なぜクイズプレイヤーは2015年から誤答するようになったのか? またはクイズとテクノロジーのいとも奇妙なる蜜月(2/3 ページ)

» 2017年06月19日 11時00分 公開
[伊沢拓司ねとらぼ]

 つまり、誤答への捉え方は「しないほうがよいもの」から「戦略上失格しない程度に許されるもの」へと変貌を遂げたのである。もちろんそれまでのクイズ大会でもそのような考え方はあったが、しないほうが有利という考え方、誤答のマイナス面を重く見る考え方のほうが主流であった。トッププレイヤーの多くが日常的に「誤答のプラス面」に注目し始めたのは、2014年の後半になってからが初めて、といえるであろう。

 そして、このことが先ほどのデータにつながる。

 セットごとの均質性が生じたのは、常に同じスイッチで試合が行われるようになったからである。かつての戦術では、「誤答覚悟スイッチ」が発生する前に試合が決まり、誤答数が少なく終わる試合が起こりうる。その逆に、競った試合の後半で勝負に行く誤答が連発することもある。

 それに対し、現在主流となっている戦術では序盤から同じモードで戦うため、誤答はほぼ一定確率で出る。試合展開に左右されることが減るが、序盤から誤答が出るので、常に一定程度の誤答が生じるわけである。

 かくしてセット間での誤答数の差は減り、クリーンなゲームが減ったことから誤答のイメージがついたわけである。データはいつだって素晴らしい。

なぜ戦略は変化したか

 ではなぜこのような変化が起こったのか、そもそもどのようにして新戦略が誕生したのかについて、僕の考察を加えていこう。以降は業界内で広く了解された話ではなく、僕の一研究である。

 まず、新戦略が旧戦略を覆い、普及した理由であるが、これはカンタンである。新戦略と旧戦略が戦ったとき、「最初から2×するモード」の人のほうがスピードがあり、結果を出せたからである。ただでさえ初速が違う上に、新戦略を使える人は前述したように細かなペース調整ができる前提なので、クイズそのものへの練度に長けていた。これにより、序盤からグイグイいくスタイルに合わせる形で多くの人がそのスタイルを採用し、ガチンコクイズのトップ層は半強制的にそのスタイルに変容していったのである。

 では、そもそもなぜこの新スタイルが生まれ、普及したのか。

 その答えは「テクノロジーの進歩」にある。

 クイズにおける早押しというものは、問題を読み、それを他人に先駆けて押す競技である。対面しなければ行えないように思えるが、チャットやスカイプをつなぐことで、ネットを介してPCの前で他人と早押しクイズを楽しむことができる。2000年代中盤からこのようなネットを介したクイズは行われており、ネットでの活動に中心を置くクイズサークルも複数存在した。

 ここに、TwitterなどのSNSが加わると、スカイプでのクイズの輪は格段に広がった。一定人数が集まり、専用の早押しソフトのサーバを建てられる人がいないと質の高い早押しが楽しめなかったため、長らくスカイプでのクイズは「機会ができたらたまにやるもの」であった。

 それが、人が集めやすくなったことで格段に開催頻度が上がり、その集まりを介した交流もグッと広がった。地理的、年齢的な障壁が取り払われ、いい意味でプレイヤー間の垣根がないマッチメイクが日夜行われるようになったのである。その中で、かつて上位プレイヤーのみが行っていた「クイズの場の録音」が学生にも広がったことで、一層復習、深化が進んだ。早押しはもはや耳なじみによる体得にまで至ったのだ。

 特に、時間のある学生は毎日のようにスカイプでのクイズに没頭できる環境下にあった。ただでさえ「知力の甲子園」と呼ばれた「高校生クイズ」の影響でガチンコのクイズバトルを好む若手プレイヤーが増えた時代にあって、このネットを取り巻く環境の変化はクイズの世界に大きな、それでいて目に見えづらい動きをもたらした。毎日のように集まれるメンバーで、毎日のようにガチの早押しを繰り返し、毎日のように読む問題を用意する中で、学生のトッププレイヤーの早押しに対する練度が急上昇したのである。

