PS4スパイダーマンはなぜ神ゲーとなったのか、重症オタクが語る「ダン・スロット」という文脈(2/4 ページ)
世界で最もガチなスパイダーマンオタク、ダン・スロットとは
―― しかし、ピーターが体を乗っ取られて、しばらくオクトパスが主役になっていたというのは驚きました。
P.P:そのエピソードを手掛けていたのが、少し前までスパイダーマンのライターをやっていて、今作にも携わっているダン・スロットです。昨今のスパイダーマンは彼抜きで語れません。
―― どういう人ですか、その人は。
P.P:年齢的には56歳くらいのおじさんです。もともとインターンでマーベル・コミックに入って、最初からスパイダーマンのライターを狙っていた人ですね。ただすぐには芽が出なくて、一時期キャプテン・アメリカのカラリスト(※モノクロ原稿に色を塗る仕事)とかをやったり、DCに移って『バットマン』の『アーカム・リビング・ヘル』っていうシリーズを書いたりしてたんですよ。
―― けっこう苦労人なんですね。
P.P:このバットマンの仕事で認められて、マーベルに戻ってきたところで念願のスパイダーマンをやらせてもらえるようになったんです。この人がスパイダーマンの強烈なオタクなんですよ。毎朝スパイダーマンが初めて描かれた『アメイジング・ファンタジー #15』を読みながらご飯食べているとか、インタビューで「東映版スパイダーマンをビデオで見ました。今の人は字幕があって幸せですね」って言ってたりとか。
―― あれを日本語で全話見きったんですか! すげえ。
P.P:度を超えたスパイダーマンオタクで、僕にとっては因縁の相手です。好きなキャラを殺されたんですよ? しかも、恐らく世界一のスパイダーマンオタクに。彼に人生を狂わされたといっても過言ではありません。
―― P.Pさんの人生まで狂わすほどのスパイダーマンオタク……。
P.P:ダン・スロットとはスパイダーマンが殺された時からの因縁で、彼に打ち勝つために僕はスパイダーマンをむさぼり読むようになったんです。悔しいんですけど、ダン・スロットのスパイダーマンって、緻密かつ誠実に構成された芸術品のようでありながら、どこかジャンクで、ハイカロリーで、とにかく抜群に面白いんですよね。
だからなんだかんだで彼の手掛けていたスパイダーマンは可能な限りリアルタイムで追い続けていました。彼が関わっていたPS3の「スパイダーマン シャッタード・ディメンション」も遊んだし、アニメ「マーベル スパイダーマン」も全て見ました。ただ、何事にも終わりは来るわけで、アニメも終わり、801号でスパイダーマンのライターも降りて、これで安心だと思ったんですよね。ゲーム1本分のシナリオを手掛け、コミックも約200話書いて、アニメも23話分監修と、さすがにここまできたら彼のスパイダーマンの話は終わりだろうと。うれしいはずなのに、そのときはどこか寂しさも覚えていました。
―― ようやくダン・スロットの呪縛から開放されたと。
P.P:ところが、それほど間が空かないうちに、このゲームにも参加していると知り、「また彼のスパイダーマン学を受講できる! 追加履修だ!」と思ってしまったんですよ。そんな自分が悔しくて仕方なかったです。
―― かなり重症ですね……。でも、一人の人間がそれだけ作り続けていると、ネタ的に代わり映えしない、ということはないんでしょうか。
P.P:半々です。まず、彼はそもそも物語を構築する力が高く、常に一発、強烈なフックをかましてくる。だから刺激的です。そして同時に、ダン・スロットの手掛けるスパイダーマンは、ありとあらゆるスパイダーマンの歴史をまとめ上げ、再解釈・再構築・再生したものなんです。だから刺激的な物語であっても、実際にひも解いてみるとかなりクラシカルなエピソードが顔を出します。
―― 「どういう話になるのかは分からないけど、スパイダーマン的に考えると王道」ということですか。
P.P:そうなんですよ。例えば、先ほどの『スーペリア・スパイダーマン』。Dr.オクトパスがスパイダーマンに成り代わって、さらにスパイダーマンより上(Superior)を目指そうとするなんて、かなり刺激的ですよね? ですが、これには元ネタっぽいエピソードがあるんです。『クレイヴンズ・ラスト・ハント』といって、クレイヴンというヴィランが、スパイダーマンを倒し、スパイダーマンのコスチュームを着て、スパイダーマンより優れていることを証明し、それで満足して自害するというエピソードです。
