人口減少時代を見据えて、老舗駅弁店がいま考えていることとは? 富士駅弁・富陽軒に聞く(5):新富士駅「駿河ちらし」(750円)
毎日1品、全国各地の名物駅弁を紹介! きょうは富士駅の駅弁「駿河ちらし」です。
【ライター望月の駅弁膝栗毛】
「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
静岡県富士市を拠点に駅弁を作り続けて、今年(2021年)で創業100年を迎えた富陽軒。駅での販売はもちろん、いまは、病院での売店運営が、経営を支える力となっています。コロナ禍で閑散とする駅に対し、私たちの健康な暮らしを支える場所として、地域住民の期待を背負う病院。2つの対照的な場所が駅弁屋さんに何をもたらしているのか? そして、コロナ禍での新たな取り組みについてもお話を訊きました。
駅弁屋さんの厨房ですよ! 第27弾・富陽軒編(第5回/全6回)
富士山を横目に「ドクターイエロー」が、富士川橋梁を渡って行きます。ドクターイエローは、新幹線の高速運転を支えるさまざまな設備の状況を走りながら測定しており、その役割から「新幹線のお医者さん」と紹介されています。およそ10日に1回の運行とされていますが、いつ運行されるか公式発表はなく、見られるとラッキーということで“幸せの黄色い新幹線”とも云われます。
この富士川橋梁から少し東京寄りにある新富士駅の駅弁を手掛ける「富陽軒」。創業100年を迎えたいまは、駅に加え、静岡県東部・中部の病院売店や食堂なども手掛けています。駅弁と病院……ちょっとイメージがつながりにくいですが、いったい駅弁作りとの間にどんな関係があるのか、石井大介代表取締役にお話を伺っています。
まちの人が支える「駅弁」文化!
―30年前の大きな売り上げ減少経験が、今回のコロナ禍に活きているということですが、この1年あまりの間も、大きな影響があったのですよね?
石井:コロナ禍の影響による駅構内売店の休業などで、駅弁の売り上げは激減していますが、これまで培ってきた駅弁の製造技術はしっかりと守っています。富士・富士宮市内のお客さま、施設、病院などからいただいた弁当の注文に対しても、これらに使用する各種ご飯、おかずのレシピにも、駅弁の製造技術を活かしています。多くの旅人が、思い出を訪ねて富士を訪れる際には、いつでも対応できるように頑張っています。
人口減少社会を見据えて、「駅弁」文化を守るために……
―私も、身内が富陽軒の売店がある病院にお世話になったことがありますが、病院に「駅弁」があると、プチ旅気分が楽しめて、気持ちがポジティブになりますね。
石井:病院でのお客様の反応は、さまざまなお弁当のブラッシュアップにもつながっています。ただ、病院もいまの状態のまま続いていくとは思いません。いまは病院食堂があるところでも、人口が減少していく今後は、食堂をなくして売店だけになることもあると思います。病院の統合や総合病院をやめて専門病院に移行するところもあるでしょう。厚労省の試算では、2100年の富士市・富士宮市の人口は、合わせて11万人と予測されています。それでも明治初期のこの地域(当時の富士郡)の人口より多いのですよね。
―明治初期の日本の人口は約3000万人、いまは4倍の約1億2000万人ですね。
石井:その意味では、いまが“異常事態”ではないかと。ソフトランディングさせていくにあたって、参考になりそうなのは富陽軒が創業した100年前の社会だと思っています。大正時代の日本の人口が6200~6300万人ですので、当時の地図を見ていけば、どこに何があったか、そしてまちの規模というものがわかります。創業した100年前の記録も、人口が減少していく社会では役に立つかも知れません。
これからは「農業」の時代!
―コロナ禍で休業中の売店もありますが、いまはどのようなことをされていますか?
石井:富陽軒では拠点とする静岡県の富士・富士宮から山梨県の身延線沿線、静岡東部から伊豆半島の地域を巡りながら、新たな食材の発掘を行っています。多少売り上げを犠牲にしても、いまは次の時代に向けて、しっかりとした足場を作る時期ではないかと。例えば、身延線沿線の山梨県南部町や身延町では、放置された竹林の竹を使ったメンマ作りが始まっています。地元を回っていると、こういった食材に出逢えますから面白いですよね!
―なぜ、食材の発掘をしようと?
石井:「農業」の時代が来たと考えています。武士の時代だった江戸時代から、明治以降の150年間で工業、商業は行きつくところまで来てしまいました。残りは士農工商の「農」です。これからは、地球環境にも配慮した「農業や漁業」に日が当たっていくのではないかと思います。商圏を広げたり、販路を拡大するなど、(物流の)“下流”を追い求めている業者さんも多いですが、ならば、富陽軒は“上流”を目指そうということにしたのです。
新富士から新幹線の各駅に停まる「こだま」号でも、東京までは1時間ちょっと。富士から身延線の特急「ふじかわ」で、甲府までは約1時間50分。ともに“小腹を満たす”駅弁が嬉しい距離感です。そんなときに重宝する富陽軒の駅弁と言えば、「駿河ちらし」(750円)かも知れません。富士山と駿河湾をイメージした絵が描かれたスリーブ式の帯が、小箱にかかっていて、ふたを開けるのが楽しみになります。
【おしながき】
- 酢飯 油揚げ ごま
- 玉子そぼろ グリーンピース
- 桜でんぶ
- 桜海老
- 椎茸煮
- 鮭フレーク
- ガリ
ふたを開けると、パッと華やかな彩りが目に飛び込んできました。やっぱり、桜えびの甘く味付けされた佃煮は、桜でんぶとともに静岡らしさを感じさせてくれますね。これに鮭フレークの塩っ気と酢飯のサッパリとした酸味で、味のバランスを取りながらいただいていくのが、とても楽しいひとときです。ちなみに、この酢飯には油揚げとごまが混ぜ込まれており、比較的手ごろな駅弁なのに、しっかりひと手間掛けられているのが嬉しく感じます。
頭を雲の上に出した富士山に見守られ、東海道本線の普通列車が富士川駅を発車して行きます。ここから富士川の河川敷までは歩いて15分ほど。東海道新幹線・富士川橋梁もすぐそこです。さらに国道1号を越えた富士川河口の近くには、桜えびの天日干し場があって、春・秋の好天に恵まれた日には桜色の絨毯となります。本場の由比までは、約20分間隔で運行される普通列車で10分あまりの旅。次回、富陽軒・石井代表取締役のインタビュー完結編、駅弁のこれからを伺います。
(初出:2021年8月2日)
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/
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