大切なのは家族で“対話”すること――香川県「ネット・ゲーム規制条例」、子育て専門家が当てる焦点は
条例にすることに、どんな意味や注意点があるのか。子育て専門家にご意見を聞きました。
香川県議会で検討されている「ネット・ゲーム依存症対策条例(仮称)」。これまで家庭ごとの方針に任されてきたネットやゲームとの付き合い方を県が条例としてルール化しようとしていること、さらにその内容として「コンピュータゲームは1日60分まで(休日は90分まで)」など具体的な時間を示していることも、大きな波紋を呼んでいます。
この条例、そしてゲームやネットと、子育て家庭はどのように向き合っていけば良いのでしょうか。「NPO法人 子育て学協会」理事の河本晃さんにお話を伺いました。
しつけは本来、子ども自身が“良い状態”でいるためのもの
―― この条例について、第一印象はいかがでしたか?
河本 まずは「18歳未満」という対象が非常に広いなと感じました。「じゃあどれぐらい細かく決めるといいですよ」という解を私が持っているわけではありませんが、あまりに十把一絡げではないでしょうか。例えば0歳なんて、たった1年間で見違えるほど成長しますし、1歳、2歳、3歳と進むにつれ自我のあり方も大きく違ってくる。小学校になると、自分の世界が少しずつ広がっていく。小学校の低学年と高学年でも全然違いますし、中学生ごろになると思春期も始まりますし……。
―― 「コンピュータゲームを1日60分(休日は90分)」と、時間で決める点についてはいかがでしょうか?
河本 大事なのは、ルールの内容がどうかということよりも、それをどんなプロセスで決めるのか、だと思います。我々は普段、幼児期のお子さんを持つご家庭に対して、「子どもが“良い状態”でいるためのルールを家族で考えるのが大事ですよ」と話しています。しつけであっても「こうしなさい」と大人が一方的にルールを決めて守らせるのが目的ではなくて、子どもたちの側が「自分が良い状態でいるためのルールなんだ」と理解して、自分で守るのが大事なんですよね。
―― "良い状態"ですか。
河本 例えば「小さい子どもは20時に寝なさい」などと言われるじゃないですか。でもその裏には、「夜更かしをすると翌朝起きづらくなって、機嫌が悪くなる。その状態で、幼稚園や小学校に行くのが習慣になってしまうと、自分にとって良い状態じゃない。だから自分が良い状態でいるためには、これぐらいの睡眠時間がやっぱり必要だよね。逆算すると何時には寝たほうがいいよね」といった背景、根拠があるんですよね。
ルールで決めたからと言って、現実問題、毎日必ず20時に寝られるわけでもありません。家族旅行中とか、友達がお泊まりに来た日とか、いつもと違う事情があれば、夜更かししてしまうことも当然あります。その辺の折り合いをつけながらやっていくことって、家族ならたくさんあるわけですよ。ルールありきではなくて、じゃあうちではどういう風にしようか。お互いが良い状態でいるために。そんなことを話し合う習慣が大事ですよ、と伝えています。
ルールありきではよくない
―― 子ども本人がそのルールの背景を理解しているかどうかが大事なんですね。それでは、もともと家庭内で話し合われるルールの内容について、条例が基準を示すことについてはいかがでしょうか?
河本 ルールありきで物事が語られるようになってしまうと、よくないなとは思います。ただ、こういう基準をテーブルに乗っけることで、いろんな議論が起こりますよね。議論のきっかけになること自体は意味があるんじゃないかと思うんです。この条例はまだ決定ではありませんが、素案が発表されたことで喧喧囂囂(けんけんごうごう)、いろんな話が出ます。「そもそも、本当に大事なことってなんなんだろう」ってね。
各家庭では、慌ただしい日常の中で「ゲームは30分まで!」「1時間まで!」と、あまり対話せずに決めてしまうようなことがあります。でも、「本当にそれでいいんだっけ?」と考える機会があることで、各家庭で話題に挙がる、あるいはパパやママが考える、そういうきっかけになっていること自体はすごく意味のあることだと思います。
―― ましてや親が子どもに対して「条例で決まってるんだから」と一方的な伝え方をしてしまうと、本末転倒かもしれませんね。ただ、対話を通して一緒にルールを決めたとしても、なかなか守れないのが子どもだと思います。日常ベースでは、どんな伝え方をすればよいでしょうか?
