「美大は“絵で食べる方法”を教えてくれない」 漫画『ブルーピリオド』作者と完売画家が考える“美術で生きる術”(2/3 ページ)
――美大受験では「藝大/それ以外」で違う感じがします。倍率もすさまじい。
山口:そういう雰囲気はありますね。倍率についてはコミックス4巻に出てくるんですけど、「取りあえず受けとけ」という風潮があるので、単純にそれで上がっていると思います。藝大の入試に行ったとき、めちゃめちゃうまい人ばかりかと思ったら、そうじゃない人もいて。
中島:けっこういますよね。藝大は合格人数が少ないから実力がある人を救いきれない部分がある一方、同じ色のキャラクターが2人いないとか。
山口:油画専攻は1学年55人で、写実系は1人とかでしたね。ちなみにアニメや漫画を追ってる人が全然いなくて「あれ?」と思いました。芸高はオタクばかりだったのでギャップがありました。
中島:藝大の中で“脱洗脳”して漫画家になるのは大変なことだと思います。
山口:(笑)。でも、あの村っぽい感じには馴染めてなかったです。漫画を作品として提出していたんですが、先生方は「漫画は畑が違うので講評していいものか……」という感じで具体的な講評はほとんどありませんでしたね。絵や展示方法についてはいろいろ言っていただいてましたが、基本的には勝手にやっていました。
美大では「どうやったら画家になれるのか」を教えてくれない
――藝大で良かったことは?
山口:ネームバリューがあることですかね。日本は大学名を聞かれることが多いから……。就活もやればちゃんと就職できます。みんな全然してませんでしたが。
中島:美術の先生としての就職を考えると強そうですね。安定志向なら藝大へ(笑)。とはいえ、「絶対藝大じゃなきゃいけない」と思っている人以外ならどこに行ってもいい。重要なのは誰に習うか。大学4年間は担当教授と向き合う時間なので、どういう人がいるかは調べたほうがいい。そして美大ではとにかくいろんな先生からいろんな価値観をぶつけられる。
山口:先生たちがお客さま意識というか、曖昧なことを言って講評がよくわからないまま終わることが度々あったのが気になりました。
中島:お客さま意識を持っていたんですね(笑)。僕は大学3年時にプロ作家デビューしたのですが、それ以降、先生たちにはネガティブなことを言われて……。講評に作品を持っていっても何もしてくれなかったり。
山口:それはやばいですね。
中島:学費を払っているから指導してほしい(笑)。でも、美大に入ったあと「どうやったら画家になれるのか」が本当にわかりませんでした。自分の場合は父が急逝して経済的な事情から、早く自分の作品をお金に変えなきゃというモチベーションが芽生えて、それでとにかく動いたのが今につながっているんですが、「どうやって」をあらためて考えると美大教育にはその視点がない。「絵を描いて/それを生活の糧にして/また描く」方法を一切教えてくれない。藝大もそうでしたか?
山口:全くないですね。サバイバルの方法は知りたかった。これは私自身が圧倒的に勉強不足だったんですけど、卒業するまでプライマリーとセカンダリーの違いも知りませんでした。お金に対する「がめつい≒恥ずかしい」空気はめちゃめちゃあって。
【プライマリーとセカンダリー】プライマリー・マーケットとは、作家が直接作品を売買すること(一次市場:ギャラリーで発表して、販売する)。セカンダリー・マーケットはそれに対して、一度売買された作品を市場に出すこと(二次市場:オークション会社で売り買いする)。
中島:美大には「芸術家は死んでから有名になる」信仰があるというか……。でも、美術館に入っている作家は生前人気がある人がほとんどなんですよ。山口さんは「自分がやりたいことをやればいい」「オリジナルの表現を追求するべき」という美大的な価値観をどう思いますか?
山口:例えば「やりたいこと/売れること」で違いはありますよね。でも、「売れそうなもの」だけでは本当にいい作品は作れないと思います。
――振り返ってみて美大で良かったことはなんですか?
