「シェイプ・オブ・ウォーター」が描く抑圧と解放 モンスターの一撃は何を救済したか?(1/3 ページ)

ネタバレ注意。

» 2018年03月21日 11時30分 公開
[将来の終わりねとらぼ]
※本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

 劇場公開から2週間。US版Blu-rayが到着し、「シェイプ・オブ・ウォーター」米国公開版を見ることができた(関連記事)。本作は監督協会賞、金獅子賞のみならず第90回アカデミー賞監督賞、作品賞含む4部門を受賞した彼の現時点でのマスターピースであり、疑いの余地もない傑作だ。

 以下、公開から時間が空いた話題作ということもあり、内容には多量にネタバレを含む。また、本記事の大半は作品を見たうえでないと理解できない内容になっていることをあらかじめご了承いただきたい。

advertisement
「シェイプ・オブ・ウォーター」が問いかける相互理解、そして抑圧からの解放 (C)2017 Twentieth Century Fox

全面に押し出された"抑圧への反対"

 「刀を鳥に加へて鳥の血に悲しめど、魚の血に悲しまず。聲ある者は幸福也」……といえば、映画「イノセンス」に引用された斎藤緑雨の「半文銭」だ。声をあげられない魚を模した怪物に、唖者であるイライザ(サリー・ホーキンス)は自分と同じものを見る。

 時代は冷戦期。それはデル・トロが語るように、アメリカが再び偉大な大国となるよう動き始め、生活は豊かになり、夢と希望にあふれた時代――アングロ・サクソン系プロテスタント男性にとっては――でありながら、同時に古い時代の規範がいまだ根強く存在し、それに縛られている者たちの苦しみは続いている。

 その混沌の時勢の中、声をあげられない者たちは抑圧され、虐げられる。例えばそれはイライザ同様の唖者であり、南米からの移民を象徴するモンスター。ゼルダのような黒人たち。さらにはジャイルズに象徴される同性愛者、といった人々である。

 本作にはこれまでデル・トロが描いてきたファンタジーの絶対肯定のほか、受賞スピーチ最初の一声を「私は移民です」とした彼の考える、はっきりとした抑圧への反対論、さらには相互理解の重要性が見てとれる。

advertisement

 確かにメインプロットは異境から現れた怪物であるモンスターとイライザのラブストーリーだ。だが本作は「美女と野獣」、ならびに「大アマゾンの半魚人」のラストシーンに端を発する。真実の愛を知った野獣は美しい王子に姿を変え、半魚人はヒロインと結ばれることなく死んでしまう(※)。つまり、物語の中ですら“社会ののけもの”は幸せになれないのか、という少年期のデル・トロの疑問が、本作を撮るきっかけとなっているのだ。

 その象徴として映し出されるのが、作中幾度か現れる劇場のスクリーン、そこに流される映画「砂漠の女王」のある場面だ。これは王により建設されている邪神・ケモシュの神像がぐらつき、奴隷であるクリスチャンたちがその下敷きになるシーンの直前だ。

 イライザが劇場に入る。闇。「砂漠の女王」が無人の劇場にかかっている。

 スクリーン:異教の神の石像が大きくぐらつく。クリスチャンの奴隷たちがつぶされ、叫んでいる。

 彼女は座席を見渡す。客は誰一人いない。

(脚本より)


 該当シーンの使用は脚本にも明確に記載されている。ここで提示されているのは、誤った社会規範の抑圧により苦しめられる民衆の姿だ。そしてこの苦しみはイライザとモンスター、ジャイルズ、ゼルダ、そして後述するように――ストリックランドにも通じている。

※「大アマゾンの半魚人」で半魚人(ギルマン)は銃撃を受けはしたものの厳密には死んでおらず、続編「半魚人の逆襲」に再登場、水族館の見せ物とされる。そして第三作、「THE CREATURE WALKS AMONG US(日本未発売)」にて大火傷を負い、肺を切り取られて歪な人間化を果たす。そしてもはや水中呼吸ができない体になったにもかかわらず、海へと帰っていく。


「正しく」矯正されたシーン

 以前の記事で書いた通り、本作の日本での劇場公開版はあるシーンに数秒間のぼかし処理が為されている。その箇所はマイケル・シャノン演じるストリックランドと、その妻のベッドシーンだ。モンスター、およびイライザのシーンには一切の修正がない。ということで、「ただのセックスなら仕方ない、大したシーンじゃない」と感じている人が大半だろう。だが、これは誤りだ。残念ながら。

