癒し効果抜群の貧乏生活――「貧乏姉妹物語」

2006年の6月から9月まで放映されていたテレビアニメ「貧乏姉妹物語」。1月にはそのDVDの5巻が発売されたほか、つい最近まで名古屋テレビや東京MXTVで、そして現在は青森朝日放送で放映が続いている。ここではそんな「貧乏姉妹物語」の魅力に迫ってみたいと思う。

» 2007年03月22日 00時00分 公開
[ひろいち,ITmedia]

 時代は今、ちょっとしたセレブブームだ。「セレブ婚」だの「プチセレブ」だのといった言葉がメディアの中で頻繁に飛び交い、某TV番組に代表される世界のセレブたちの生活を垣間見るようなものが大人気。「1億円のドレス」だとか「5億円の指輪」だとかいう、もはや絵空事のような豪華な衣装に身を包んだセレブたちが連日テレビ画面の向こうで煌びやかな笑顔を振りまいている。わたしはそれを眺めながら、290円(税込)の豚丼を頬張るわけである。この一杯を何万回我慢したらあのドレスが買えるのだろうとか、あの服の切れ端で何日過ごせるのだろうなどという不毛な想像を何度めぐらせたことだろう。

 いわば、そんなメディアの流れに逆行しているかのようなアニメが「貧乏姉妹物語」である。なんとストレートなタイトルだろう。その名のとおり、貧乏な姉妹が紡いでいく物語だが、その中には心温まる姉妹愛がいっぱいに溢れている。「貧乏姉妹物語」の魅力に迫る前に、まずは本作の物語を少し復習しておこう。

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 中学生の姉・山田きょうと、小学生の妹・あすは、2人っきりの姉妹。父はギャンブルで借金を作って蒸発、母とは死別という苦難に見舞われながらも、決してふさぎこむことなく明るく元気に毎日を送っている。数年前に法律が改正されたおかげで中学生でも成人と同じように働けるようになったため、きょうは中学校に通いながら新聞配達や家庭教師をこなしながら山田家の家計を支えている。一方、あすは家事全般を担当するとともに、お金をしっかりと管理して、大好きな姉を助けている。貧しいながらも強く明るく生きる、そんな姉妹の日常を描くハートフルストーリーだ。

 物語のメインとなるのは当然、2人の姉妹「きょう」と「あす」だ。


画像 山田きょう(声/坂本真綾)

 姉のきょうは、中学3年生の女の子。新聞配達をしながら生計をたてているというがんばり屋で、授業中は寝てばかりいるのに優秀な成績を維持している。ただ、少々天然ボケのところがあるらしく、第1話では「雷は傘に落ちるらしい」と大雨の中をびしょぬれになりながら学校まで妹を迎えに行ったり、第2話ではアパートの大家さんがいつもの時間に家賃を請求しに来なかっただけで、「きっと宝クジに当たって家賃が必要なくなったんだ!!」と本気で大喜びしてしまう始末。


画像 山田あす(声/金田朋子)

 そんな愛らしい姉を支えているのが、妹のあすだ。クラスの学級委員もしているしっかり者で、まだ小学3年生と幼いながらも山田家の家事を一手に担う。お金の管理も任されているあたり、姉からの信頼も厚いようだ。そんな彼女は、とにかく姉のきょうが大好き。第7話では、姉に好きな男の子がいると勘違いをしてしまったことから、なんとその男の子の後を尾行して、どんな男の子かを見極めようとするほど。


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 そんな2人が織りなす「貧乏姉妹物語」の面白さは、第1話の冒頭に凝縮されている。

 まだ夜の静けさを十分に残している早朝。きょうは新聞配達のアルバイトに出るため、4畳一間の部屋で目を覚ます。大きなあくびをするものの、隣に寝ている妹を起こすまいと、静かにジャージに着替えはじめる。そして、ひとりで家を出ていくのだが、実はあすは起きていて、それを悟らせないよう薄く目を開けて静かに送り出す。そして、走りゆく姉の背中をカーテンの間からそっと覗いて見送り、また床につくのだ。

 この冒頭のシーンを見て、少しでも「キュン」となった方、「ほおっ」と思った方は間違いなく合格である。このあとに展開する物語を存分に楽しむことができるはずだ(もちろん、ここで反応が少なかった方も十分すぎるほど楽しめるのだが)。この「貧乏姉妹物語」とは、簡単に言ってしまえばそういう物語である。

