これまでより、これからの10年のほうが刺激的――久夛良木氏基調講演東京ゲームショウ2006

東京ゲームショウ2006の基調講演にソニー・コンピュータエンタテインメント社長兼グループCEOの久夛良木健氏が登場。プレイステーション 3で実現されるネットワークコンピューティングについて語った。

» 2006年09月22日 23時22分 公開
[今藤弘一,ITmedia]
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 「PS3が創る次代のエンタテインメント」と題された基調講演において、久夛良木氏はまず、今年はプレイステーション 3やWiiといった次世代機が発売されるため世界中から注目されていると前置きしつつ、「これからコンピュータエンタテインメント業界が何を考え、どこに向かっていくかについて、わたしの口から伝えられるのはうれしい」と述べ、今回の東京ゲームショウ2006では200台の実機と開発機材を使って、プレイステーション 3のゲームが体験できることを紹介した。

 「1983年に8ビットのファミコンが発売されて以来、ゲーム機はこの20年間でプロセッサのクロック数は4けた、計算能力は5けた、メモリの容量は6けたも向上し、そのおかげですばらしいソフトウェアが生まれてきた。今日ご覧に入れたようなすばらしいソフトウェアを2カ月後にユーザーへ届けることができるのは、プレイステーションに携わるものの1人としてうれしい」(久夛良木氏)。

 また久夛良木氏は、ゲーム機の特徴の1つはリアルタイム性とコントローラーの入力に即応したレスポンス性であり、そこがPCなどほかのシステムと違うところだと語る。そこで着目すべきなのは、ユーザーインタフェースとしてのコントローラー。「ゲーム機のコントローラーは、直感的で多彩な操作ができるだけでなく、想像もしなかったような新しいインタフェースは今後も提案され、その中のいくつかは将来に定着するだろう」(久夛良木氏)。そしてこのコントローラーの入力にリアルタイムに即応させ、ゲームとして成立させるために、最先端のテクノロジーが惜しみなく投入されていくだろう、と久夛良木氏。広大なバスのバンド幅やパイプライン処理、並列演算といった、コンピュータサイエンスの分野に限られたものであったものを、クリエイターが使いこなすことで新しいソフトが生まれ、コンピュータエンターテインメント産業が伸びてきた。

 ただし、これまで巨大で高性能システムを手元に引き寄せようとして発展してきたPCも、ある程度完成域に近づいてきており、巨大なOSも含めて、機能を盛り込んだおかげで、利便性や快適さが損なわれてきていると、久夛良木氏は指摘する。このため計算機能やデータベースなどの基幹機能をネットワークの向こうに置いて、ネットワーク越しでアクセスするという考えも出てきた。「これはオラクルが提唱したが、ネットワークのバンド幅やコンピュータの能力が低かったため、などの問題で普及しなかった。しかし現状では全世界で一定のブロードバンド環境が得られるし、PCもこれまでにないパワーを手にしているので、ネットワークの向こう側に巨大なサーバ、ストレージを持って利用することも可能になってきた。検索エンジンの登場で、ユーザーはネットワーク経由でありながら、あたかもスーパーコンピュータに接続しているかのような体験をすることも可能になった」(久夛良木氏)。

 久夛良木氏は、世界中の地図データを集積したものを「リッジレーサー7」で利用するする例などを挙げ、「これまでの地形データは、制作者がリアルな世界で写真を撮影したりして製作してきた。ただしネットワーク越しにサーバで地図データを計算させて、それを使うことができれば、コストの面から言っても非常に大きな可能性がある」と語る。「いまではデジカメやハンディカムなどが普及しているので、ユーザーそれぞれが自分の周りの環境をアップロードして“グローバルマップシステム(GMS)”というようなデータベースを作ることもできる。そこにアクセスしてリアルタイムに飛び回ることができれば、まさに夢見た“どこでもドア”の世界が登場する」(久夛良木氏)。

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 久夛良木氏はここで「グランツーリスモ」シリーズの例を挙げ、「コース上のシーンなどは動画や静止画の撮影のほか、時にはレーザー測量で作成するが、実在の車のボディや剛性、エンジン、サスペンション、タイヤの摩擦係数などは、車体メーカーとのリレーションシップで、時にはCADデータをもらって変換している。このメリットは1つ1つ入力する手間と費用が省けること」と語り、先ほどの地図データの例とも考え合わせて、さまざまなデータの共有化が今後はさらに進んでいくかもしれないと指摘する。

 そこで重要となるのが、誰もがプレイステーション 3を開放的に利用できることだ、と久夛良木氏。「インターネットにつながってみんなが楽しむだけでなく自らが使える環境を提供することが大事。オープンな開発環境を加速していく。開かれたネットワーク環境、開かれたプラットフォームから斬新なアイディアが生まれる」(久夛良木氏)。