―― 確かに『スーペリア・スパイダーマン』と似ていますね。
P.P:だから、フレッシュだけど、クラシカルなんです。
―― ダン・スロットの作風が少しずつ分かって来ました。他にはありますか。
P.P:度を越えたオタクなので、とにかくマニアックなネタを正確な引用で拾ってくる。例えば最近のスパイダーマンで重要なフレーズに「No One Dies」っていうのがあるんです。「誰も死なせない」というピーターの誓いなんですけど。
―― 普通にヒーローっぽいですね。
P.P:でもこれ、もともとは「クローンサーガ」というシリーズに出てきた、ピーターのクローンであるベン・ライリー(※4)のセリフなんですよ。それをピーターにもう一度言わせている。しかもスパイダーマンの世界って人がけっこう頻繁に生き返るんですが、死者を蘇生させる能力を持って復活したベン・ライリーが、今度はピーターに「お前がどんなに頑張っても死人が出る。でも俺は蘇生できるからお前の理想の取りこぼしを拾える」みたいなことを言ったりする。偽物に本物の極致みたいな思想を語らせつつ、またそれをひっくり返す……みたいなことをするのがダン・スロットなんです。
※4:ジャッカルが生み出したピーター・パーカーのクローン。別名スカーレット・スパイダー
ダン・スロットを知ればMJもウザくない! 「Marvel's Spider-Man」における設定のパッチワーク
―― 今回のゲームはこのダン・スロットの影響がかなり強いんですね。
P.P:例えば、MJがウザいっていう意見がけっこう多かったですよね、今回。
―― 確かにあれはウザかったですね。特に戦うこともできないのにやたらと敵地に忍び込みたがって。
P.P:基本的にMJって悲劇のヒロインなんですよね。よくさらわれるし、ひどい目に遭う。けど、ダン・スロットが書くMJは武闘派というか、力や武器を手に入れるとそのまま物語を終わりまで引っ張って行くキャラクターになるんですよ。例えばダン・スロット期のストーリーで、ニューヨーク中に人間をスパイダーマン化するウイルスがまかれて、市民がスパイダーマンの能力を持ってしまうという話があるんです。
―― それは大変そうだ!
P.P:このエピソードではMJもスパイダーマンの能力を手に入れるんですが、その時には最前線で怪物をガンガン殴っています。あと、ピーターが社長だったころ、スパイダーマンとアイアンマンがピンチに陥ったんですけど、その時はアイアンスパイダーを着けて駆けつけて助けてくれたりしていました。
―― 何がどうなってそんなことに。
P.P:『パワープレイ』というお話で、その時トニー・スターク(アイアンマン)は 落ちぶれているんですけど、MJはそのトニーが経営するスターク・インダストリーズに勤めているんです。ピーターはそれを知ってしまい、八つ当たり気味にアイアンマンと殴り合う。しかも二人がケンカしている間にニューヨークには強敵が現れて危機に陥る。
―― 痴話ゲンカじゃないですか。
P.P:しかもこれ、映画の「スパイダーマン:ホームカミング」とかやってるころの作品ですからね。映画ではアイアンマンとスパイダーマンが仲良くしてるのに、コミックでは殴り合ってたという。そんな2人を置いといて、MJが単独でアイアンスパイダーを着て敵と戦っていたわけです。ダン・スロットのMJってそういうキャラクターなんですよ。だからゲームのMJは個人的には感動しました。「解釈が一致してる!」という感じで……。
―― なるほど、ダン・スロット期のMJはガンガン戦ってるんですね。
P.P:イライラしたのって、多分ゲームのMJに攻撃能力がないからなんですよね。ただ、あのゲームのMJっていろんな作品からのパッチワークになってて、例えばジャーナリスト志望なところは『アルティメット』に近い設定だし、顔はライミ版とかの映画の影響もある。こういう、設定が過去作品のパッチワークなのも今回のゲームの特徴です。
―― いろんなところから設定を流用してるんですね。