 貧乏な姉妹がすごす何気ない日常の中で、心温まる姉妹愛が描かれていく。そこにあるのは、怪我をした大家さんのお見舞いに行くとか、携帯電話がクジで当たったものの相手につながらなくてヤキモキするという、本当によくある日常の風景だ。その過程には、人生を一変してしまう衝撃的な事件も、強烈すぎるほどの個性を持ったキャラクターが巻き起こすハプニングもない。当然、7人の魔術師たちが織りなす戦争に巻き込まれたり、宇宙人や未来人に興味を持つ破天荒なクラスメイトに出くわすこともない。ただ、それがいいのだ。


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 2人の姉妹が作り出す雰囲気は、とても心地がよい。その理由のひとつに、貧乏の捉え方があるように思える。OPの出だしは「母はあすが生まれた年に天国へ行ってしまった。父はギャンブルで借金を作って蒸発。そして、わたしたち2人は取り残された」という衝撃的なセリフからはじまるものの、物語の内容はけっして深刻なものではない。「世の中のしがらみや貧乏ゆえの困難に耐えながら、2人が力を合わせて強く生きていく……」といった、重苦しい貧乏生活はそこにはない。

 姉妹はたしかに大変な貧乏だが、悲壮感は微塵も感じさせないのだ。貧乏をもっと明るく捉え、むしろ温かくて楽しい雰囲気を醸し出している。

 たとえば、いつも質素な食事をしている2人だが、「もっと豪華な食事がしたいよー」とわがままを言って、相手を困らせるような場面は出てこない。妹のあすはまだ9歳。そんなわがままのひとつも言いそうな年齢だが、少し大人びている性格のためか、そんな素振りすら見せないのだ。むしろ、ひょんなことから八百屋さんにお肉をもらったときに「今日は豪勢だねー」と言って姉妹で喜び合うなど、山田姉妹は嫌なことではなく嬉しいことに反応することが多い。

 第4話では、あすの授業参観が行われるのだが、ここでも「お母さんじゃなきゃいやだ!!」と言ってきょうを困らせるような、よくある子供のワガママは出てこない。逆に、少しでも大人っぽくみせようとするきょうに対して、「お姉ちゃんは誰の代わりでもないよ」と、今は亡き母ではなく姉に授業参観に来て欲しいことを告げる。

 その他の場面でも、秋空を眺めながら姉妹そろって「今月も生活費ピンチだねー」と笑顔で語るなど、苦しいことを明るく捉えるような場面が多数登場する。自分の気持ちが通じないなどの理由からスネたり怒ったりすることはあっても、貧乏や恵まれない境遇に対してのマイナスの発言は驚くほどに存在しない。プラスの発言で構成されていることにより、恵まれない境遇の姉妹を見ていても深刻な気持ちになることはなく、作品全体を通じてとても温かい気持ちにさせてくれる。家賃を取り立てに来る大家さんを「恐怖の大魔王」と呼んでしまうような、子供らしい発想が散りばめられていることも影響しているのかもしれない。

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 とはいえ、2人が表に出さないだけで、貧乏は確実に山田姉妹の生活に影響を与えている。たとえば、マンガなどの貧乏な家にはつきものの雨漏りは、当然存在する(大家さんが直してくれたが)。また、新聞配達に行くきょうが着ているのは、胸に名前の入った学校の体操服とジャージに軍手という、思春期真っ盛りの女子中学生の服装としてはおよそ不釣り合いなもの。さらに、夏のプールに行く代わりにあすが入っていたのは、タライに水を溜めたプールであった。あれほどにカワイらしい姉妹が貧乏であるギャップも、本作の魅力のひとつということだろう。

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 そして本作最大の魅力は、やはり姉妹愛だろう。

 互いを1番愛しているという揺るぎない姉妹愛は、本作を通じて幾度も見る者の胸を熱くさせてくれる。その愛情は、もはや恋人どうしのそれに近い。たとえば冒頭の、きょうが妹を起こさないように新聞配達へと出かけるシーンなどは、互いへの愛情がありありと描かれている。また、第2話では入院してしまった大家さんのために毎日病院まで通うのだが、学校を早く終えたあすが病院の前できょうのことを待つシーンなども非常に可愛らしい。その健気な姿は、恋人が校門の前で待っている姿となんら変わらない。


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 そして極めつけは、バレンタインデーを描く第7話だ。手作りのチョコを作ったあすが、きょうは喜んでくれるのかと思いを巡らすシーンは、思わずあすファンになってしまうほどの威力。そして、姉の帰りを待ちきれなくなったあすが中学校へと出向き、きょうが男の子にチョコを渡している場面を目撃してしまうことになるのだが、その後のあすの葛藤も愛らしい。おそらく彼女にとって初めて「姉がどこかに行ってしまうかも知れない」と感じた出来事。そして「でもそれが姉の幸せなのかも知れない」と考えながらも、平静を装っていられなくなっていく。結局それが勘違いだとわかったあとの照れるシーン。そして、ラストシーンでの「それでも最後はお姉ちゃんの幸せを選んでしまう」というあすセリフは、彼女たちが力を合わせて歩んできたこれまでの人生を考えさせることで感動すら覚えてしまう。

