「美大は“絵で食べる方法”を教えてくれない」 漫画『ブルーピリオド』作者と完売画家が考える“美術で生きる術”(3/3 ページ)
「再販価値」がない“わからないもの”より、“わかる好きなもの”を買う
――号単価が上がれば楽になるんですよね。
中島:悲しい現実なんですけれど、国内景気の右肩下がりにあわせて号単価が上がりにくくなっています。昔は画商たちも横山大観や平山郁夫といった超大物たちの作品を売って、潤沢な資金で作家を育てることができた。でも、今はそういう作家はいないし、ギャラリーも日銭を求めるようになっています。だから、以前だったら号20万円でもおかしくない若手で一番人気のある写実作家でも号8万円程度。「売れている作家の単価を上げたい/けれど、それで売れなくなったらギャラリーを回せない」というジレンマがあります。
山口:悲惨ですね。
――写実の道は険しい……。
山口:美術界だと“写実”に距離がある人も少なくないですよね。
中島:僕は美大教育で推奨されている「オリジナリティの追求」には馴染めませんでした。写実はやればやるほどうまくなるし、自分が頑張って良い作品を出すと人が喜んでくれるという流れがシンプル。現在の絵画が投資対象として成立していない日本の美術市場だと写実は(これでも)人気なんです。それはお客さんが正直で、再販価値がない“わからないもの”よりは“わかる好きなもの”を買った方がいいから。
――海外だとまた別なんですね。
中島:例えばピカソなら今買っておけば少なくとも半値以上では売れるし、寝かせておけば倍になるかもしれない。バンクシーみたいに跳ね上がることもある。日本の美術界はセカンダリー・マーケットがほぼ機能していないので、美術が嗜好品の幅を超えられていません。
――海外で活躍する作家になるには?
中島:日本で生きるか世界を目指すかで方法は根本的に変わってきます。海外で生きる術は知らないから語れないけど、少なくとも日本の美術教育の延長線上に西洋美術市場があるとは思えない。今、草間彌生、村上隆、奈良美智、杉本博司らのビッグネームはどこの先生でもありません。本来なら美大は大金を払ってでも招聘すべきなのに。彼らのコネクションは作品を流通させる点で極めて重要で、若い作家がそれを獲得するのは至難。日本の美術的なるものの場合、国内の美術館に収録されることがある種のエンディングです。
山口:それにはどういうタイミングで気付いたんですか?
中島:プロになろうと考えたとき、周りを見渡しても先生陣を含めてプロがいなかった。だから「先生の話を聞いていたらプロの画家になれない」とは大学時代に思いました。それから、10年近く百貨店市場でやってきて「百貨店と日本の美術館も全く結びついていない」と感じました。「では誰がつながっている?」と考えると、実は美大の先生たちがコネクションを持っていたりする。
山口:なるほど。
中島:また西洋美術市場では「アート・バーゼル」の展示場所で作家の人気度が示されているんですが、日本の美術教育がそこの頂を目指すのであれば、今の在り方を変えなければいけない。例えば、「藝大を卒業する=価値がある」ことを証明するには、藝大の卒制を国内海外問わず有力ギャラリーが必ず買いに来て、何人かがスターダムにのし上がっていく――とか。今は国内の美大で一生懸命努力してもどこにもつながっていない場合があります。
【アート・バーゼル】スイスの都市バーゼルで毎年開催される世界最大級の現代アートのフェスティバル。世界のトップギャラリーをはじめ、アートの専門家が多数参加する。
山口:その仕組みはわかりやすいですね。
2018年が美術界のターニングポイント!?
――最近、印象に残った美術界の出来事はありますか?
