ナンバガ、ゆら帝、フジファブ……日本のオルタナ全推しな『ロッキンユー!!!』は「99%に無視されて1人に刺さる」ロック漫画だ
邦オルタナ好き、問答無用で読むべし。
「キモいけどかっこいいんだよ!!! わかってないんですよみんな!!!!」
NUMBER GIRL、eastern youth、the pillows、amazarashi、GRAPEVINE、ゆらゆら帝国……1997年以降の日本のオルタナティブ・ロックの精神を愛し、そのよさを世間にわからせようと男子高生が奮闘する。漫画『ロッキンユー!!!』(石川香織)が、"ロック漫画”としては過去にない「日本のオルタナ推し」な内容で新たな魅力を放っている。集英社の漫画アプリ「ジャンプ+」で連載中、11月2日にコミックス2巻が発売された。
主人公の高校1年生、真神たかし。周囲と仲良くやっていけるコミュ力はあるけれども、心底好きなものに出会えたことはない。モテる部活に入りたいなーと部活動紹介をかったるそうに眺めていたら、「ロック研究会」の出番で驚愕する。壇上にあらわれたのは、ボサボサの黒髪で鬱蒼とした目つきのメガネ男、たった一人。猫背でのろのろと歩いてアンプに近づき、無言でギターのチューニングをはじめる。
地味だ。明らかに、イケていない。「ロック」といえば怖そうな人やなんか文化祭でイキる奴らがやりがち、と「モテ系」をイメージしていたたかしは、その圧倒的に暗い雰囲気に虚をつかれ、息を呑んで様子を見守る。
冴えない先輩は、音量最大でギターをかき鳴らしはじめる。くるりやスーパーカーとともに”97年世代”の1つとして知られるオルタナティブ・ロックバンド、NUMBER GIRL(通称:ナンバガ)の代表曲「透明少女」だ。
ロックと言えばミスチルぐらいの素養しかなかったたかしは、その曲を知らない。けど、さっきまでもっさりしていた先輩は、目をひんむいて、歯をむき出しにして、歌詞を聞き取れないぐらいがむしゃらに歌っている。打って変わった、その鋭い何かを前に、ただただ立ち尽くす。
「その”ロック”はテレビで親父が見ていた長渕剛ともYouTubeで見たMr.ChildrenのMVとも……違っていて、まったくおれの知らない音楽で」
「後に曰くその人が”オルタナティブロック”と言い、『99%に無視されて1人に刺したい』と嘯いたその曲は」
「この日、ほとんどの生徒をポカンとさせ、おれに刺さった」
たかしは放課後、自分のなかの興奮がなんなのかよくわからないまま、絶対にモテなさそうなその男・不二美アキラが待つ、ロック研究会のドアを叩くのだった。
オルタナティブ・ロックとはなんだ
リア充気質で日本のロックにほとんど興味がなかったたかしと、休み時間もひたすら机に突っ伏してイヤホンを耳にしているアキラ。本作品では、決して交わることのなかったであろう対極の2人が、オルタナを信じる気持ちで共鳴していく。
そもそもオルタナティブ・ロックとはなんだ。アキラは「先鋭的とか 新進気鋭のとか ようはニュアンス」と説明しているが、正直、定義がめちゃくちゃ難しいジャンルだ。新書『オルタナティブロックの社会学』(南田勝也)の解説がわかりやすいので、ちょっと紹介したい。面倒くさい人はすかさず次の項へどうぞ。
エルヴィス・プレスリーやビートルズ、ジミ・ヘンドリックスなど、黒人のブルースを発端に生まれた”ロックンロール”。これが社会体制やメジャーシーンに立ち向かうカウンターカルチャーだったのに対し、相手が自分自身へ、内省的に"転じた”ロックが、「オルタナティブ(Alternative:代わるもの)ロック」。音楽的特徴としては、ノイズやエフェクターを多用し、リフを中心としたサウンド。1990年ごろニルヴァーナのカート・コバーンを境に多く登場したとしている。
