レビュー

ペーパードライバーあるあるを短歌に 運転の不安をコミカルに詠い上げた同人誌『スーパーペーパードライバー』元司書みさきの同人誌レビューノート

「真ん中の方が ブレーキなんだよね 一応確認しようかなって」

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 新生活に向けて準備していると、移動手段を考えることってありませんか? 年度の初めは、通勤や通学をする人たちの初々しさを目の当たりにする季節でもあります。電車やバスだけでなく、ご自身で車やバイクを運転することを選ばれる方もいらっしゃることでしょう。今回は久しぶりの運転をテーマにした短歌の同人誌です。

今回紹介する同人誌

『スーパーペーパードライバー』B6 24ページ 表紙カラー 本文モノクロ

著者:笛木丼


おもちゃめいたかわいい形が目を引きます

ペーパードライバー感がにじみ出るおよそ70首

 こちらのご本は、運転免許は持っているものの、久しくハンドルを握っていない人の心情をテーマにした短歌集です。

 最初に出てくる句は、

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「真ん中の方が ブレーキなんだよね 一応確認しようかなって」

です。あああ危うい! イラストの雰囲気からも切羽詰まった状況でないのは見て取れますが、逆にあっけらかんとした気配が不安をかき立てます。公道を走ることを一度は許可されたはずなのに、圧倒的な経験不足を踏まえながら運転を再開しなければならない危うさ……この“危うさ”をほんのりと、またときに色濃く歌い上げます。

 


まなざしに迷いがないのがまた怖い

車と生きる硬さとやわらかさの側面

 作者さんはおひとりですが、ペーパードライバーたちが居る光景は多彩です。ともすれば他者に危害を加えるような機械を動かすのには、

「感情の読めない 大きな金属が 高速移動、回転、停止」

と率直におそれを表現します。しかしその恐ろしい存在に乗ることで見えてくる、街の一瞬のやわらかな光景も目に写り、

「ミラーの中のおじさんが破顔した 今のお便り俺も好きだよ」

といった車内のカーラジオを楽しむような心和らぐ瞬間も訪れるのです。また、車は余暇で使うものでなく、日常に欠かせない道具として付き合わなわなければならない人の目線もあり、

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「将来の交通費を借金してる この地で生きるための洗礼」

という、ペーパードライバーで居続けられない背景を感じさせ、慣れないことに鼓動を早くしながらも、なんとか折り合いをつけて暮らしていく心のさまが見えてきます。

 現代に欠かせない乗り物をテーマにしながら付きまとう不安や危うさ。けれど一方で不慣れさと向き合う様子は愛らしく、コミカルさもあります。硬い車とやわらかな暮らし、危うさとコミカルさ……それらが短歌集としてまとまっていることで、ほどよい距離感で楽しむことができました。


Googleに導かれた先も気になります

不安定なのにリズムのいいドライブ

 詠まれる言葉に難しい語句はなく、親しみやすい語り掛けです。誌面ではイラストやフォントがそれぞれにデザインされていて、句の状況や心情を効果的に伝えています。つむがれた歌は時には不穏な気配があるのに、イラストの線、ひとつひとつの句の配置が読みやすく、リズムの良さがそれを楽しいものにしてしまう面白さを感じます。

 危うさとほほえましさが同居した世界をポップにドライブするような一冊でした。


デザインされたページを楽しむ読み方も

サークル情報

サークル名:ホイッスル

次回イベント参加予定:文学フリマ東京38(5月19日)

入手先:BOOTH(※5月19日以降の販売)

X(Twitter):@norentapestry

今週の余談

 さて、これまでおよそ隔週で連載されてきたこの同人誌レビューですが、次回から月1回の掲載になります。これまでよりも少しのんびり更新ですが、その分、同人誌の面白さをこれまで以上にお伝えできるように発信できたらと思います。4月からもどうぞよろしくお願いします。

みさき紹介文

 公共図書館、専門図書館に勤務していた元司書。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。

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