中島:小松美羽が日本橋三越で3億円超売り上げたことです。彼女はメディアと結びついた戦略をとったこともあって、日本の美術市場からずっと冷遇されていました。でも、運と実力と縁で全く違う市場を開拓した。日本橋三越6階の美術フロアは、音楽における日本武道館みたいな美術界の象徴的な場所なんですが、彼女は7階特設会場が舞台でした。物理的に上の場所で、普段の客層とは違う層で圧倒的な成果を出したんです。
【小松美羽】1984年生まれの現代アーティスト。2015年にドキュメンタリー番組「情熱大陸」で、世界最高峰のオークション「クリスティーズ」に出品して落札される様子が放送された。2018年12月に日本橋三越本店で売り上げた3億円超はバブル期の平山郁夫展に次ぐ記録。
山口:映画の演出みたい。
中島:それが意識的だったのか偶然だったのかはわからないけれど、従来の日本の美術市場の決定的な「敗北」だったと思います。長期的に見ると、2018年がターニングポイントかもしれない。彼女の方向性は八虎くんの参考になると思います。
『ブルーピリオド』は本来的な意味での芸術
山口:今はとにかく美大受験を描いていますが、本当は美術界の漫画をやりたいんです。美術にはすごくクローズドな部分があったり、学校教育から授業時数が削減されたりして、知る機会があまりない。だからこそ手軽にかつ体系的に手に入れられる手段があればいいなと。
中島:山口さんが「美術のハードルを下げたい」と語っているインタビューを読みました。僕も10年画家としてキャリアを築いてきて、一番感じるのは美術界と一般社会との乖離。そして、それを埋めるべく活動している人間が意外と業界内にいないんです。山口さんは一歩引いて美術界を見ていて、「こんなに不思議な世界なんですよ」とさらりと外に伝える能力がある。
山口:うれしいです。受験まではガッツリやっていたので経験をもとに描けるのですが、今後はとにかく取材しなければ。
中島:なんでも聞いてください(笑)。日本の美術界は芸術のわかりにくさによってハードルを上げていた結果、新しい人を拒むような環境が出来上がってしまった。漫画はわかりやすさを求められるメディアですよね。作品を鑑賞することで楽しかったり、新しい発見を得たりというのが、本来的な意味での芸術だと思います。だからこそ『ブルーピリオド』のコンセプトは素晴らしいし応援しています。
山口:心強いです。ありがとうございました。
(高橋史彦)
関連記事
- 「油絵だけど写真かと思われてスルーされる」 Twitterの写実絵画に「言葉が出ない」と感動する声続々
写実絵画から心に触れる体験を……! - 写真と見間違うほどリアルな油絵の人物画に驚きと称賛の声 「すごすぎる」「美しい」「今まで見てきた絵の中で一番の衝撃」
見れば見るほど感動する美しさ……。 - 「空気を読みすぎたOL」の限界、退職、そして―― アラサー女子マンガ『凪のお暇』に男たちもハマる理由
作者のコナリミサトさんにいろいろ聞いてみました。試し読み付き前後編でお届けします! - 「私は大変なことをしている……」 漫画『私の少年』を描くうちに気付いたこと
2018年5月末にヤンマガへ電撃移籍。作者と現担当に近況を聞いた。 - 「天才とはイっちゃってる人」「プロは思考を言語化しない」 『アオアシ』小林有吾×棋士・広瀬章人が語る、自分の世界を広げる方法
将棋とサッカーと漫画、ジャンルを飛び越えて「世界を広げる方法」を探る。 - 高校生が色鉛筆で描いた「ペプシコーラの絵」が実物そっくりで話題 サントリー公式も「本物にしか見えない」
紙の上のペプシ。 - これベッキー? 美しい一枚絵のモデル、J Soul Brothers今市も注目の輝きを放つ
サンミュージック「本人です」。
関連リンク
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
-