河本 問いかけることが大事です。面白いからゲームをやっていたい、それは分かるけれど、それ以外にやりたいことってないんだっけ、と。その子の日常を見ていれば、友達と一緒に遊んでいるときはすごく面白そうな顔をしているとか、この遊びをしているときもすごく熱中しているとか、何かヒントがあるかもしれない。
本人が大事にしていることがゲーム以外にもあるとしたら、「そういう時間を確保するにはどうしたらいいのかな?」という問いにつなげる。ゲームをやめさせることだけを考えるというより、本当にしたいことを本人に問いかけながら、本人自身に考えさせる。もちろん年齢によるところもあって、いきなり1歳2歳にそんなこと言っても難しいですけどね。
―― ただゲームを取り上げるのではなく、ほかのやりたいことに気づかせる、と。
河本 基本的に、子どもの興味・関心が1つに固定されることはありません。いろんなことに好奇心を持つはずです。でもゲームだけやっていると他のことができなくなってしまう。「やめなさい」とか「やりなさい」じゃなくて、「どうしたい?」とか「ずっとゲームをやり続けるの?」って問いかけてみることが大事です。問いかけると、小さい子も小さい子なりに「うーん、そうだなあ……」と考え始めるんですよ。
ゲーム以外でもそうです。おもちゃで遊ぶのをなかなかやめないときに「いつまでやってんの、片付けなさい」と言っても片付けない。でも「じゃあいつまで遊ぼうか?」と、落ち着いて本人に向き合って聞いてあげると、考えるんですよね、子どもなりに。親からの一方的な目線でルールを守らせるのではなく、一緒の目線になって、「こうしますか?」「どうしたいですか?」とちゃんと聞くと、考える。
―― 頭ごなしに言われると、ついつい反発したくなることもありますもんね。
河本 親は「子どもは何も分かってない」と思ってしまいがちですけど、そういう風に決めつけてはダメです。小さい子も意外と分かってますし、考えようとしますからね。それを上手に言葉にできる子ばかりではないだけで。
条例が施行された場合の、家庭での向き合い方は?
―― 実際に条例が施行されたと仮定して、家庭ではどのように向き合っていくのが良いと思いますか?
河本 この条例って、別に守らなかった人を罰するために決めたわけじゃなくて、「世の中を少しでも良い方向にしたい」と考えて作られたと思うんです。だから、その思いを尊重した運用にしていきたいですよね。
こういうルールに決まりました、でももともとの背景はこうだよね、うちでいうと子どもの年齢はいくつで、親はこういう仕事をしていて、基本の生活習慣はこうだよね、でもこういうケースもあるよね……そういう対話をしながら、「じゃあ現段階のルールはどうしようか」と、家庭内の独自のルールを決めるのが理想的だと思います。その中には、もしかしたらこの条例に反するようなシーンもあるかもしれない。でも、それで良いんです。いちいち目くじら立ててルールを守ることが大事なんじゃなくて、目指したいのは、家族のみんなが良い状態でいることだから。
―― やっていく中で、ルールになかったことが出てきたら、都度話し合って直していけばいいんですね。
河本 そうです。たとえルールを守れない日があったからといって、処罰されるわけでもない。運用していく中で、最適な形になるように修正を重ねていけばいいんです。今回条例として提示されたことを話し合いの題材にして、じゃあ自分たちはどうしていくのか。条例の素案が組まれたそもそもの背景はちゃんとキャッチして、細部は自分たちで作ればいいんですよね。「決められたから守りなさい」という表面的な話で受け取ると、この素案が作ろうとしているものの本質を受け取っていないじゃないですか。じゃあ自分たちの家はどうしよう、と考えるきっかけに使ったらいいなと思います。
―― 条例という形以外で、家庭内の関係構築やゲームとの付き合い方について、サポートする取り組みは現状あるのでしょうか?
河本 私の活動でいうと、チャイルドファミリーコンサルタントという専門職をしています。家庭によって事情は異なるので、理想のモデルを示すのではなく、対話をサポートする役割ですね。今、共働きが当たり前になっている一方で、でもやっぱりママにかかる子育ての負担はまだまだ大きい。世の中の情報に対してもママの方が感度が高くて、パパは追いつけていないケースが多い。
家族ってパパとママと子ども、みんなで作っていくものなのに、パパが家族作りや子育てにどう関わるかって、まだまだ情報が足りていないんです。それに、自ら情報を集めに行くのが苦手なパパも多い。パパの育休取得も増えていますが、実際には家でスマホいじってるだけという「とるだけ育休」なケースも聞きますしね。ですから、おじさん講師によるパパ講座みたいなものをやっています。もちろんママ対象のものもありますが。これは、「自分たちの家族はどういう風になっていくと“良い状態”なのか」と考えるきっかけになるような学びの場です。
―― 「イクメン」がはやし立てられたかと思えば、「自分の子どもなんだから面倒見て当たり前」という論調が出てきたりと、ここ数年で世の中の印象も目まぐるしく変わっていますね。
河本 パパを対象にした取り組みは、行政含め少しずつ増えてきてはいます。パパって、スイッチが入ると仕組みづくりから結構ちゃんとやるんですよね。一方でママは、情報を集めることが得意な方が多い。パパとママのバランスがかみ合うと、うまく機能していきます。
実際に子どもができたら、あんまり考える機会もなく怒涛(どとう)の日々が始まります。なんだかんだ余裕がなくなって、ケンカして、大変なことになって……そういうのも全然あっていいと思うんです。でもどこかの時間で、そもそも私たちどんな家族にしたいんだっけ、と考える機会は必要だし、そのきっかけになる活動は、幅広くやっていく必要があると思っています。
参考:香川県「ネット・ゲーム依存症対策条例(仮称)」素案
(了)
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