虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!第25回:泣いて笑ってデビュー夢見て 漫画家アシスタント漫画「アシさん」を読めば漫画がもっと好きになる
作者は「たいようのいえ」で「第38回講談社漫画賞」を受賞したタアモ先生です。
ねとらぼ読者のみなさん、こんにちは。虚構新聞の社主UKです。
去る5月に発表された第38回講談社漫画賞。今年の受賞作は、児童部門が「妖怪ウォッチ」(小西紀行/小学館)、一般部門が「昭和元禄落語心中」(雲田はるこ/講談社)など、いずれも選ばれるべくして選ばれた良作でしたが、社主的に毎年関心が高いのはやはり少女部門です。過去「海月姫」「ちはやふる」「失恋ショコラティエ」などそうそうたる顔ぶれが受賞してきたこの部門ですが、今年はタアモ先生の「たいようのいえ」(〜10巻、以下続刊/講談社)が受賞しました。
「デザート」で連載している「たいようのいえ」は、かつて離れ離れになってしまった家族が再びひとつになろうとしていく様子を描いた心温まるドラマで、ストーリーも今ちょうど家族の融和に向けて佳境に入ろうとしているところ。少女漫画好きの女性のみならず、男性読者にも読みやすい作品なので、ぜひ読んでいただきたいところです(デザートと言えば、本連載第1回で取り上げた「となりの怪物くん」もおすすめです)。
というわけで今回はこの「たいようのいえ」を……となりそうなところですが、社主のひねくれ気分により、今回はあえてタアモ先生の別作品「アシさん」(〜2巻/小学館)をご紹介します。
西炯子先生や穂積先生など、昨今話題の作家さんが多い「月刊フラワーズ」で連載中の本作は、「たいようのいえ」とは打って変わって、コメディ主体のショート作品。タイトルにもあるように、漫画家のタマゴでもあるアシスタントの世界が舞台です。
社主が初めてこの漫画を読んだ時の感想はちょっとした驚きでした。というのも、かれこれ8年ほどタアモ先生の作品を読んできましたが、これまでは「ベツコミ」に掲載されてきたリリカルな読み切りがメインだったので「まさかコメディとは、大転換だな」と。
けれど、これがまた面白い! 詳しくはこれから紹介していきますが、いい意味で裏切られました。「たいようのいえ」でもユーモアあるやり取りが割と出てくるのですが、「アシさん」はそれをもっと面白い方に突っ切った、タアモ先生の中でも吹っ切れている作品なので、ぜひ楽しんでいただきたいです。
「これ ちんこにグラデ貼って 汁削って」 アシさんの現場って?
主人公の浪川睦(なみかわ・むつみ)は少年漫画家・大竹リコ先生のところでアシスタントをしながら、漫画家デビューを目指す女の子。本作は「アシさん」として奔走(ほんそう)する睦の成長を見守っていくお話です。
ジャンルとしては、おなじみ「バクマン。」や、今月からアニメも始まった「月刊少女野崎くん」のようないわゆる「漫画家漫画」ですが、これらの作品はすでに漫画家デビューしたあとを描いているのに対し、「アシさん」では風呂・歯みがきなんか構ってられないという女を捨てた締め切り寸前の「修羅場」、出版社への持ち込み、取材旅行、謝恩会など、アシさんの目から見た漫画の現場に近いエピソードが多く趣も異なっています。
さて、睦はリコ先生だけでなく、時々ほかの漫画家のアシスタントにも入るのですが、中でも強烈な個性を持って現れたのが、BL作家の山猫先生。クールな外見とは裏腹に、仕事場でBLのCDをかけながら仕事する真性腐女子の彼女は、社主がこの連載の中で何度か触れてきた、「この人、黙ってさえいれば本当に最高なのに……」という残念美人。
何しろ、睦への最初の指示が「これ ちんこにグラデ貼って 汁削って」という、これまでのタアモファンが一斉にコーヒー吹くようなセリフ。しかもタアモ先生の描く絵がかわいいだけに余計にギャップがひどい。かつて田舎列車の駅員さんに一目ぼれした純朴な少女の恋心をつづったりもしたタアモ先生の作品で、まさか「ちんこ」の文字を見ることになるとは思いもしませんでした。
読んだ当時、「よくこれ少女漫画誌に載ったな」と衝撃的ではありましたが、本作が本格的に吹っ切れた瞬間でもあったと思います。この山猫先生登場以降、コメディとしてさらに大きく舵を切った感じで、以降山猫先生回は抜群の面白さを誇っています。これはぜひ男性にも読んでいただきたい。
アシさんの悩みや現実も丁寧に描く
と、ここまで本作のコメディ的な部分を紹介してきましたが、そんな面白エピソードを含みつつ、漫画家のタマゴとして経験する悩みや現実にしっかり触れているところにも注目です。
連載当初から登場しているリコ先生のアシスタントで先輩の長嶋さん。アラサー(という名のリアル30歳)の彼女もまた漫画家志望ながら、いまだデビューならず、それでも夢を追い続けています。漫画家デビューの限界は、その絵柄や感性の面から25歳や30歳などとしばしば言われていて、長嶋さんも今その崖っぷちなのです。もちろんアシスタントを専門にする「プロアシ」という生き方もあるのですが、彼女は絶対にあきらめない。
