」というゲームが発売され、非常に面白かった覚えがあります。これらのタイトルはゲームとしての面白さである、画面や文字を見て想像力を働かせるという部分に直結しているんですよね。自分の頭の中だけで作り上げたビジュアルでプレイするものですから、さまざまなシーンが非常に印象に残るんです。ですから、テキストを使った遊びの面白さに確信は抱いていました。後はどう料理するかだけを悩めばよかったんです。

――サウンドノベルというジャンル自体がまだない時代でしたが、そのあたりに不安はなかったんですか?

中村 う〜ん……「ポートピア連続殺人事件」がファミコンで発表された時も、国内ではまだアドベンチャーゲームというジャンルは浸透していませんでしたし、「ドラゴンクエスト」が世に出回った時も、RPGというジャンルは一部のマニアだけのものでしたから。RPGって難しいゲームじゃないですか? タイル状のマップを世界と呼んで、その上を歩き回っているといきなりモンスターに襲われる。両ジャンルともヒットしてしまいましたから、今では疑問視されませんが、当時アクションゲームしかなかったファミコンのゲームでは、非常に地味だったはずです。どちらのジャンルもPCで遊んできた私にしてみれば、土台となる楽しさは頭の中で理解できているので、アドベンチャーゲームやRPGがヒットするのは、なんら不思議なことではありませんでした。それと同じことで、サウンドノベルという言葉自体は新しいですが、やろうとしていることはテキストアドベンチャーの面白さを表現することだけだったんです。

――PCゲームのテキストアドベンチャーの面白さを、どのように料理されたのでしょうか。

中村 細かい点を挙げればきりがないですが、一番大きいのはやはりコマンド制にするのではなく、選択肢にしたということですかね。当時のアドベンチャーゲームでは「見る」、「聞く」、「調べる」などのコマンドが用意されていて、その中から適切と思われる行動を取っていくという形式が多かったんです。しかし、初めてプレイした人に面倒なことを一切させたくなかったので、その場にあった選択肢を選ばせるという方式にしました。選択肢を選ばせる方法も何パターンか考えたんですが、最終的には物語と同じトーンの選択肢を表示させる方式が一番分かりやすいだろう、ということで採用しました。

――「弟切草」のシナリオは秀逸でしたね。個人的には、一面の弟切草がすべてラベンダー畑に変わってしまう物語が大好きでした。

中村 シナリオは、かつてチュンソフトに所属していた麻野一哉さんが作ったんです。奈美とナオミを入れ替えて助けてしまうという、ほとんどの人が最初にプレイするであろう、代表的なシナリオを手がけたのは彼ですね。しかしマルチエンディングとなると、1人でシナリオを考え続けるのは無理があるのも事実です。そこでプロの作家さんに協力してもらおうということになり、長坂秀佳さんにお願いすることになりました。長坂さんは、シーンごとに新しい出来事を作るという手法を取ってくれたので、あの洋館を舞台に本当にさまざまなシナリオが繰り広げることができたんです。

――サウンドもユーザーの想像力を助けたと思います。

中村 そうですね。耳から入ってくる情報というのは、非常にその人の想像力を高める役割を果たしてくれるので。昔、わたしが非常に大好きだった「スネークマンショー」という番組(ラジオ番組、レコード)があったんですが、ああいう音から入る面白さみたいなものも、アイディアの一部に反映されていますね。

photo

――グラフィックが細かく描かれていないことも、想像力をかきたてます。

中村 「弟切草」を発表会で見せた時、実はグラフィックは一切なかったんですよ。わら半紙のようなグラフィックの上にテキストが流れているだけのものだったんです。しかしプレイしてくださった皆さんから、やりたいことは分かるけど、ゲームとして寂しくないだろうか? 商品としても売りにくいという指摘をいただきました。そこで想像力を限定しないようなビジュアルは作る、という方向性になったんです。