 親子の絆が薄れたとか、地域の関係が希薄になったなどと言われる昨今。本作を見ると忘れていたそんな感情が……などと書いて形良く締めたいところだが、本作はそんな堅苦しいことを抜きにして、サラリと見ていただきたい。この姉妹の日常が、きっと疲れた心を癒してくれるはずだ。そしてそんな中で、やっぱり家族っていいかも、とふと思えたら素晴らしいことなのではないだろうか。いや、きっと思わせてくれるはずなので。

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 最後に、少々の脱線を覚悟で個人的なことを言わせてもらえば……実はこの作品にはもうひとつ、とても面白いと感じたことがあった。それは、ブログである。実は以前、本作の取材をさせていただいたことがあったのだが、その際にプロデューサーの応援団長A氏が「今度ホームページでブログやります」と言っていた。取材陣も多く、帰り際だったこともあってよく聞こえなかったが、「実際に○×□……、貧乏に◎☆××……」とだけ聞こえてきたのを覚えている。制作スタッフがブログをやるというのはそれほど珍しいことではないし、そのときはそれほど気にもとめていなかったのだが、それからしばらくして本作のホームページを見て仰天した。応援団長A氏は作中の山田姉妹を真似て、実際に貧乏生活をしながらブログを書いていたのだ。「これはすごい!!」と、思わず(笑いの混じった)感嘆の声を上げてしまった。

 「芸人じゃないし何もプロデューサーがそこまでしなくても……」等々の意見もあるだろうし、これでホームページの読者が増えるという保証もないわけだが、個人的にはとても素晴らしいことだと感じた。仕事とはいえ、作品に対する愛情がなければできない業だろう。愛情と、作品を少しでも宣伝したいというプロデューサーとしての熱意と、ちょっとの笑いのセンス。それらが重なりあってはじめて出来る企画だったと思う。途中、出演声優さんからの応援メッセージが寄せられていたりして、さらなる愛を感じた。

 もちろん、読み物としても十分に面白い。

 だって、2回目の更新で部屋を掃除しようとしたA氏が部屋の中で発見したのは、ホウキなのだ。「今時、ホウキなんか魔法少女だって使わないよう」とまでは言わないが、プロデューサーともあろう方がどこか寂しげにホウキで部屋を掃いている様は、本作の内容とリンクして鮮やかに想像できてしまう。「貧乏姉妹物語」の放映中にリアルタイムでブログを見ていたわたしにとっては、作品の内容に少し現実味を持たせる効果があったように思える。また、銭湯に行ったら閉店時間より前に追い出されたり、家賃を滞納したり、ケーキの保冷剤を集めて冷気をとったりと、山田姉妹に負けず劣らずのドラマチックな生活を送っているではないか。良くも悪くも貧乏を満喫しているなあと感じずにはいられない。

 唯一惜しむのは、第1回目の更新で言っておられた「たまにゲストを無理やり呼んでこよう!」の部分が実現されなかったこと。もし、「貧乏姉妹物語2」をやるときには、ぜひまた貧乏生活をして、ゲストを呼んで欲しいと思う。そして、出演声優さんにもこの企画に挑戦してほしいなどと思ってしまったりもする。そのときはぜひ、貧乏生活の様子を取材させていただきたい。

 とにもかくにも、これほどの魅力が詰まった「貧乏姉妹物語」。現在DVD全5巻が発売中なので、気になる方はぜひ見て頂きたい。

貧乏姉妹物語
STAFF
原作 かずといずみ(小学館「月刊サンデーGX」連載)
シリーズディレクター 貝澤幸男
シリーズ構成・脚本 和泉鶴
キャラクターデザイン 高村和宏
総作画監督 上野ケン
美術デザイン 佐南友理
色彩設計 小日置知子、辻田邦夫
編集 麻生芳弘
録音 川崎公敬
音楽 小坂明子
アニメーション制作 東映アニメーション
CAST
山田きょう 坂本真綾
山田あす 金田朋子
越後屋金子 進藤尚美
越後屋銀子 小桜エツ子
林源三(大家さん) 麦人
三枝蘭子 平松晶子
(C)かずといずみ・小学館/貧乏姉妹物語プロジェクト


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