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「アイドルマスター」シリーズ初の「ガチすぎる演歌」はいかにして生まれたか「天城越え」の作曲家がまさかの楽曲提供

日本コロムビアの柏谷智浩音楽プロデューサーに聞きました。

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 4月に日本コロムビアから発売された、アイドルプロデュースゲーム「アイドルマスター シンデレラガールズ」シリーズの新作CD。3人のアイドルの楽曲が収録されている中で、村上巴(CV:花井美春)が歌う「おんなの道は星の道」は、スケール感のあるメロディーと重厚なサウンドにのせ、コブシのきいた歌い回しがさえる本格演歌です。


村上巴(むらかみともえ CV:花井美春)が歌う「おんなの道は星の道」 (C) BANDAI NAMCO Entertainment Inc.

 作曲を手掛けたのは、「天城越え」をはじめ、数々の演歌の名曲を世に送り出してきた演歌界の重鎮・弦哲也氏。3月にその名前が発表されたときから、プロデューサー(『アイドルマスター』シリーズのファン)の間では「ガチの演歌の作曲家が来た!」と話題騒然。実際に発売された楽曲にも、期待以上の完成度に満足げな声が多く見られます。

【楽曲試聴】「おんなの道は星の道」(歌:村上巴)

 「アイドルマスター」シリーズ史上初のガチすぎる本格演歌は、いかにして生まれたのか。「アイドルマスター シンデレラガールズ」の音楽プロデューサーを務める、日本コロムビアの柏谷智浩氏(コロムビアハウス アニメ制作部プロデューサー)に話を聞きました。

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以前から演歌は好きだった


日本コロムビアの柏谷智浩音楽プロデューサー

── まずお聞きしたいのですが、柏谷さんは仕事で演歌制作に携わった経験はあったのですか?

柏谷:日本コロムビアは、新入社員はまず営業に配属され、何年か営業所勤務を経験した後に制作や宣伝の部署に異動するケースが多いことに加え、コロムビアは総合レコードメーカーですので、仕事をしていると一通りのジャンルを経験することになります。私がいろいろな音楽に携わった中に、もちろん演歌もありました。

── なじみのないジャンルではなかったんですね。

柏谷:はい。もともと幅広く音楽を聴いていましたし、演歌ですと、田川寿美さんや細川たかしさんの曲など、好きで聴いていましたね。そうやって仕事で携わっているうちに、演歌の中にも「これは好きだな」と思うような曲がたくさんできました。

 その好きな曲の中に、弦哲也先生の手掛けた楽曲が多くありました。また、私が大阪の営業所にいたときに、大阪を舞台にしたNHKの連続テレビ小説「ふたりっ子」が人気になって(1996年)、劇中で河合美智子さん演じる演歌歌手のオーロラ輝子が歌った「夫婦みち」がコロムビアからCD化され、大ヒットするのを目の当たりにしました。それも弦先生の作曲だったんです。

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 そんな経験もあって、今回演歌を作るに当たって誰にお願いしようかと考えたときに、真っ先に浮かんだのが弦先生でした。ネームバリューという面ももちろんありますけど、一番の理由はやはり、私自身が弦先生の書く曲が好きだったということですね。

── ゲームの楽曲、しかも新人声優さんの歌う楽曲を、演歌の人気作家である弦さんに依頼することにためらいは?

柏谷:もし断られたらそのときはしょうがないと思っていました。演歌の部署のスタッフの協力を仰ぎつつ、弦先生サイドに企画を持っていって検討をお願いしたところ、後日無事に「お引き受けします」というお返事をいただけてホッとしました。全くなじみのないジャンルなので驚かれたとは思いますが、弦先生も「面白そうだ」と興味を持ってくださったようです。

通常のアニメやゲーム音楽とは全く異なる演歌の制作手順

 そんな弦哲也氏が作った「おんなの道は星の道」を歌いこなしているのは、村上巴の声を務める20歳の新人声優・花井美春さん。北海道出身で幼いころから民謡を習っており、プロフィールには各地の民謡大会で優勝・上位入賞した記録がズラリ。その歌唱力・表現力は、民謡で培われたものなのです。第一線で活躍する演歌歌手の中には民謡を習っていた人も多いですが、声優にもそういう経歴を持った人がいることに驚かされます。


作曲家の弦哲也氏(画像は事務所提供)