しかも、リコ先生のところにアシスタント経験のためにやってきた新人19歳のあかさ・たなは、「何か賞金目当てで描いたら担当さんがついちゃって、せっかくだしプロになれるんならなってみよっかなー」という軽い動機だったのに、睦や長嶋さんを尻目にあっという間にデビューしてしまう、この世界のある種の残酷さも描いています。
その点に関しては、普段BLにはよだれ顔の山猫先生でさえも、真面目に「でもその子はちゃんと作品を仕上げたってことだよね」「きちんと仕上げないとスタートラインにも立てないよ? 文句言う前に描かなきゃな」と至極真っ当なコメントをするあたり、やはりこの作品の根底にあるのは漫画にかける情熱と愛なのだなと感心するばかりです。
漫画家という職業
実は今回本作を取り上げた理由の1つは、先日「たいようのいえ」受賞を受けて掲載されたタアモ先生のコメントでした。デザート8月号より引用します。
「たいようのいえ」を始めた頃は漫画を描いていくことへの自信を完全に失っていた頃で、ネームを進めることができずに泣いてばかりいました。そんな私を支えて下さった編集部の皆さん、担当編集さん、デザイナーさん、関わって下さった皆さん、そして何より読者の皆様のおかげで少しずつですが「漫画を描くこと」がどういうことか思い出し、より知っていけた作品だと思っています。
社主はこれを読んで、真っ先に「アシさん」を思い浮かべたのです。すでに10年以上プロの漫画家として活躍してこられたタアモ先生ではありますが、長く続けているからと言って、いや続けてきたからこそ見えてくる漫画家という職業の難しさ。睦や長嶋さんが目指すプロデビューは文字通りデビューであって、ゴールですらないのです。またそれゆえ、自分の作品が漫画賞受賞というかたちで高く評価されたことの喜びは計り知れないものだろうとも思います。そして長らく作品を応援してきた読者にとってもまた、好きな漫画家さんが広く知られるようになるのは何とも言えない喜びです。
昨今Twitterなどを通じて、現役漫画家さんの苦しい心情や、取り巻く厳しい現実を垣間見てしまうこともあるのですが、それでもただ読者を楽しませたい一心でひたすら描き続ける漫画家というお仕事への敬意を払いつつ、社主はこれからもいろんな漫画を紹介していきたいなと、間もなく本連載1年を迎えるに当たりあらためて決意した次第です。
ただ漫画が好きだという勢いだけで始まったこの連載も、多くのねとらぼ読者のみなさんに支えられてここまで続けてこられました。これからもどうぞお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
今回も最後までお読みくださりありがとうございました。
関連記事
- 「虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!」特集ページ
虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!第24回:「じゃ 吐こっか」(にっこり) マンガ「シュガーウォール」でアブノーマル青春ラブの世界へ旅立ってみないか
甘〜い青春ラブコメかと思いきや、不穏な空気が流れます。そして……社主、思わず声を上げるの巻。虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!第23回:百合マンガの最初の1冊を選ぶならこれ(断言) 「あの娘にキスと白百合を」です!
この百合マンガがすごい(俺調べ)。虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!第22回:禁忌のリンゴに触れた若き夫婦の運命は――マンガ「千年万年りんごの子」で俺氏、ガチ泣き
舞台は昭和40年。若き夫婦に運命の日はゆっくり、確実に迫っていきます。あ、これ泣く。虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!第21回:性別ひとつで未熟な心は揺らげども……マンガ「彼女になる日 another」の“性転換”で始まる三角関係が複雑
いわゆる性転換ものですが、「俺、女になっちゃった! どうしよう! でもムフフ……」というようなコメディテイストではありません。虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!第20回:ロボットに心を持たせるべきか――“機械と心”の近未来描くマンガ「ミガワリメーカー」
「失敗作」として廃棄された過去を持つロボットと、バグで「自我」を持ってしまったロボットが織りなす“身代わり”の物語。「かわいいロボットマンガ」以上のメッセージを持つ作品です。虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!第19回:超超超ピュア→角砂糖に蜂蜜かけたレベルの甘々展開へ スロー恋愛マンガ「きみといると」がじれったくて良い
主人公の2人が手をつなぐまで3巻分消費します。全4巻なのに!
