教えないけど伝えたい 同人誌『他人におすすめしない映画たち』からあふれる、映画を好きだという気持ち:司書みさきの同人誌レビューノート
本当に好きだからこそ、教えづらいことってありますよね。
近頃は映画館だけでなく、おうちでもさまざまな映画作品を見ることができるようになりました。出会いの入口が広がり、中では多彩な作品があって……むしろだからこそ「何を見ようかなぁ?」と悩む機会も増えたかもしれません。今回の同人誌は“おすすめしない”映画紹介同人誌です。
今回紹介する同人誌
『他人におすすめしない映画たち』A5 16P 表紙・本文カラー
著者:はにみ
大好きだから“おすすめしない”映画たち
こちらのご本では2000年代の映画から計8作が文章とイラストで紹介されています。
“おすすめしない”のはその作品にマイナスの感情を持っているからではありません。作者さんは「他人にすすめるのに向いている映画というのもきっとあるのだと思う」「本当に好きな映画は、大好きなほど、他人には、教えてあげない」と書かれています。
分かるような気がします……! 司書仲間でも「利用者さんから『何か面白い本ある?』と漠然と聞かれたときのドキドキったらないよね」と度々盛り上がるのですが、それに似ているかもしれません。相手の嗜好や状況を考え、探りながらの提案ってなかなか難しいものです。いいなと思った作品が心に響けば響くほど、その震えを他者と共有するのに慎重になり、でも好きなことを語りたい気持ちもある。その間からこのご本が生まれています。
紹介は作品名、公開年、監督名のベーシックな情報と、4作品は文章ページをどーんと1ページ取ってあらすじや感想がしっかり語られ、もう4作品については約10行ほどの短さにぎゅっと思いを込めてコンパクトにまとめられています。
創作のイラストと作品紹介がまじりあう面白さ
表紙にはじまり、冒頭のご本制作部分のマンガ、作品紹介に添えられたイラスト、どれも同じ人物が描かれています。スーツ姿のお姉さんとセーラー服の子です。実は作品紹介と対になるページにもこの2人が登場するのですが、役者さんの似顔絵だったり、衣装を模しているわけではありません。作品から受けるイメージを表したような、2人の一瞬を切り取った絵が、紹介文の隣に並んでいます。
最初のうちは初対面で、映画館で1つ隣の席に座っただけの関係のようです。でもその先は……どんな間柄かの説明はなく、セリフもありません。それでもすてきな作品と出会ったとき、思わず気持ちを発露したくなるその心の動きが、ご本を読み進めると自然に流れこんでくるようです。
教えないけど伝えたい、そのはざまを形にする
作品紹介の文章は、なぜその作品が好きなのかについて思いを巡らせ、時に自分の行動や思い出を交えながら穏やかに振り返る、作者さんの個人的な目線が中心になっています。一方でイラストは作者さんでも役者さんでもなく、2人は2人だけで別のストーリーが感じられるように作られており、その視点は一歩離れたところから見ているような気分になります。
この2つの流れが相反するのではなく、縦糸と横糸になって編まれ、温かくも静けさを感じるご本になっているのが、教えないけど伝えたい、複雑な感情を大切にして作られたこのご本の成り立ちと重なります。
読んでいる間は“他人”でなく、語り手の、もしかしたらキャラクターたちの心のうちにも入り込んでいるのかも? そんな不思議な感覚も心地よいご本です。
今週の余談
描かれた2人は他人から知人になって、もしかしたらその先も? と妄想して、紹介された映画を全部見たなら、2人の気持ちにもっと近づけるかも……そんな楽しみ方もよさそうです!
みさき紹介文
図書館司書。公共図書館などを経て、現在は専門図書館に勤務。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。
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