――ピンクのしおりだったり、館の色が変わったりと、ゲームらしい仕掛けも楽しかった覚えがあります。

中村 やはり何度プレイしても同じシナリオでは面白くないですからね。同じシチュエーションにたどり着いたとしても、その前に読んでいた文章によっては、感じ方も変わってきますし。最後までプレイしてみたら、さらに奥深い物語が楽しめたり、といった仕掛けは意図的に仕込みました。シナリオは、最初にミステリーがあり、ホラー、オカルト、ギャグなどを用意したのですが、ちょっとエッチなのもあってもいいよね、という何気ない雰囲気から入った遊び心みたいなものです。

我孫子武丸さんとの出会い。そして「かまいたちの夜」へ

――「かまいたちの夜」になって、急にミステリー色が強くなりましたよね。

中村 「弟切草」のアンケートはがきで、次回はミステリーでやってくれ、という意見が非常に多かったんです。そこで、実際に若手のミステリー作家の方に手紙を出して、シナリオを書いてもらえないかと打診しました。その中で我孫子武丸さんから返事をいただいて、実際に会ったらすでに「弟切草」をプレイしてくれていたんです。我孫子さんは我孫子さんなりに、「弟切草」の良い点と悪い点を評価してくださっていて、非常に話がしやすかったですね。

――ちなみに悪い点とは?

中村 前半部の物語が、進み方によってはつじつまが合わなくなることです。さまざまな伏線を前半部分に一気に出すため、最初に出てきたアレはなんだったの? という疑問をほったらかにして物語が進んでいってしまう。ミステリーだとそういうわけにはいかないと。あくまでもロジカルに進めなければなりませんから。

photo

――そういう話し合いができたということが、我孫子さんにお願いしようと思ったきっかけなのでしょうか。

中村 それももちろんあります。しかしそれ以上に、我孫子さんはものすごいゲームマニアなんですよ。お会いした時に、私なんかよりもはるかにゲームをプレイしていて……ゲーム評論家も十分に務まるんじゃないかと思ったものです。ゲームというものを分かってくれているので、何ができて何ができないのか、という前提もすでに理解してくださってました。「かまいたちの夜」は場面の写真だけではなく、人物のシルエットが表示されるじゃないですか。実はあれ、我孫子さんのアイディアなんです。最初はシーンの撮り込み画像だけを背景にしてゲームを制作していたんですが、何となく寂しいし、同じシーンばかりで面白くなかった。そこで我孫子さんから、想像力の邪魔をしないような形でシルエットで人を出すのはどうかなという意見をいただいて。メモリもそんなに食わないしと、メモリ容量の心配までしてもらったんですよ(笑)。結果、かなり良くなりましたね。まぁ制作しなければならないシルエットの量が量だったので、開発スケジュールは延びてしまいましたが……。

――エンディングロールで、長野県白馬村にある「ペンション・クヌルプ」が表示されます。あれは我孫子さんのお気に入りの宿だったんでしょうか。

中村 いえ、我孫子さんがミステリーを描く上で、密室が欲しかったらしく、雪山のペンションを使いたいと要望があったんです。その時、我孫子さんはペンションというものに行ったことがなかったらしく、じゃあ一緒に行きましょうとお誘いして、クヌルプではない別のペンションに行きました。そこは撮影のイメージに合わなかったので、仲良くしてもらっている旅行代理店に依頼して、クヌルプを紹介してもらったんです。

――では、ゲーム中に出てくるミシシッピ・マッドケーキなどは、クヌルプのメニューを実際に見て、ゲームに取り込んだということなんですね。

中村 そうです。連続殺人の舞台になる場所として使わせてくれという話なんて、普通は嫌じゃないですか(笑)。でもオーナーの方は、あんまり物を動かしたり壊したりしなければ別にいいですよ、と快諾してくれまして。かまいたちの夜をプレイして宿泊する人が多いそうで、それを聞いてうれしかったですね(笑)。

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