関連リンク
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
昨日の総合アクセスTOP10
益若つばさ、YouTubeで12歳息子と共演 礼儀正しい振る舞いに「教育がちゃんとされてる」
柴犬「きゃほほーーい!!」 初めての雪に“喜びが限界突破した”ワンコの駆け回る姿がかわいい
「訃報」「愛猫」「手風琴」って読める? 常用漢字表に掲載されている“難読漢字”
「絶対イケメン!」「年下の彼氏」 益若つばさ、カリスマモデルのDNA受け継ぐ“12歳息子”の美男子ぶりに反響
「遺伝的アルゴリズム」でエッチな画像を作る紳士的実験が注目集める 抽象的な図形が学習の末におっぱいへ進化
トップの座を奪われ……美大生が天才の編入生を刺し“殺す”漫画に「泣きそう」「同じ経験した」の声
ポケモンを豪快にパクった韓国語アプリ「ポケットトレーナーDX」が物議 アプリは既に配信停止、ポケモン社も非公認とコメント
猫「雪なんてへっちゃらニャー!」 雪の中を豪快に突き進む猫ちゃんに「ラッセル車みたい」「ワイルドかわいい」の声
「もうすでに家族の一員です!」 武内由紀子、2度目の特別養子縁組で生後9日の女児を迎える
高岡早紀、高身長な長男&次男とのレアな“家族3ショット” にじみ出るイケメン感に「息子さん達カッコイイなぁ〜」
先週の総合アクセスTOP10
- 「訃報」「愛猫」「手風琴」って読める? 常用漢字表に掲載されている“難読漢字”
- 「これは妙案」「明日の朝はこれ」 “レジ袋1枚”でできるフロントガラス解氷テクに目からウロコ
- 「なんて美人」「ずっと憧れの女性」 高岡早紀、長男が生まれた23年前の“プレママ”姿にファンほれぼれ
- USJ「スーパー・ニンテンドー・ワールド」サイトに非公式マリオ画像を使用 画像が差し替えに
- 「水道管が凍らないようにちょろちょろ水を出しておいた」のに大寒波で水道凍結!? 災難に見舞われた人救おうと有益情報集まる
- 「いつの間にか同じ背丈に」 179センチの冨永愛、ぐんぐん成長する14歳の息子と並ぶ親子ショットに驚きの声
- オンライン飲み会中に席を外したら…… 猫ちゃん乱入で今日イチの盛り上がりを見せた様子がうらやましい
- 「実はUSB Type-C端子には表裏がある」 Twitterで話題の豆知識、PC周辺機器メーカーに詳細を聞いた
- 元「うたのおにいさん」今井ゆうぞうさんが脳内出血で急逝 生前最後のブログには“目の異常な充血”
- 「ヤバい、人生で一番太ってます」 ゆきぽよ、“ぽよぽよおなか”で臨んだRIZAP初日の体重公開
先月の総合アクセスTOP10
- 「訃報」「愛猫」「手風琴」って読める? 常用漢字表に掲載されている“難読漢字”
- 井上咲楽、“太眉”を人生初カットで別人に 「可愛いすぎます」「さらにファンになりました」と大反響
- 元「うたのおにいさん」今井ゆうぞうさんが脳内出血で急逝 生前最後のブログには“目の異常な充血”
- 2021年夏の祝日、東京五輪で変更 カレンダーの更新を
- 太眉卒業した井上咲楽、美しさ光るアップショットに大反響 「大人っぽーい」「すっかり美しい路線に」
- 「逃げ場のない恐怖」「爆発音で目が覚めた」 JAL904便がエンジントラブルで緊急着陸、乗客が撮影した映像が怖すぎる
- マックポテト「Mサイズのみ」味が変との声がネットであがる マクドナルドに話を聞いた
- 「これは天才」「来年のノーベル賞候補」 ホットサンドメーカーで焼く「ホットサンドケーキ」が悪魔的サクサク感で話題に
- 保護した子ネコに「寂しくないように」とあげたヌイグルミ お留守番後に見せた子ネコの姿に涙が出る
- アロンアルフアは5秒で接着→「時間が余ったので猫動画をご覧ください」 15秒CMのペース配分がおかしい