弦哲也プロフィール

1947年9月25日生まれ、千葉県銚子市出身。1965年、田村進二として「好き好き君が好き」で歌手デビュー。1968年、弦哲也に改名。1976年「おゆき」(内藤国雄)で作曲家デビュー。1986年から作曲活動に専念。これまで世に送り出した曲は2500曲以上。2017年より日本作曲家協会会長を務める。代表曲は「天城越え」(石川さゆり)、「ふたり酒」「二輪草」(川中美幸)、「夫婦みち」(オーロラ輝子)、「北の旅人」(石原裕次郎)、「釧路湿原」(水森かおり)など。

── 弦哲也さんでなくても、例えばポップスの作曲家に“演歌っぽい曲”を依頼する選択肢もあったのでは?

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柏谷:そうですね。これまで「アイドルマスター」シリーズに提供してきた作家さんは、どんなタイプの曲でも作れる器用な方が多いので、しっかりと演歌の形にはなったと思います。ただ、本来の演歌のやり方で作ろうとすると、全く違ってくるんですよ。

 私たちが普段作っている楽曲の場合、作家さんが打ち込み(DTM)で制作した、完成形に近いデモ音源が上がってきます。そこに歌うキャストとは別の人が仮歌を入れ、歌唱資料として声優さんに渡し、声優さんはその譜割などを参考にしつつ練習してきて、本番のレコーディングをするときに歌の中でのお芝居をディレクターと一緒に作り上げていく、という手順です。

 一方で、演歌にはそういった完成形に近いデモが作られることはほとんどありません。演歌は歌い手と作家ががっちりと組んで作っていくもの。作家と歌い手が「この部分はやっぱりこうした方がいいかな」と相談してメロディーを変えたり、言葉の響きを確認しつつ歌詞を変えたりしながら作り上げることもあったりします。オケ(歌以外の伴奏部分)も、大勢のミュージシャンが一斉にスタジオで生演奏して録音します。でもそれはゲームやアニメの世界だと、なかなかないことなんです。

 いつも作ってもらっている作家さんにお願いするより手間や時間は掛かるかもしれませんが、村上巴とそのプロデューサーの皆さんのために演歌を作るのであれば、本来の演歌としての作り方で作るべきという気持ちはありました。

── ある程度演歌を歌える技術を持った人でないと演歌の作り方に対応するのは難しいと思いますが、村上巴役の声優をオーディションで選ぶ段階から、「演歌を歌いこなせる人」を探したのですか?

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柏谷:いえ、「歌が上手かったらうれしい」くらいの気持ちでした。村上巴のオーディションでは、「命燃やして恋せよ乙女」(筆者註:2017年に発表された『アイドルマスター シンデレラガールズ』のオリジナル楽曲)が課題曲でした。

 花井美春さんは歌がとてもお上手でした。アニメやゲームの世界を志す人の中には、歌い始めたきっかけが演歌や民謡だった、という人もわずかにおりますが、運良く花井さんという民謡の経験がある方と出会えましたので、演歌の作り方でチャレンジできるんじゃないか……と思い、弦先生にお願いしたというわけです。


村上巴を担当する声優の花井美春さん(画像は事務所提供)

レコーディング前の歌唱レッスン

── 演歌歌手の場合、新曲の詞・曲ができると、歌い手が作曲家のところへ行き、どう歌うべきか指導を受けることがありますが、花井さんもそういったレッスンを?

柏谷:はい。花井さんにも、弦先生の歌唱指導を受けてもらいました。実際に歌ってもらって、キーの高さや言葉の乗り方、歌い方や声感などを確認し、だったらこうした方がいいだろう……と調整していく作業です。

 その場には南郷達也先生と、田村武也先生にも同席いただいて、作詞・作曲・編曲の3人の先生が全員そろった前で花井さんのレッスンは行われました。花井さんが実際に歌うイメージを把握していただいた上で曲が作り込まれたので、楽曲の完成度はより上がったと思います。

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── 作家の先生がそろった前で歌うなんて、キャリアを積んだ演歌歌手ですら、ド緊張しそうな状況ですね(笑)。

柏谷:そうですね。私もその歌唱指導に立ち会いましたが、花井さんは堂々と歌っていましたよ。やっぱり若いってすごいなと思いましたね。


レコーディング時の集合写真。左から編曲の南郷達也氏、作曲の弦哲也氏、花井美春さん、作詞の田村武也氏(画像は事務所提供)

