レビュー

終電を逃して渋谷から千葉へ 深夜散歩の良さと怖さが詰まった同人誌マンガ『東京夜歩き』元司書みさきの同人誌レビューノート

作者さんはプロのマンガ家として猫をテーマにした作品を描いています。

advertisement

 日毎に春らしくなり、桜も満開を迎えています。寒さを脱して、辺りを眺めながら散策するのも楽しいころですね。とはいえ、今回はお散歩よりもちょっとした冒険に近いかも? な夜歩きのマンガです。

今回紹介する同人誌

『東京夜歩き』B5 28ページ 表紙、本文モノクロ

著者:ねこ川いが里


酔いどれの渋谷から物語は始まります

終電を逃し渋谷から千葉まで深夜の散歩

 居酒屋で楽しくお酒をたしなんでいたとき、ふと掛けられた「ところでお前、終電は?」という問いに、笑顔全開で答えが返されます。「バッキャロー!! 天下の東京メトロだぞ!? あるに決まってらぁ!」そう、これは見事な前振りで、実際には終電はもうなく、主人公はひとり街中にたたずむことに……。

 東京の具体的な地名も出てくるのに、なぜか主人公だけが二足歩行の猫姿で描かれる世界。浮かれ気分で「夜の都会を歩きてぇ」と思ってしまったのを発端に、スマホの充電も切れているのに渋谷から千葉まで歩いて帰ることを決意。パーカーを着た猫姿の主人公が夜をひとりで歩き続けるさまがストーリーマンガで描かれます。

advertisement

終電はなかった

楽しさも不安も抱えて一歩ずつ進む猫姿の魅力

 「全ての道は千葉に通ず」。どこからともなく浮かんだ謎の天啓に励まされ、地図もないのにパーカー猫さんは歩き続けます。青山通り、千代田区など、それは深夜の東京観光のようでもあります。けれど気が付くとやってくるのはふとした暗闇。東京の街として知っているはずなのに、そこここに潜む闇にぎくりと足が止まります。恐怖心に駆られて酔いがさめてみると辺りはただ暗く、思わず真顔に……。

 そんなとき、パーカー猫さんは次に進む方向のことを考えます。月の位置から目指す方向を推し量り「分かっちゃったよ……完全に……」と頭の回転の冴えに己ながらうっとりし、交番の電灯に気が付いたら「千葉県ってこっちで合ってますか!?」とおおざっぱな問いかけで警官を笑わせてみたりと、あの手この手で夜を攻略し続けるのです。

 このパーカー猫さんの表情がくるくると変わるのが、なんともおかしく、かわいらしいんです。作者さんは猫をテーマにプロのマンガ家としてお仕事もされており、猫の描き方がお上手なのはもちろんのこと、人間に猫の姿をかぶせることでリアルの猫ともまた違う、おかしみが強調されているようです。ノリで歩き始めた軽さ、夜が呼び起こす怖さ、たどり着きたい必死さがくるくると現れる猫姿に心を寄せます。


謎の言葉を胸に歩き出す

ファンタジーなのか? リアルな体験談なのか? きらびやかな夜の街からまぶしい朝までをつなげる

 実は主人公が人間の姿で描かれる場面もあるんです。それは心がすっと冷えたタイミングのように読み取れます。楽しい猫の形から人間に戻ってしまう瞬間……隙間に忍び込む弱った心の声も作中では描かれます。浮かれた猫さんの夜遊び話なのか、猫の形を借りた作者さんの体験エッセイなのか。この作品を描くに至った背景についてはご本では全く触れられていません。猫姿と人間、暗がりと光、そして夜から朝へ。コミカルに愛らしいファンタジックさと、惑う心根を見せる闇を織り交ぜながら、ただ、ひとりが歩いた一夜のマンガです。

 パーカー猫さんは無事に帰り着くことができるのでしょうか? 春の夜を一緒に楽しみたいご本です。

advertisement

夜の暗さに目が据わる。しかし次の一歩につながる光も……

サークル情報

サークル名:ねこ川いが里

次回イベント参加予定:COMITIA148(5月26日)

入手先:メロンブックスBOOTH

X:@nyankokawaigari

Webサイト:https://sites.google.com/view/nyankokawaigari/

今週の余談

 作品の背景は分かりませんが、物語内での時期としては4年前の4月であることが書かれています。ちょうど緊急事態宣言が初めて発令された折です。あのころを今に重ね、物語として読むことも味わい深さを増します。

みさき紹介文

 公共図書館、専門図書館に勤務していた元司書。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。

関連キーワード

同人誌 | 図書館 | コミケ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

記事ランキング

  1. 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  2. ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  3. 互いの「素顔を知ったのは交際1ケ月後」 “聖飢魔IIの熱狂的ファン夫婦”の妻の悩み→「総額396万円分の……」
  4. 人生初の彼女は58歳で「両親より年上」 “33歳差カップル”が強烈なインパクトで話題 “古風を極めた”新居も公開
  5. 妻が“13歳下&身長137センチ”で「警察から職質」 年齢差&身長差がすごい夫婦、苦悩を明かす
  6. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  7. 「とんだ裏切りwww」 整骨院が休業→店舗の張り紙を見たら…… “まさかの理由”にツッコミ殺到 「これは仕方ない」
  8. 「2度とライブ来るな」とファン激怒 星街すいせい、“コンサート演出の紙吹雪”が「3万円で売買されてる」 高値転売が物議
  9. 高2のとき、留学先のクラスで出会った2人が結婚し…… 米国人夫から日本人妻への「最高すぎる」サプライズが70万再生 「いいね100回くらい押したい」
  10. 「腹筋捩じ切れましたwww」 夫が塗った“ピカチュウの絵”が……? 大爆笑の違和感に「うちの子も同じ事してたw」