P.P:基本的な設定は、一大クロスオーバーだった『シビル・ウォー』(※5)の後に展開された『スパイダーマン:ブランニュー・デイ』から拾われてるんですよ。このシリーズの直前、ピーターはシビル・ウォーで指名手配されていて、さらに家も焼かれたり職もなくなっていたりしていて限界だったんです。で、それを1回なかったことにして、設定を整理しつつ仕切り直したのが『ブランニュー・デイ』です。
※5:「スーパーヒューマン登録法」の施行を巡り、ヒーローたちが2つの派閥に分かれて戦った一大クロスオーバー。映画「キャプテン・アメリカ」シリーズの3作目として映画化もされた
今回のメインヴィランだったMr.ネガティブことマーティン・リーはこのシリーズで初めて登場したキャラクターだし、メイおばさんがF.E.A.S.T.(※6)に勤めてるのもここで初めて出てくる設定だし、デビルズ・ブレス(※7)もこのシリーズで出てきます。
※6:マーティン・リーが経営するシェルター施設
※7:石板に刻まれていた血縁者を殺害するガス兵器。今作ではオズコープ社が開発したバイオテロ兵器として登場
―― おお、今回のゲームに出てきた要素が大体そろってますね。
P.P:他にも、さっき少し触れた「クローンサーガ」からの引用も多いです。「クローンサーガ」というのは70年代と90年代にそれぞれ1回あったイベントです。70年代のはジャッカルという、クローンを作るのが得意なヴィランが現れ、スパイダーマンをいろいろな方法で苦しめるんです。その最後に、スパイダーマンとクローンが対決して終わります。90年代のは、その後再びそのクローンたちがピーターの前に現れ、彼らとともに陰謀に立ち向かっていくお話ですね。
今回のゲームの脚本に参加しているクリストス・ゲージという人がいて、この人はNetflixの「デアデビル」とかも書いている人なんですけど、彼が「J・M・デュマティスにオマージュをささげた」ってTwitterに書いているんですよ。で、このデュマティスという人が書いたのが、先ほどの『クレイヴンズ・ラスト・ハント』や「クローンサーガ」などです。例えば、今回のゲームのラスト近くでメイおばさんが死にますけど、その死に方が、デュマティスが手掛けた90年代の方の「クローンサーガ」でのメイおばさんの最期とすごく似てるんです。
―― あの「実はピーターがスパイダーマンだって知ってた」っていう死に方ですよね。
P.P:全く同じ流れで死んでいます。まあ、コミックだと後に「あれは女優だった」ということでメイおばさんの死はなかったことになりましたが。
―― マイルズ・モラレス君(※8)も登場していましたね。
※8:『アルティメット・スパイダーマン』に登場する黒人の少年で、『アルティメット』ではピーター・パーカーの死後2代目スパイダーマンに。その後いろいろあってコミック本編の『アメイジング』にも登場するように
P.P:彼に関しても設定はパッチワーク的ですね。マイルズは『アルティメット』で登場したキャラクターですけど、今回のゲームでは設定をアニメの「マーベル スパイダーマン」から流用しているんですよ。元のコミックでは彼は特に頭がいい設定ではないんで、ハッキングに長けていたりするのはアニメの設定ですね。コミックとはほぼ別人です。
ただ今回、ゲーム自体の根本的な主張は、かなり『スーペリア・スパイダーマン』(※9)の影響が強いんです。『スーペリア』はさっき話した「ピーターの体の中にDr.オクトパスが入り込んだ状態のスパイダーマン」の話なんですけど、これがものすごくダン・スロット的な思想の作品なんですよ。「スパイダーマンでスパイダーマンを語る」というか……。
※9:Dr.オクトパスがピーターの体に乗り移ったことで、これまでの『アメイジング スパイダーマン』はいったん完結。新たにDr.オクトパスがスパイダーマンとして活動する新シリーズとして『スーペリア・スパイダーマン』がスタートした。2013年から2014年にかけ刊行
「Marvel's Spider-Man」は、プレイヤーを強制的にスーペリア・スパイダーマンにする
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