オルタナとしてあげられているアーティストは、レディオ・ヘッド、マイ・ブラッディ・バレンタイン、アラニス・モリセット、スマッシング・パンプキンズ、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、ザ・ストーン・ローゼズ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、オアシス……などなど。
日本におけるオルタナティブ・ロックの開花は、1997年だと同書は捉えている。理由は次の3つ。
- NUMBER GIRL、くるり、スーパーカーといった新感覚を持つギターバンドが登場した年
- Hi-STANDARDなどのメロコア・バンドがDIYフェス「エアジャム」を開催した年
- オルタナティブロックの祭典「フジロックフェスティバル」が初開催した年
90年ごろから日本の音楽シーンの中心はJ-POPだった。その陰で海外のオルタナを愛聴する者たちが、ヒットチャートを狙わず、音楽を自分たちのなかに取り入れて自然と鳴らしたり、フェスで演奏させたりと、一気に花開いた年が1997年だったのだ。
音楽としてもヒット路線のキャッチーさがあるわけでもないし、全世代に共通した社会的不満を訴えるわけでもない。マスメディアもほとんど扱わず、教室や職場の話題の共通項にはなりえない。その素養を持った一部に刺さる、大衆には圧倒的に”理解されづらい”ジャンルなのである。
2人を通じて読者も日本のオルタナにハマり、愛を深める
そして、たかしは刺さってしまった。NUMBER GIRLの結成人物、向井秀徳がいう「99%に無視されて1人に刺したい」の1人のほうだった。『ロッキンユー!!!』の魅力の1つは、外向的だけど何もなかったたかしと、内向的で尖っているアキラ、対照的な2人が突き刺さるセリフでオルタナというマイナージャンルのよさを噛み砕いて提示してくれるところだ。
アキラがやった曲が何か知らないまま、ロック研究会に入部届を出しにいったたかし。「ナンバガ好きなの?」とアキラは食いつくが、相手がまったく知らない事に逆ギレし、ナンバガのおすすめアルバムについてねちねち語り続ける。たかしは「キモイ…ですね…」とドン引きするが、アキラはギラついた目つきで返す。
「ロックなんかやってる奴キモいに決まってるだろ」
教室に帰ると、友達たちがアキラの弾き語りを「あれキモかったよなぁ」と振り返り出した。それにモヤモヤを抱くたかし。あれ? 確かにキモかったんだけど、なんかそうじゃない。周囲の嘲笑に、違和感どころかいらだちすら覚えてしまうが、それがなぜなのかわからない。そしてスマホで動画サイトにあったナンバガのライブを試しに再生した後、再びロック研究会のドアを開ける。今度は、飛び込むように、勢いよく。第一声は「ナンバガかっこいいですね!!!」。
驚いているアキラに、「あと先輩もやっぱアツいわって思いました」と興奮気味に伝える。「そういうことじゃなくないですか!?」「キモいとか…いやキモいんだけど…!!」「キモいけどかっこいいんだよ!!! わかってないんですよみんな!!!!」。
熱く訴える後輩の姿に、今度はアキラが刺された。そうなんだよ、みんなわかっていないんだ、そしてこのよさをみんなにわからせてやりたくなるよな、と意気投合していく2人。晴れてロック研究会は2人となり、たかしのオルタナな日々が始まるのだった。
このとき開かれた扉は、2つだ。自分を熱くさせるものが何もなかったたかしにとっての、オルタナという世界へのドア。そして理解者がおらず閉鎖的だったアキラにとっての、オルタナのよさが世間にわかってもらえる希望へのドアだ。
2人はアキラがひっそり作っていた楽曲で世間を刺してやろうと、バンドを組み、メンバーを集めと、活動の場を広げていく。その都度「そんなのだせぇし嫌だ」と偏屈的になるアキラと、「自分のように刺さるやつがもっといる」と外へ行こうとするたかし。対極的な2人がぶつかりあっては理解し合い、互いをより広く深い世界へ連れ出していく。
