これが鉄道大好き学芸員の本気か 「鉄道開業150周年」に合わせて全国16カ所の施設を巡った同人誌レポートが愛の塊:元司書みさきの同人誌レビューノート
すてきな資料をご紹介。
先日、通りがかった学校の門に「卒業式」の看板が掛けられていました。卒業や入学、入社などの記念の節目がたくさんある時期ですね。さて2022年は「鉄道開業150周年」の年だったのをご存じでしたか? 日本初の鉄道が新橋・横浜間で営業を開始したのが1872年だそうです。そこから150年、昨年は鉄道メモリアルイヤーでした。この機会に各地でさまざまな催しが行われた中でも、今回ご紹介する同人誌は全国各地の博物館などの施設での記念展示に着目し、レポートされています。
今回紹介する同人誌
『鉄ヲタ学芸員と巡る鉄道開業150周年記念展示』B5 40ページ 表紙カラー・本文モノクロ
著者:ぴんぐーたん
訪れた鉄道開業記念展示、全国16カ所を紹介
ご本では博物館や美術館、公文書館、郷土歴史館も……とさまざまな施設が登場します。大きく紹介されている16施設のうち、鉄道開業150周年関連の展示を行った15カ所と、常設展示1カ所が掲載されています。
所在地、アクセス、入館料といった利用のための基本的な情報と、展示の内容、施設を利用した感想などが文章でつづられています。本文はモノクロですが、各施設に1枚は大きめで見やすい写真が必ず添えられているので現地のイメージがつかみやすく、画面もすっきりレイアウトされており、読みやすいのもうれしいところです。対象の展示会名と開催された期間もちゃんと記されているなど、細かい部分も行き届いています。
展示内容もグッズも。鉄道ファン学芸員の目でポイントを押さえる
このご本の作者さんは鉄道ファンであり、お仕事として学芸員をされている身だそうです。お勤め先の分野は記されていませんが、文章からは博物館や美術館に関わる学芸員の目線がひしひしと伝わってきます。
例えば、施設の中で展示スペースがどの程度の大きさを占めているかといったところから、グッズの中で目を引いたもの、図録の手にしやすさ、展示品に複製品を利用するかどうか……など、展示を作る側の視点が大いに生かされているように感じます。また、災害によって被災した資料や、資料保存をする人材育成についても触れられており、展示の裏方に居る人の理解がきらりと光ります。
そして、そこに加わるのが鉄道オタクでいらっしゃるという知見です。一口に、鉄道開業150周年関連展示といっても、各施設の展示の切り口は実にさまざまです。そこを作者さんは展示の対象になった時代背景や環境を含めてコンパクトに展示内容をまとめていらっしゃるんです。見聞きした展示を短く文章まとめるって、なかなかに難問だと思うのですが、お好きな分野の知識を存分に生かして丁寧に、それでいて決して長くなりすぎず紹介されていることで、読みやすさと信頼感が生まれています。
「記念」が「記録」になって続いていく
ここまでさらりとまとめられていると、うっかり見過ごしそうになりましたが、あらためてそもそも1年間に全国16カ所を回る行動力にも感嘆です。展示の期間は比較的長めに設定されているところが多いとはいえ、佐賀県、大分県から関東圏まで、各地を訪れた行動力と、開催の情報を的確につかんでの行動力もすごいです。
展示やイベントは、開催を知り、訪れ……と準備のわくわく感があり、そして現場で展示を見るのがクライマックスだと思います。けれどそれだけで終わらず、細やかに記録を残されたことで、このご本を開けばまた「開業150年」のクライマックスが眼前にやってくるんだ! という気持ちになりました。記念から記録へ。それは、記録して終わりではなく、読者の手に渡って、展示の面白さを伝える列車のようだと感じました。
今週の余談
時間のあるときに、一日乗り放題の切符で遠くまで乗り継いで移動するのって、楽しいです。乗ったり、見たり、聞いたり……鉄道にはさまざまな楽しみ方がありますね。
みさき紹介文
公共図書館、専門図書館に勤務していた元司書。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。
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