       1|2|3 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2502/22/news019.jpg 瀬戸内海で漁をしていたら突然異変が…… 揚がってきた“取ってはいけない生物”に衝撃 「初めて見ました」と70万再生
  2. /nl/articles/2502/23/news024.jpg 女性「髪が邪魔なので切りたい」→スッキリさせると…… 「えぇぇぇぇぇ!?」別人級の大変身に仰天「何だか細く見えます」
  3. /nl/articles/2502/23/news030.jpg 長期滞在していた客が帰った部屋に入ったら…… オーナーが涙した“まさかの光景”が200万表示「うわ~!」「懐かしい」
  4. /nl/articles/2502/22/news086.jpg 芸能界引退した「ショムニ」主演の江角マキコ、58歳の近影にネット衝撃「エグすぎた」 突然顔出しした娘とのやりとりも話題に
  5. /nl/articles/2502/20/news011.jpg 和菓子屋で、バイトの子に難題“はさみ菊”を切らせてみたら……「将来有望」と大反響 その後どうなった?現在を聞いた
  6. /nl/articles/2502/23/news008.jpg 娘「女子力高めのお弁当にして」→夜勤明けの父が作ったのは…… 見事な出来と目からウロコの“一工夫”に「参考になります!」
  7. /nl/articles/2502/23/news040.jpg 真っ赤な極小ビーズをひたすら丸く編んだら…… おなかが鳴りそうな便利グッズが450万再生「なんてこと」「すてき~!」
  8. /nl/articles/2502/23/news013.jpg 人間に捨てられ、傷だらけだったアロワナを保護して2年後…… とんでもない変化を遂げた姿に「正に波瀾万丈」
  9. /nl/articles/2502/23/news009.jpg 「もはや文化遺産」 ハードオフ店舗に入荷した“幻の激レア商品”に大騒然 「うそやん」「初めて見たわ」
  10. /nl/articles/2502/21/news053.jpg 「助けて。息子がこれで幼稚園に行くってきかない」→まさかのアイテムに母困惑 「行かせましょう!」「控えめに言って最高」と反響
先週の総合アクセスTOP10
  1. 最初に軽く結ぶだけで…… 2000万再生された“マフラーの巻き方”に反響「これは使える」「素晴らしいアイデア」【海外】
  2. コメダ珈琲店で朝、ミックスサンドとコーヒーを頼んだら…… “とんでもない事態”に爆笑「恐るべし」「コントみたい」
  3. 「14歳でレコ大受賞」 人気アイドルがセクシー女優に転身した理由明かす 家族、メンバー、ファンの“意外な反応”
  4. 雑草ボーボーの荒れ地に“牛3頭”を放牧→2週間後…… まさかの光景に「感動しました」「いい仕事してますねぇ~!!」
  5. “この子はきっと中型犬サイズ”と思っていたら……たった半年後とんでもない姿に 「笑わせてもらいました」
  6. 年の差21歳で「夫は娘の同級生」 “両親大激怒”で結婚は猛反発されるも……“まさかの行動”で説得
  7. 163センチ、63キロの女性が「武器はメイクしかない」と本気でメイクしたら…… 驚きの仕上がりに「やっば、、」「綺麗って声でた」
  8. サイゼリヤ、メニュー改定で“大人気商品”消える 「ショック」悲しみの声……“代わりの商品”は評価割れる
  9. ママが反抗期の娘に作った“おふざけ弁当”がギミックてんこ盛りの怪作で爆笑 娘「教室全員が見に来た」
  10. 「さすがに無神経な内容」 “暴言受けた”伊藤友里が降板発表→岡田紗佳の直後の投稿に批判の声 Mリーガーも反応
先月の総合アクセスTOP10
  1. ドブで捕獲したザリガニを“清らかな天然水”で2週間育てたら…… 「こりゃすごい」興味深い結末が195万再生「初めて見た」
  2. 「配慮が足りない」 映画の入場特典で「おみくじ」配布→“大凶”も…… 指摘受け配給元謝罪「深くお詫び」
  3. 母「昔は何十人もの男性の誘いを断った」→娘は疑っていたが…… 当時の“モテ必至の姿”が1170万再生「なんてこった!」【海外】
  4. 風呂に入ろうとしたら…… 子どもから“超高難易度ミッション”が課されていた父に笑いと同情 「父さんはどのようにしてこのお風呂に入るのか」
  5. 母親から届いた「もち」の仕送り方法が秀逸 まさかの梱包アイデアに「この発想は無かった」と称賛 投稿者にその後を聞いた
  6. 市役所で手続き中、急に笑い出した職員→何かと思って横を見たら…… 衝撃の光景が340万表示 飼い主にその後を聞いた
  7. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  8. DIYで室温が約10℃変わった「トイレの寒さ対策」が310万再生 コスパ最強のアイデアへ「天才!」「これすごくいい」
  9. 「こんなおばあちゃん憧れ」 80代女性が1週間分の晩ご飯を作り置き “まねしたくなるレシピ”に感嘆「同じものを繰り返していたので助かる」
  10. 岡田紗佳、生配信での発言を謝罪 「とても不快」「暴言だと思う」「残念すぎ」と物議