その共鳴する様子が、尖ったセリフと丁寧なコマ運びで描かれるので、オルタナを知らなかった読者はその熱さにやられて「ナンバガ聴いてみようかな」となり、もともと好きだった音楽ファンにとっては「そう! オルタナのよさってそういうとこなんだよ!」とその愛を深めることになる。オルタナに無知なたかしと、愛好するアキラ、それぞれの感情を追体験することで読者がオルタナの世界に引き込まれていくのが、『ロッキンユー!!!』の醍醐味だ。
スマホ時代だからできる 日本のオルタナを推しまくるロック漫画
また本作が過去の“ロックバンド漫画”に比べ画期的なのは、日本のオルタナバンドの名前や曲名を前面に押し出してくる点だ。先述のアキラが「透明少女」をかき鳴らす場面をはじめ、ここぞというシーンに邦オルタナのバンド名と曲タイトルをでかでかと掲げてくるのだ。
2人が登校中に桜並木の下を歩くところでフジファブリックの「桜の季節」(志村正彦時代というのがこれまた……)、初めてスタジオでセッションするときは2010年に解散したゆらゆら帝国の「夜行性の生き物3匹」――日本国民で知っているのは5%もいなさそうな10年以上前の邦オルタナの楽曲を、見開き(2ページを1つの大ゴマとして使う表現)で堂々とぶちこんでくる。
会話シーンもマニアック。ロック研究会に入部を希望してきたメンバーとアキラが好きなバンドを探り合う際、cali≠gari、Plastic TreeといったV系から始まり、9mm Parabellum Bullet、the cabs、People In The Boxなど残響レコード系バンドの名前まで飛び出してしまう。まさかcabsの名前を漫画で見る日が来るとは……(感涙)。
本来、このように邦オルタナバンドの名前を積極的に出していくのは、たとえロック漫画であろうが人気連載やヒットを狙っていく上で悪手のはずだ。理由は単純で、知らない人にはおもしろくないから。現に、実写・アニメ化されたような人気ロック漫画で演奏されてきた日本のバンドは、『BECK』(ハロルド作石)だとTHE BLUE HEARTSやエレファントカシマシ、『日々ロック』(榎屋克優)だとRCサクセションなど、レジェンドクラスで知名度が高いものばかりだった。
それでも『ロッキンユー!!!』は容赦なく差し込んでくるのだが、これがスマホ時代にピタリとはまっている。
1つは、連載媒体である漫画アプリ「ジャンプ+」のコメント機能。最新話にマイナーなバンドや楽曲が登場するたび、「モーモールルギャバンだ!」「パスピエ来た」と知っている者同士が興奮をすぐさまコメント欄で共有し合える。作品そのものがアプリのコメント機能を伴うことで、オルタナ好きのたまり場になっているのだ。
もう1つは、知らない曲を各ストリーミングサービスですぐに聴けてしまうところ。YouTubeや、SpotifyやApple Musicといった定額制音楽配信サービスが浸透している今、「どんなバンドなんだろう……」と気になったらパパっと検索して好きか嫌いか判断できる。実際、アプリのコメント欄で「この作品で◯◯を知ったんだけど良かった」といった声は各話で見掛けるし、YouTubeのMVにも「ロッキンユー!!!から来ました!」なんてコメントがちらほら書き込まれている。
音楽番組「関ジャム」で蔦谷好位置やいしわたり淳治の紹介する曲がいちいち注目されるように、オルタナに詳しくない勢にとって過去の良バンド良曲を教えてくれるキュレーション的役割も『ロッキンユー!!!』は果たしているのだ。
アプリのコメント機能という共感の場と、ストリーミングサービスという試聴の場がスマホ1台に整っているこの時代、本作に日本のオルタナがどんどん登場するのはかえって盛り上がりにつながる――そうした意味で“ロック漫画”史でも『ロッキンユー!!!』は斬新な魅力を放っている。本作は作者急病のために休載中だったが、11月3日に連載を再開予定。最新話まで追いかけておいて、アキラやたかしたちとともに一緒にオルタナな日々を過ごしていきたい。
(C)石川香織/集英社
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