 こうした新たな動きを語る中で、12年前のプレイステーションにCD-ROMを導入したことを振り返りながら、「マスクROMはコストも高く、製作に時間もかかったが、安価で生産の早いCD-ROMを導入したことで、一瞬沈滞していた業界も活性化した。その結果膨大なタイトルが生まれてきたが、現在ではまた売れるソフトと売れないソフトの2極分化が始まっているし、ユーザーもクリエイターがチャレンジしたタイトルに手を出していない」と久夛良木氏。

 「ゲーム制作の本来の姿は多様性の追求とクリエイターの想像の発露。現状はややもすると売れそうなシリーズものや、手軽な遊びだけに陥りがちな状況にあることには警鐘を鳴らすべきだ。ユーザーも新しいソフトを取りに行くことより、“何で遊ばせてくれるのか教えてほしい”というような受け身の姿勢になっていることも問題だ。SCEの全員が考えているのはイノベーション。イノベーションがないところに持続的な発展はない。本来のクリエイティビティを見据えながら、いまある問題に1つ1つ対応して、来たるべきネットワークセントリックな時代に時間をかけて対峙しなければならない」(久夛良木氏)。

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 ただしこれまで紹介されたようなネットワーク環境は、現状では手に入れられていない。「インターネットを構成しているのはPCアーキテクチャだが、ギガビットイーサネットであっても、プレイステーションの内部バスのバンド幅に達していない。最先端のPCでプレイステーション 2のエミュレーションもできない。ましてやHDクオリティの映像をリアルタイムでネットワーク上で扱うにはまだまだ時間がかかるだろう。しかし10年たったらそのようになるかもしれない。プレイステーション 3はゲーム機としては“やりすぎ”のようなスペックだが、ゲーム機のすごいところは誰でもTVにつないでくれること。そしてプレイステーション 3をインターネットにつなぎ始める最高のチャンスが生まれている。この2、3年はパッケージメディアと共存するだろうが、ネットワークを活用することで新しいサービスも生まれてくる」と久夛良木氏は語る。ネットワークの持つ双方向性を活用して、既存のしがらみで埋没しているクリエイターと、発信したいユーザーを結びつけたい」とも。

 プレイステーション 3ではプレイステーション 2とプレイステーションがエミュレーションできるので、ペイパープレイで提供することも可能だと久夛良木氏は述べる。「プレイステーションフォーマットだけでなく、メガドライブのソフトも動作したらおもしろいし、これ以外のさまざまなソフトも配信したい」(久夛良木氏)。また、プレイステーション 3のプロモーションのために店頭へ設置される試遊台は、アメリカと日本を含めて数万台にのぼる。この活用方法としても、「それぞれをネットワークにつないで、最新のゲームをダウンロードしたり、アップロードするだけではなく、“街角TV”のようなプロモーションや、ICカードを使うことで少額課金を行い、アーケードゲームのように遊ぶこともできるかもしれない。気に入ったゲームを店頭で購入して持ち帰り、楽しむこともできるだろう」とのこと。「これらはリテーラーに提案している最中だ」(久夛良木氏)。

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 最後に久夛良木氏は、インターネットに接続されているPCを利用してアルツハイマーの遺伝子や難病のDNAを早期に見つけ出す「Folding@home」プロジェクトを紹介。プレイステーション 3の開発環境を対応させ、実験しているとのこと。プレイステーション 3発売後にユーザーがこのプロジェクトへ参加すれば、アルツハイマーにかかわらずサイエンスの分野が加速したら、人類にとって大きな助けになると思っている、と久夛良木氏。「ゲーム機はゲーム機だけと見られがちだが、ネットワークの進化に伴ってこういうことも可能になる」(久夛良木氏)。また、「ゲームの開発中も、サーバにアクセスしながら共同作業で制作しているが、そこにユーザーがアクセスして開発中のゲームソフトを見たりと、ユーザー側がアプローチすることもおもしろい。パッケージの時代ではできなかったライブのエンターテインメントが始まる」と指摘。

 「ゲーム産業はいままさに未来の扉を開こうとしている。いままでの10年に起こったことより、これからの10年の方がはるかにおもしろくて刺激的でダイナミックでおもしろくて神秘的だ。コンピュータエンターテインメント産業がこの流れをリードしていく。プレイステーション 3を含む新しい世代のプラットフォームが、この大きな役割の一端を担っていけるかもしれないと考えると、プレイステーションをやっていてよかったと思う」(久夛良木氏)。

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