ニュース

「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」が“全く別の新しい映画”になった理由 花澤香菜の声の催涙効果を見よ(2/2 ページ)

全く別の映画に生まれ変わった「この世界の片隅に」。

advertisement
前のページへ |       
※本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

 また、“オトナ”な印象も強くなっていくと前述したが、今回の「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」では明確に“性的”なシーンが登場する。2016年版しか知らない人にとっては、びっくりするか気まずくなってしまうかもしれないが、間違いなく今回のすずの複雑な心境を描くためには必要であった(子どもが見ても問題がない程度でもある)。心して、見届けてほしい。

花澤香菜の演技の“ただ事じゃなさ”

 この「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」には、2016年版にはいなかった“テル”というキャラクターが登場する。彼女はリンと共に遊郭で働く女性であり、演じているのは押しも押されもせぬ人気声優の花澤香菜だ。

(C)2019 こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

 彼女は客となった若い水兵と川に飛び込み、風邪をこじらせてしまうのだが、偶然にすずと出会い、とある形で交流をすることになる。その時の“咳”の演技について、片渕須直監督は、花澤香菜に「ただ事じゃないようにしてほしい」と注文をつけたのだそうだ。 はかなく、けなげな少女の印象から、病状が深刻そうな“咳”への転換……花澤香菜の繊細な演技が、その背景を言葉で語らずとも伝えてくる。

advertisement

 テルの存在はリンと同じく、2016年版にもあった前後のシーンの意味を、そして映画全体の印象をもガラリと変えていく。彼女の登場シーンは決して多くはないはずなのに、絶対に忘れられないほどの、愛おしい存在にもなっていくのだ。

 ちなみに、片渕素直監督はこうの史代の原作マンガのテルのセリフから、「九州地方の方言に思えるが、“~ちゃ”という瀬戸内の言い方も混じっている。筑後の炭鉱出身ではないか」とその出身地まで推測してキャラの背景を分析し、演技指導に生かしていたのだとか。その観察眼は恐ろしいほどだ。

より“四季”を感じられる作品に

 前述したテルのエピソードには、すずが“雪に絵を描いてあげる”という、季節が冬でないと成立し得ないシーンがある。原作から存在しているシーンではあるが、片渕須直監督によると「昭和20年2月25日に日本全国で大雪が降った」という事実も反映しているのだそうだ。

(C)2019 こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

 さらに、予告編などで印象的な“桜の木に登る”というシーンも、言うまでもないが季節が春でないとあり得ない。さらには、“秋”のエピソードも登場する。昭和20年9月の枕崎台風での出来事が追加される他、秋ならではの“生活”を存分に感じられるシーンもある。

 そう、この「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」では、2016年版に比べ明らかに“四季を感じられる”シーンが多くなっている。

advertisement

 なお、劇中ですずがお嫁に来たのは昭和19年2月のことであり、昭和21年1月までが映画でのメインストーリーとなっている。つまりは、春夏秋冬は劇中で必然的に2回訪れているのだ。

 2016年版でも夏のシーンは存在したが、今回の「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」で、春、秋、冬という“四季の移ろい”がさらに描かれたことで、2016年版では“空白”であった時間を埋めるだけでなく、さらに“あの時代を体験した”という感覚が得られるということ……これも本作の大きな意義だろう。

もはや“写経”? 尋常ではないスタッフのこだわり

 この「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」の新規シーンは前述したように約39分間だ。これだけ聞くと短いように思えるかもしれないが、2018年12月公開の予定からまるまる1年の延期がされ、2016年版の公開から数えると3年の月日をかけて製作されている。実際に見れば、「そりゃ3年もかかるよ!」と納得できるのではないだろうか。

 スタッフの尽力で特に注目してほしいのは、リンが着ている複雑な柄の着物だ。リンが動くたびに着物を1枚1枚描いているのはもちろん、リンの“身体の丸み”も反映しなければ不自然になってしまう。今回から“着物の柄作画”として8人のスタッフが新たにクレジットされており、その1人はその作画のつらさを「写経のようだった」と振り返るほどであった。

