不仲説なんてプロ意識で吹っ飛ばせ「推しが武道館いってくれたら死ぬ」8話 プロのアイドル、それを照らすオタク(1/2 ページ)
苦しみ続ける中でもプロな空音の強さを、とくと見よ。
大好きなアイドルがいる。彼女は生きているだけでファンサ。だから人生を賭けて推します! 「推しが武道館いってくれたら死ぬ」(原作/アニメ)は地下アイドルChamJamの市井舞菜と、彼女を命がけで推すドルオタえりぴよを描いた、情熱的でコミカルな物語。
8話はアイドルの一大イベント、クリスマス。しかしいまだ空音の男性疑惑は覚めることなく、えりぴよですら影響を受ける日々。まだまだ暗雲晴れず。しかしそこで嫌な思いにさせないのが、プロのアイドル。空音の生き様、とくと見よ。そしてほれろ。
不仲説
ネットのウワサはどうにも人を狂わせる。「人のうわさも七十五日」なんて言うけれども、ネットを介すると尾ひれがついて変な方向に飛躍してこじれがち。
市井舞菜のことを心から愛しているえりぴよですら、空音まわりのデマの影響で心がざわついていました。
彼女は舞菜を信じてはいるものの、自分の知らないところで男と会っているのではという疑惑が心をよぎってすっかりノイローゼに。部屋に写っているものをくまなくチェックし、ガラスの写り込みがないかチェックし、揚げ句ブログの写真の明度をあげて舞菜の瞳の中に誰か人が写っていないかチェックするほど。
狂気のような話ですが、瞳の中の写り込みはネットで割とチェックされがちなものの一つ。集合知、怖い。
えりぴよがこんなんだから、他のChamJamファンもウワサがとどまることなし。空音が着ていた服がペアルック販売のものだったため、彼氏とおそろい説が浮上。本当にここまで来ると、ファンなのかアンチなのか分からなくなってしまいますが、「不安になってしまう」というファン心理は、否定できません。えりぴよですらなってしまうんだもの。
しかしここ数話に渡って、空音が余りにも哀れで仕方ない。エゴサなんてやめなさいよと言いたくなるけれども、まあ見ちゃうわな。根も葉もないデマに振り回されてたら、心壊しちゃうよ。
彼氏疑惑の次に空音を襲ったのは不仲説でした。
「あーやと空音、最近雰囲気おかしくね?」という心ない書き込みに、またしても空音の心は傷つく一方。ChamJamメンバーの妹ポジション横田文は、きゃぴきゃぴ幼い割に、気が強い方。空音が男性疑惑にあったことで、アイドルとしてどうなのか、と疑問を抱いていたようです。
不仲説というのは、往々にして裏の関係を考えないことで出るもの。アイドルの状態が氷山の一角だとしたら、プライベートの部分なんて全く分からないのに、なんとなく空気で「2人は仲が悪いんじゃないか」と類推して密やかに言われてしまうものです。男性疑惑同様、不仲説もネットで言ったところで何の得にもなりませんし、むしろアイドルをみだりに傷つけおとしめるだけです。
空音と文は「不仲」かというと、ちょっと違います。アイドルの在り方でぶつかっているだけです。文がすねているだけともいう。人気投票でも負けちゃったしね…。メイド喫茶で「男の噂出てる空音にすら負けた」と愚痴っていたのが思い出されます。文はちょっと公私混同する、成長のできていない部分がまだあります。でもそれって「仲が悪い」と違うよね。
空音「わたしのこと嫌いでもいいけど、わたしたちは見られてるんだから仲よく見せなきゃいけないことだけ分かって」
これが、空音の持つアイドルとしての哲学です。不仲とか嫌いとか、そういうのはどうでもいい。プロのアイドルであれば「仲よく見せる」のが仕事。むしろ不仲説なんて払拭してしまおう。「文がなんでわたしのこと嫌ってるかも分かってるし、信じてもらえないんならしょうがないけど……今日もライブ頑張りましょー」
一番つらいのは彼女なのに、絶対に折れない。むしろよりアイドルたらんとする。ここからが、空音というアイドルのすごいところ連発です。しかと目に焼き付けよう。
私達はプロフェッショナルだから。
空音「わたしねー、あやと一緒に食べに行く約束してるんだー」ライブのMCで唐突に言う空音、もちろんそんな約束していないから、文はあっけにとられますが、空音に目で圧をかけられます。
大事なのは事実じゃない。ステージの上で仲良しを、「尊い」を作ることだ。ファンが求めているのはゴシップじゃない。アイドルたちが仲よく、元気に幸せに生きている姿を見ることだ。だから空音はデマが流れていた自分と文の関係をここで一発で破壊しました。
文はアイドルとしての自覚と努力の面ではとてもとがったスタイルで頑張ってきている子。であるがゆえに感情が漏れがち。7話で人気投票で負けて顔面筋肉崩壊しているのはギャグのようなシーンですが、彼女のキャラだから許されているけれども本来はプロの行動じゃない。空音に対して何らかの距離を持ちかけていたところも、文には正直あったでしょう。でも今回はそれを出す暇すら空音は与えませんでした。文「空音…プロだ…!」
とはいえ空音の握手列に並ぶ人数が如実に減っている現状。彼女も一人の女の子です、エゴサをしながら心は傷ついていくばかり。彼女は強いけれども、タフネスではない。
なぜ空音が今まで2番人気だったか。理由は単純ではありません。あえて言えば、コツコツとした歌とダンスの努力、ファンへの対応の積み重ね、ビジュアルでしょう。そしてこれは残酷な部分ですが、トップ3は人気が出ることで運営に推されるという事実。でもそれは、彼女が自分でつかんだものです。