不二家の「プレミアムショートケーキ(国産苺)」が半額に! 3日間限定キャンペーン
-
中山美穂、金髪&ミニ丈の大胆イメチェンに視聴者びっくり! “格付け”出演の最新ビジュアルに「誰だか分からなかった」
-
日本エレキテル連合・中野、ネタで酷使し容姿に異変→手術を決断 「ダメよ〜、ダメダメ」でブレイク、2022年にがん公表
-
動物病院の会計中、振り返って愛犬を見たら…… “柴らしい”もん絶級の光景に「天使かよ!」「帰れるもんねw」
-
「ハンガー・ゲーム」出演俳優、撮影中の性的暴行被害を告白 泣きながら撮った当時の写真添え「すごくつらかった」と胸中明かす
-
ミス筑波大モデル、25キロ減量したビフォーアフターに「ホント凄い」 整形疑う声も「元々は埋もれてたようですね」
-
上沼恵美子さん直伝「ホタテの一番おいしい食べ方」に絶賛の声続々! 「発想が主婦目線」「マネして作ってみます」
-
【今日の計算】「8×4−2+1」を計算せよ
-
1歳赤ちゃん、寝ぼけまなこの謎行動が150万再生突破 「仕事の疲れ、吹っ飛んだ」「少し出ちゃったの可愛すぎ」
-
「めざましテレビ」“新お天気キャスター”が「美しすぎる」と注目 ミス東京GP獲得から約4カ月で
- 親が「絶対たぬき」「賭けてもいい」と言い張る動物を、保護して育ててみた結果…… 驚愕の正体が230万表示「こんなん噴くわ!」
- フワちゃん、収録中に見えてはいけない“部位”が映る まさかの露出に「拡大しちゃったじゃん」「またか」の声
- 「これは悲劇」 ヤマザキ“春のパンまつり”シールを集めていたはずなのに…… 途中で気づいたまさかの現実
- 「ふざけんな」 宿泊施設に「キャンセル料金を払わなくする方法」が物議 宿泊施設「大目に見てきたが厳格化する」
- 田代まさしの息子・タツヤ、母の逝去を報告 「あんなに悲しむ父親の姿を見たのは初めて」
- 「遺体の写真晒すのはさすがに」「不愉快」 坂間叶夢さんの葬儀に際して“不適切”写真を投稿で物議
- 大友康平、伊集院静さんの“お別れ会”で「“平服でお越しください”とあったので……」 服装が浮きまくる事態に
- 妊娠中に捨てられていた大型犬を保護 救われた尊い命に安堵と憤りの声「絶対に許せません」「親子ともに助かって良かった」
- 極寒トイレが100均アイテムで“裸足で歩ける暖かさ”に 今すぐマネできるDIYに「これは盲点」「簡単に掃除が出来る」
- 「奥さん目をしっかり見て挨拶してる」「品を感じる」 大谷翔平&真美子さんのオフ写真集、球団関係者が公開
- 釣れたキジハタを1年飼ってみると…… 飼い主も驚きの姿に「もはや、魚じゃない」「もう家族やね」と反響
- パーカーをガバッとまくり上げて…… 女性インフルエンサー、台湾でボディーライン晒す 上半身露出で物議 「羞恥心どこに置いてきたん?」
- “TikTokはエロの宝庫だ” 女性インフルエンサー、水着姿晒した雑誌表紙に苦言 「なんですか? これ?」
- 1歳妹を溺愛する18歳兄、しかし妹のひと言に表情が一変「ちがうなぁ!?」 ママも笑っちゃうオチに「かわいいし天才笑」「何度も見ちゃう」
- 8歳兄が0歳赤ちゃんを寝かしつけ→2年後の現在は…… 尊く涙が出そうな光景に「可愛すぎる兄妹」「本当に優しい」
- 1人遊びに夢中な0歳赤ちゃん、ママの視線に気付いた瞬間…… 100点満点のリアクションにキュン「かわいすぎて鼻血出そう!」
- 67歳マダムの「ユニクロ・緑のヒートテック重ね着術」に「色の合わせ方が神すぎる」と称賛 センス抜群の着こなしが参考になる
- “双子モデル”りんか&あんな、成長した姿に驚きの声 近影に「こんなにおっきくなって」「ちょっと見ないうちに」
- 犬が同じ場所で2年間、トイレをし続けた結果…… 笑っちゃうほど様変わりした光景が379万表示「そこだけボッ!ってw」
- 新幹線で「高級ウイスキー」を注文→“予想外のサイズ”に仰天 「むしろすげえ」「家に飾りたい」