 それが、スカイプに集まれる少数のメンバーの中のものであったならまだムーブメントにはならない。しかし、その学生たちがそれぞれの所属する大学サークルにおいて、スカイプで鍛えた押しを披露するとその強さはサークル内に伝播(でんぱ)する。

 「この問題は、こんなに早く押すことができるのか」と、見て学ぶことでそのサークルのメンバーが強化される。さらには、強さの源泉を求めてスカイプの参加者が増えたりもする。サークルのメンバー間やSNSを通して知り合ったもの同士で、クラウドのドライブを介しての問題の共有が盛んに行われるようになったことも、より研究の深化・定着を加速させた。そして、その強化メンバーが大会で活躍すると、さらに外側へとその強さ、押すポイントが伝わっていく。

 こうして、過去にないほどの回数でガチンコクイズバトルが繰り返され、ノウハウとしてある種身体的なレベルにまで蓄積されていった。その結果、「頻出問題」への練度が急上昇し、ほぼ差がつかないほどまでに押すスピードが先鋭化するに至る。クイズはもはやスポーツ的反射にまで手を伸ばしたのである。

 ここで、話は冒頭で挙げたように「誤答2回までは織り込み済み戦略」へとつながる。

 大会などで出る問題は、どんなに排除しようとしても「新作」と「既出」に分かれる。新作問題は、事前の段階では分量・難易度ともに予想が難しく、ランダム性がある。しかし、後者の問題は、ある程度の強さと情報を持つものなら蓄積ノウハウによってほぼ差がないレベルで抑えている状態にあるのだ。つまり、後者をもぎ取ることが勝負の鍵を握る。だが、周りも同じぐらいのスピードで押してくることもまた分かっている。

 そこで、他人に一歩先んじるための「誤答織り込み済み」が誕生する。最初から悠長なことは言っていられない、フルスロットルでリスクを背負い込んで押す。当然、ノウハウが頭に、そして体に蓄積されているので、聞き覚えがあるものは高確率で正解できるし、うっかり知らない新作問題でボタンを付けてしまうことも、誤答ペナルティの内であれば許される。

 早押しクイズは、1問につき1人しか正解できない形式なので、スピードアップの結果として例えば2問正解が増えるのなら、それは他人の正解を2問減らすことにもつながる。結果として1つ誤答が増えたところで、ペナルティの枠内ならばノーダメージだ。最初から誤答することは織り込み済みで、メンタルへのダメージもわずかだからだ。頭にたたき込んである既出問題を競合他者に先んじるべく、スピードを優先するスタイルが誕生したのだ。

 あとはもう、前述した通り。既存の戦術に打ち勝つ新戦術は、その強さとともにガチンコの世界を席巻し、意識するしないにかかわらずその戦術を前提とした戦いが多くなってきたのだ。

 そしてこの時期から、学生が社会人を含めたフルオープンと呼ばれる大会(参加制限のない大会)で活躍する機会が増えた。その結果、新戦略を武器とする学生との戦いの中で、社会人プレイヤーの中にもその戦術はある程度伝播した。暇な大学生など一握りしかいなかったが、そこから始まった流れはこのようにして広がったのである。

 かくして、クイズ界におけるパラダイムシフトは「学生クイズ界発」のムーブメントとして成された。それが2014〜15年に起こったのは、テクノロジーやネット文化の進歩と、テレビという外的要因が合わさった時期にあったからである。皆が個々人で自分の強さや勝利を追い求めていたことが、結果的に1つの大きな潮流を作り出した。将棋の世界で新しい定跡や戦術が界隈(かいわい)を席巻するように、しかしながらそれとは異なり目に見えぬ形で、「リスキー新戦術」が広まったのである。

 これにより、僕は「誤答が増えた」と感じたのである。つまり、「正確性が失われた」と嘆くのではなく、「新しい何かが生まれた」という興奮にも似た感情で、この現象を見つめているのである。

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