文はアイドルになれる自信があって、ChamJamに入ってきました。トップを目指していました。けれども空音はひょいと彼女を飛び越して、人気者に。自分はビリから2番目。運営からは推されない。
今目の前にいるのは、デマで傷つき、現在進行形で寂しさと戦っている女の子の姿。嫉妬でもない、憐憫(れんびん)でもない。文の心がざわつきます。
文「空音の対応ってガチ恋釣るタイプじゃん、だからこうなっちゃうんだろうね」「わたしにはね、ガチ恋みたいなオタクついてないんだよ。男のうわさ出て離れてくような重いオタク、ついてないの! 結局は!」
男性疑惑で離れていくファンは確かに冷たく感じてしまいます。もっと信じてあげてほしい。しかし文は見抜いていました。男性疑惑で離れていくファンということは、それだけ真剣にアイドルのことを好きになり、恋人のように愛している「重い」オタクである、ということ。この場合の「重い」は、愛情を注いでいるといういい意味です。
7話の「ロリ枠は貴重」という話を思い出します。文はポジションとして「ロリ枠」「妹キャラ」に置かれているため、なかなか「一番」になれない。属性が優先してしまうと、誰かのオンリーワンになるのが難しく、ガチ恋が生まれづらい。脇役になりがちです。
だから、「誰かの一番」になりやすい空音に対して、たくさんのもやもやを抱えている様子。恐らくこのあたりも、彼女がChamJam二番人気だった理由の一つでしょう。
しかし、人の心を掌握して喜ばせることは、別にポジションの問題じゃないことを、空音は知っています。ここが、すごい。
空音「全然、わたしにしか出来ない対応とかじゃないよ」「『ずっと好きでいてほしいな』なんつってさ」
文、即陥落。顔を真赤にして空音に骨抜きにされる。チョロいぜ。
空音が言いたいのは、ファンを夢中にさせ、喜ばせるサービスは、頑張り次第で誰でもできるものだ、ということ。空音は自分のクールなビジュアルを生かして、浮気しちゃだめだよ、的な横に寄り添うスタイルのファンサービスで多くのファンを喜ばせてきました。もちろんこれを真に受けた基のようなガチ恋が増えたのも事実ですが、もし相手が望むのならそれもプロの仕事、夢を見させよう、というのが空音のプロのスタイル。
文「で、で、で、できないよ! 何いまの!? 好きにもなるわ!」「べつに…喧嘩してたわけじゃ、ないしさぁ」
手段はわかった。でも文は「できない」と言いました。それはそれで、いいと思います。なんせここでの文はものすごいツンデレ度合いを発揮し、素だからこそのかわいらしさにあふれているからです。プロフェッショナルなアイドルが好きな人もいれば、こういう率直で幼いアイドルが好きな人もいると思う。あーや、俺は好きだぞ。
なお、文のファンサービスは、プロの神対応とちょっと違った、ツンデレ的に根の優しいところが出るタイプ。もしアニメでメイド喫茶回がまた放映されたとしたら、彼女の成長とアイドル性、見ていただきたい。
聖夜の物語
今回のクリスマスイベントパートは、ほとんどがアニメオリジナルです。いつものへんてこなギャグっぽいノリを生かしつつ、舞菜から見たえりぴよの姿を重視した内容になっています。
クリスマスライブのポスターが貼られる時期。よく見ると舞菜の衣装、クリスマスと関係ありません。これだけ見ると、いくらなんでもはぶられすぎだろ! と感じてしまうのですが、実は「着るのが恥ずかしかったから」という理由。
えりぴよはそれを知らず、舞菜にすてきなサンタ衣装を着せたいと願い、再び積むためにお金を稼いで頑張り中。
だから、ステージで舞菜がサンタ衣装を着ているのを見たとき、えりぴよ、大泣きします。そうです、オタクはすぐ泣くんです。でもこれ、感受性が豊かな証なので、どんどん泣いた方が人生楽しいと思うな。
クリスマスライブ盛り上がろう、といった瞬間、電源が落ちて真っ暗に、これではライブが出来ない。パニックになりかけていた会場で、えりぴよが考えたのはキンブレをまぶしく光らせる作戦でした。
アイドルたちがオタクのキンブレの光の中をくぐり抜けるシーン。舞菜はえりぴよに導かれて歩いていきます。このとき、舞菜が見ているのはもうえりぴよだけです。頭にトナカイの帽子をかぶった間抜けな姿だけれども、彼女を先導している姿は本当に王子様のよう。
一連のこのシーンには、舞菜がいかにえりぴよに影響を受け、自分の歩む道を照らしてもらっていると感じているかが如実に出ています。
えりぴよはただのファンです。他のオタクとなんにも変わりません。でも自分のことを愛し続けてくれるからこそ、自信のない彼女はアイドルとして前に踏み出せました。どんな時にでも目の前にえりぴよが駆け付けてくれるからこそ、ステージに立てました。そして今、暗闇の中を先導してくれる、えりぴよがいます。彼女にとって、えりぴよが応援してくれる、というのは自分の目的であり、道しるべそのものなんでしょう。
他のアイドルもそうです。オタクたちが照らす光で、真っ暗な中を歩むことができている。一つ一つの光は小さいけれども、いわば応援が彼女たちの行く道を支えている。
アイドルとファンの関係はこの作品のテーマの一つ。本当に答えの見えない難しい問題だけれども、せめてぼくは頑張っている彼女たちを照らす2本のわずかな明かりになりたい、それだけでいいと、願ってしまうのです。
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