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» 2019年02月23日 11時00分 公開

「美大は“絵で食べる方法”を教えてくれない」 漫画『ブルーピリオド』作者と完売画家が考える“美術で生きる術”(1/3 ページ)

漫画家の山口つばささん、画家の中島健太さんによる対談。美大や美術界の一端がわかる……!?

[高橋史彦ねとらぼ]
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 美術なんて全く知らなかった高校生の矢口八虎(やぐちやとら)が、ふとしたきっかけから東京藝術大学の絵画科を目指す――漫画『ブルーピリオド』は2019年現在、最も勢いのある美術漫画だ。

【東京藝術大学の絵画科】美術学部絵画科は日本で一番受験倍率が高い学科として知られる。日本画専攻と油画専攻がある。

ブルーピリオド (C)Tsubasa Yamaguchi / 講談社

 いかにして藝大を攻略するのか、そもそも美術とは何なのか? 掲載誌のアフタヌーン史上でも初だという切り口から丁寧に描かれる内容は、「このマンガがすごい2019 オトコ編」4位、「マンガ大賞2019」ノミネートと、一度読んだ人からは高い評価を獲得している。

 今回、ねとらぼでは自身も藝大卒だという作者の山口つばささん、日本の美術市場の第一線で10年活躍してきた画家の中島健太さんによる対談をセッティング。漫画で描かれる「受験生」という特異な時間を2人はどう過ごしたのか、いざ美大へ進学するとどのような光景が待っているのか、さらには画家として生きるにはどうすればいいのか、などを聞いた。

山口つばさ

東京都出身。東京藝術大学卒業後、アフタヌーン四季賞2014年夏で佳作受賞。2016年に新海誠監督の作品『彼女と彼女の猫』のコミカライズでデビュー。2017年6月からアフタヌーンで『ブルーピリオド』を連載中。

中島健太

東京都出身。武蔵野美術大学在学中にプロデビュー。2009年と2014年に日展の特選を受賞。20代で2回の特選受賞は日本を代表する画家・小磯良平に並ぶ記録。近年はベッキーなどタレントも描いている。


中島健太 油絵 中島さんの絵。モデルは新川優愛さん

美術との出会い、美大受験の思い出

――『ブルーピリオド』を読んでどうでしたか?

中島:新美の独特の空気感が非常によく出ていました。あれは通っていたからこそ出せるのでしょう。僕も現役時代は新美に通っていました。

【新美】新宿美術学院のこと。東京都新宿区にある日本有数の美大受験予備校。

山口:本当ですか! ありがとうございます。

――美大に行こうとはいつ思ったんですか?

山口:ずっと漫画を描きたいと思っていて、もともとは一般の大学へ行くつもりでした。でも、通っていた都立芸術高校が「藝大(美大)目指すでしょ」という空気で、それに流された部分があります。高校は美術の授業が週に10時間以上あって、パラメータ全フリみたいな。

【都立芸術高校】東京都目黒区にあった公立の芸術高校。2012年に閉校。現在は都立総合芸術高等学校(2010年開校)が都立高では唯一の芸術専門高校。

中島:芸高の生徒は「(自主的に)選択しなければ藝大を目指す」と。芸高→新美→藝大はエリートコースですよ(笑)。僕は高校3年生までアメリカンフットボールをやっていて、それから美大を目指し始めたので、八虎くんに近いです。

山口:アメフトから美大……なぜ?

中島:『ブルーピリオド』では美術の先生との出会いが重要な役割を果たすじゃないですか。まさしくそれです。美術の先生ってマイペースで自分の世界観を持っている方が多いというか、授業でも「好きにやっといて」と言って、本人は好きな画集を見ていたりする。高校はそこそこの進学校だったのですが、自分は受験勉強へのモチベーションは全くなく、「勉強するの難しいな」と感じていたときに、のほほんと生きている人を見て「なんだろうこれは?」と。それで美術に興味を持ちました

ブルーピリオド 美術の先生

――美大受験で印象に残っていることを教えてください。

中島:初めて美大的なるものの入り口に立ったときは衝撃的でした。それこそ体育会系で馴染んできたような言葉使いから、佇まいから全然違う。

山口:向こうもびっくりしたと思いますよ(笑)。

中島:鉛筆のとがり方も尋常じゃない。予備校だと芸高生は総じて高いレベルにあって、早くにスタートを切っているうらやましさがありました。

山口:折れる寸前みたいな削り方ですね。芸高だと入試に実技試験があるので、その前の段階で学びます。とはいえ「美大受験」に芸高が有利かというと、先生が悪いわけじゃないんですが、みんな言うことが違うのもあって、個人的には予備校に通ってからの方がぐっと成長しました。

ブルーピリオド 美術系の人にはおなじみの鉛筆

ブルーピリオド 受験生は悩みがち

藝大では強烈な抑うつが生じる

――芸高から藝大に現役合格するのは何人くらいですか。

山口:数年に1人ですかね。当時の絵画科(油画専攻)は倍率が約30倍で、私は推薦で私立美大に入るつもりが落ちちゃったので、推薦入試後の12月始めから新美に通って、浪人覚悟で藝大一本でやりました。そんなに入れると思っていなかったです。

【油画専攻は倍率が約30倍】藝大の中でも特に倍率が高い。近年は19〜20倍程度まで低下している。

ブルーピリオド 現役で合格するのは極めて難しい

中島:漫画を読んだ印象だとてっきり「自分は絶対に受かるんだ」という気概だったから現役合格したのかと。僕は現役生の頃は右も左もわからず、周囲がメラメラしている中でモチベーションだけは負けないようにしてたらすごくつらかった。『ブルーピリオド』を読めば読むほどつらい記憶がよみがえってきます。

ブルーピリオド 主人公の八虎

山口:なるほど(笑)。中島さんはどこを受けたんですか?

中島:結局一浪で、多摩美、武蔵美、造形、藝大を受験して、武蔵美と造形に合格しました。藝大は受けたものの、あの閉塞感が苦手で夢中になれなかった。取手ってまだ行くんですか?

【取手】茨城県取手市にある藝大取手キャンパスのこと。自然に囲まれている。

山口:今は院生と一部の学科だけですね。私の頃は学部1年生は全員取手で、上野は2年生からでした。

中島:見学したとき「ここに1年通うのか……」とちょっと引いちゃいました。要塞みたいな場所で、門からキャンバスまでめっちゃ歩くんですよ。この隔絶された空間でお互いの顔と名前を認識した状態で同じ釜の飯を食う。あれは先生の言葉の重みが増す仕組みですよね。

ブルーピリオド 取手キャンパスは守衛所から校舎までかなりの距離がある(画像はGoogleマップより、一部編集部で加工)

山口:そうですね。反発する人は反発するし、信仰する人は信仰する。

中島:強烈な二極化、抑うつが生まれる。それがあるからこそ天才が出てくるのかなとは思いますが。

――藝大受験生は取手キャンパスを見学するべき?

山口:先端芸術表現科を受ける人はキャンパスがあるので行ってもいいかもしれないですね。

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