── 「おんなの道は星の道」を聴くと、コブシ、ビブラート、うなり、強弱を付けた声の表現もしっかりできていて、初めての演歌のレコーディングでここまで歌いこなしていることに驚かされます。

柏谷:民謡と演歌の歌い方は厳密には違うんですが、似ている部分はたくさんありますので。実は楽曲制作に入る前に、彼女がキャラ感を出しながら演歌を歌うとどんな感じになるのか知りたくて、スタジオで花井さんが得意な演歌を村上巴として試しに歌ってもらったんです。とてもステキな感じでしたので「ああこれなら行けるな」と。「おんなの道は星の道」は、彼女が民謡で培った部分をしっかり出しつつ、オケはもちろん、歌の方でもクオリティーの高いものにできたと思っています。

村上巴(むらかみともえ)プロフィール


(C) BANDAI NAMCO Entertainment Inc.

タイプ:パッション

年齢:13歳

誕生日:1月3日

星座:山羊座

身長:146センチ

体重:37キロ

3サイズ:74-53-76

血液型:A型

趣味:演歌・将棋

利き手:右

出身地:広島

「ちゃんとした演歌」を歌わせたかった

── 演歌といっても、この曲の場合、年配の演歌ファンとは明らかに違う若い層が聴くわけですし、聴いてもらいやすいように作風を変えることは考えなかったのでしょうか?

柏谷:弦先生側からも「ゲームやアニメに寄せた方がいいのでしょうか?」という話は出ましたが、きっと村上巴のプロデューサーさんはそういった曲は望んでいないと思うので、「そこは意識せずに、これまで作ってこられたような正当な演歌を作っていただきたい」という話をしました。編曲も「だったら南郷達也先生にお願いするのがいいね」と弦先生が提案をしてくださって決まりました。

 若い人にも広く知られている「天城越え」は、決してド演歌というわけではなく、ややポップス寄りに洗練されていて聴きやすい部分がありますよね。仮に「アイドルマスター」シリーズで古風なド演歌を出したら、「へーこういう曲なんだ」と、ネタ曲と受け取られて終わってしまう可能性がある。繰り返し聴けて、好きになってくれるような曲を作るとすれば、やはり「天城越え」のような要素が必要。ですので、やはりそういう曲をたくさんお書きになっている弦先生に依頼したのは間違ってなかったなと思います。

── プロデューサーの皆さんは、“お嬢”(※村上巴の愛称)が正統派の演歌を歌うことを望んでいると。

柏谷:これまで「アイドルマスター」シリーズの音楽は、音楽のジャンルとしてはかなり幅広く、多種多様な楽曲を作ってきました。例えばそのアイドルにメタルが似合うならメタルの曲といった具合で、「アイドルに合う曲を作る」のが最も重要なテーマだからです。

 その中でも村上巴というアイドルは演歌好きで、「歌うんなら演歌や!」みたいなことをいつも言ってる子。なので、応援してくださっているプロデューサーの皆さんも、村上巴のソロ曲は演歌以外あり得ないし、「ちゃんとした演歌」を歌わせてあげたいと強く望んでいるはずです。その思いに応えられる演歌を作って、村上巴にも、プロデューサーの皆さんにも喜んでほしい。そういう気持ちがありました。

 「アイドルマスター」シリーズは、他のアニメ/ゲーム系のコンテンツと比べても、ファンの皆さんがとりわけ楽曲の作家に強く注目するコンテンツです。作詞は誰なのか、作曲は誰なのか。以前の楽曲で気に入っている作家さんがまた手掛けるとなれば、大いに期待するわけです。アイドルなので作品の中でも、歌の比重は当然大きくなりますし、プロデューサーの皆さんもすごく掘り下げて歌を聴いてくださっています。そうやって作家も注目されるからこそ、しっかりと作らないといけないという意識はあります。

── 作詞の田村武也さんは、弦哲也さんの息子さんで、さまざまな音楽プロデュースを手掛けてきた方です。どのように作詞を依頼したのでしょうか?