パンフにも“着物の柄作画”のクレジットが記載されている

 その他、小松菜の種を植えていく動作、テルが“窓を閉めるタイミング”の計算、美しい桜の木への登り降りや、“口に紅を塗ってあげる”細かやな動きなどに至るまで、新規カットは尋常じゃないつくり込みがされている。

advertisement
(C)2019 こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

 そこまでこだわって作画をする意味があるのか? と問われそうなところだが、筆者は「ある」と断言する。2016年版もそうだが、繊細な作画によりキャラクターが“生きている”と思えること、それこそがアニメーションの面白さであり豊かさなのだから。ここまでつくりこんでくれてありがとう……と心から感謝を告げたくなった。

 なお、コトリンゴによる楽曲も新規に4曲が追加されており、エンディング曲の「たんぽぽ」にもアレンジが加えられている。エンドクレジットの最後まで、ぜひ聴き入ってほしい。

「幸福路のチー」と「ブレッドウィナー」も要チェック!

 紹介した点以外にも「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」にはたくさんの発見があるだろう。2016年版を既に見たという人はもちろん、初めてこの物語に触れるという方にとっても、忘れられない映画体験になるはずだ。

 また、現在は台湾製のアニメ映画「幸福路のチー」が公開中であることも伝えておきたい。豊かなアニメの表現はもちろん、“空想”の世界が描かれ、“あの時代”の生活を体験できることなど、「この世界の片隅に」との共通点が多い作品なのだ。詳しくは以下の記事を参考にしてほしい。

「幸福路のチー」日本語吹替版 ダイジェスト

 さらに、「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」の公開日と同日の12月20日より、恵比寿ガーデンシネマで「ブレッドウィナー」というアイルランド・カナダ・ルクセンブルク合作のアニメ映画が公開されている(以降も全国で順次公開)。Netflixで「生きのびるために」とのタイトルで配信中でもある同作は、2001年アメリカ同時多発テロ事件後のアフガニスタンを舞台に、一家の稼ぎ手(Breadwinner)になるために男装する少女の物語がつづられている。

advertisement
「ブレッドウィナー」予告編

 「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」「幸福路のチー」「ブレッドウィナー」はいずれも、過酷さと楽しさにあふれた現実の歴史を、リアルな“生活”として、アニメーションの豊かな表現により“体験”できる作品だ。ぜひ劇場で見届けてほしい。

ヒナタカ

参考:ラジオ番組「アフター6ジャンクション」 - 「アニメーション映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』公開記念。“わたしたちと『この世界の片隅に』”特集」/ドキュメンタリー映画「<片隅>たちと生きる 監督・片渕須直の仕事」

前のページへ |       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

記事ランキング

  1. 互いの「素顔を知ったのは交際1ケ月後」 “聖飢魔IIの熱狂的ファン夫婦”の妻の悩み→「総額396万円分の……」
  2. ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  3. 人生初の彼女は58歳で「両親より年上」 “33歳差カップル”が強烈なインパクトで話題 “古風を極めた”新居も公開
  4. 妻が“13歳下&身長137センチ”で「警察から職質」 年齢差&身長差がすごい夫婦、苦悩を明かす
  5. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  6. 高2のとき、留学先のクラスで出会った2人が結婚し…… 米国人夫から日本人妻への「最高すぎる」サプライズが70万再生 「いいね100回くらい押したい」
  7. 「腹筋捩じ切れましたwww」 夫が塗った“ピカチュウの絵”が……? 大爆笑の違和感に「うちの子も同じ事してたw」
  8. “膝まで伸びた草ボーボーの庭”をプロが手入れしたら…… 現れた“まさかの光景”に「誰が想像しただろう」「草刈機の魔法使いだ」と称賛の声
  9. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  10. これ自宅なの!? 浜崎あゆみ、玄関に飾られたクリスマスツリーのサイズが桁違い 豪邸すぎてパーティー会場と間違われたことも