中島:デメリットだったことをメリットと言う形になるけれど、先生たちに冷遇されたのは反骨精神につながりました。美大教育が問題点をそのままぶつけてくれたからこそ、「それじゃ絶対だめだ」という信念を持てた。あとは単純にアトリエは大学に行かないとまず手に入らないし、武蔵美は人数が多かったのでいろいろなキャラに出会えた。多様性の中に自分をさらせたのはいい経験でした。
山口:美大に行かなかったら知るきっかけが全然なかっただろうとは思いますね。インスタレーションとか、「そういう表現方法もあるんだ」と学べたのは良かった。独学で業界のことを知るのは相当なエネルギーが必要になるので……。
【インスタレーション】1970年代以降に一般化した表現方法の一つ。場所や空間全体を作品として体験させる。
“美術界の東大”は卒業してもバイトをしないと食えない
――ちなみに美術系でちゃんと食べられてる人はどれくらいいますか?
山口:作家業だけでという意味で言えば、藝大の同期55人の中だと多分自分だけです。ギャラリーに所属してる方もいますが副業してる方がほとんどですね、漫画で食べていけてる知り合いなら結構いるんですが。
中島:漫画を描いていたりすると「野に下った」と言われる環境ですからね。
山口:そうそう。作品を作ってる人はいるけれど、みんな他にバイトなり別の仕事をしていますね。国民健康保険料を払えているかどうか……。
中島:藝大は美術界の東大なのに、そこの優秀な卒業生たちがバイトをしないと食えない。根本的に問題がある。
山口:中島さんは初個展が完売だったとのことですが、どういう経緯だったんですか?
中島:大学4年時に個展をやりました。ギャラリーの人が美術誌に広告を出して、それを見た百貨店のバイヤーが声をかけてくれたんです。最初は宣伝がないと“発見”してもらえない。最近、ネットに「画家として生きるためには、まずギャラリーにアプローチしろ」と書いているんですが、そこで認められても終わりじゃないんです。今の日本で生きる場合は次に百貨店市場に到達しないといけない。
油絵画家で年収300万円に到達するのは極少数
――詳しくお願いします。
中島:画家は基本的に1号○○円という計算で絵を販売して、号単価が上がるに連れて収入が増えていくという仕組みです。ほとんどの作家はまずギャラリーで号1万5000円〜2万円でスタートします。百貨店だともう少し高いけれど、即戦力しか獲ってくれないので難しい。
【号】絵画のサイズの単位。号数の数字は長辺を意味し、0号がハガキ大サイズ。10号だと長辺が53センチ。
――号単価が2万円だと年収はどれくらいになるんでしょう。
中島:号2万円だと10号で20万円。40点描くと800万円の売上になります。ただ、ギャラリーがこれを全て買い取ってくれることはまずなくて、大体は委託販売――お客さんに売れてから一定金額が支払われます。その割合が良くて30%。
山口:50%という数字も聞きます。
中島:それは現代アート系で、単価が1万円だったりもっと安いんです。例えば号2万円で25%の分配だとすると、10号が1枚売れたら手元に5万円入ります。しかし、40点売れても200万円にしかならない。そこから額代や画材代を引くといくらになっちゃうんだろう……というのが1つ。次に、そもそも年間に40点描ける新人作家がどれだけいるのか、さらに40点全てをさばけるギャラリーがあるかというと極めて少ない。今の銀座のギャラリー市場はお客さん(コレクター)の新規参入が全然ないので。
山口:ギャラリー確かに行かないですね……。
――画家として生きていける号単価と枚数の目安は?
中島:号4万円、40点をこなせるようになれば、4〜500万円は稼げるはずです。ただ、40点をさばくためには百貨店市場に届いていないと難しい。なぜならギャラリーはコレクターの顔ぶれが変わらないから、1年目はいいかもしれないけれど、毎年40点売るのは至難。その点、百貨店は全国に店舗があって、それぞれにお客さんを抱えているのでちゃんとさばけます。
――実際、油絵で食えている若手画家はどれくらいいるんでしょう?
中島:35歳以下だとすると、年収300万円あるのは20人くらいでは。相当厳しいですよ。僕の弟子が百貨店で2回個展をやった際、「年収どれくらい?」と聞いたら「130万円」と言ってました。百貨店市場にたどり着いても安住の地ではないんです。
山口:藝大はギャラリーで活動する人が多くて、「百貨店系はお金になる」という曖昧な情報を聞いていましたが、そんなことないんですね……。
――中島さんは年間に100号も2点描いているそうですが、1年間の累計点数は?
中島:2017年が一番多くて78点。2018年は把握してないけれど60点くらい。号単価は7万円です。ある程度の生活をしようとすると、めちゃめちゃ体力勝負で、かつそれを毎年続けないといけない。
山口:点数が半端じゃないですね。アメフトの経験が生きている!
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