柏谷:田村先生に作詞をお願いすることも、弦先生サイドからご提案いただきました。ゲームやアニメのジャンルにも仕事で関わった経験を持っていて理解があり、そして演歌についてもずっと間近で見てきている経験があって、本当に適任だったと思います。

 田村先生も「アイドルマスター シンデレラガールズ」の名前は知っていたと思うんですが、アイドルのソロ曲となると、そのアイドルに対する細かい知識が必要となります。それで、こちらから村上巴のイラストやプロフィールの資料をお渡しして、「歌詞にこういうキーワードがあるとうれしいです」といった話もしました。

── 具体的にはどんなキーワードを?

柏谷:「道」という言葉です。村上巴はゲームの中で、「アイドルの道とは……」とこだわりをもって語ることの多いアイドルなので。田村先生ご自身も、依頼を受けてからご自分で熱心に調べてくださって、村上巴がどういうキャラクターなのかもすごく理解された上で作詞されたそうです。歌詞には“お嬢らしさ”が素敵に盛り込まれ、とてもよい感じに仕上げてくださったと思います。

親に「弦哲也さんって知ってる?」

── プロデューサーの皆さんの反応は、柏谷さんから見ていかがでしたか?

柏谷:プロデューサーの皆さんは若い人も多いので、最初に弦先生の名前をパッと見ただけでは分からない人もいたと思います。でも、先ほどお話しした通り、「アイドルマスター」シリーズのプロデューサーの皆さんは作家にすごく注目します。「この作家さんは誰だろう?」「これまでの曲を作ってきた作家ではないな?」というところから始まって、ネットで調べれば、弦先生のプロフィールやこれまでの作品一覧がすぐに出てくるので、「『天城越え』の人か! これはガチな演歌が作られるに違いない!」となって、盛り上がるだろうと。こちらとしても、作家の名前を公開した時点でそうなるだろうとある程度は予測していましたね。

── 確かに、コロムビアのWebサイトには作家の名前のみ表記され、詳しい説明が添えられていなかったにもかかわらず、プロデューサーの皆さんが調べて拡散することで大きな話題になりました。

柏谷:予想以上だったのは「へー、演歌のすごい人なんだ!」と自分の中だけで完結させずに、お父さんやお母さんに「弦哲也さんって知ってる?」と聞いた人が多かった、ということです。そうやって第三者の誰かに聞いても「知ってるよ!」と返ってくることで、「ああ本当にすごい人が曲を書いてくれるんだ」とあらためて実感できる。発売されたCDを買ったプロデューサーの皆さんが、曲をお父さんやお母さんに聴かせると、ゲームの音楽とは思わずに、「いい演歌だね」と普通に言われた、というようなこともあったみたいです。作り手としてそういう反応はうれしかったですね。

これからも愛情を持ってアイドルを応援してほしい

── 「アイドルマスター」シリーズでは、声優が大勢出演して歌うライブも開催していますよね。

柏谷:はい、毎年開催されています。シリーズ全体でいえばもう10年以上前からライブは行われていて、「アイドルマスター シンデレラガールズ」の大型ライブに限っても今年で6回目。2017年は全国ツアーを開催して、2018年では「アイドルマスター シンデレラガールズ スターライトステージ」の3周年イベントをはじめ、埼玉・メットライフドームと愛知・ナゴヤドームでライブが開催されることを発表済みです。花井さんに出演していただくことになれば、「おんなの道は星の道」を生で歌う機会があるかもしれません。

── せっかくここまで本格的な演歌を作ったのですから、担当プロデューサーの皆さんも、花井さんがNHKの歌番組などに出て歌ってくれることを期待しているのでは? 年配の演歌ファンにもぜひ聴いてみてほしいですし。

柏谷:そうですね……。ジャンルのカテゴリーとしてはゲームミュージックの中に入るものですが、楽曲そのものは演歌として作っておりますので、もしいいお話を頂ければ、そういったアプローチも面白いかもしれませんね。


「アイドルマスター シンデレラガールズ」5thライブの宮城公演での1枚

同じく大阪公演から

── では最後に、柏谷さんから、村上巴を応援するプロデューサーの皆さんに向けてメッセージを。

柏谷:私の仕事は、プロデューサーの皆さんが喜んでくれる楽曲を作ることです。今回も、皆さんが村上巴に対して抱いてくれている愛情に見合った演歌の曲を作ろうと努めて、その点についてはある程度達成できたと思っています。これからも、それぞれのお気に入りのアイドルに対して、より深い愛情を持って応援してもらえれば、作った側としては大変うれしく思います。

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