ネコ耳キャラクターはどこからやってきた? 困難な調査に挑み続ける同人誌『現代獣耳研究』に拍手を:司書みさきの同人誌レビューノート
「獣耳」という樹海のごときジャンルへの挑戦。
昨日は「ハッピーハロウィーン!」という言葉をあちこちで見聞きしました。この時期には街の図書館では「ハロウィーンの成り立ちを子どもに知ってもらいたいので絵本か紙芝居を……」と求める利用者さんに対応することも多々です。あたりを見渡せばかぼちゃや魔女のイラストに混じって、目についたのがネコでした。黒ネコは魔女の使いですものね。ネコの耳やしっぽをつければかわいい仮装になりますが、考えてみれば人型に動物の耳が付いているイラストなどはハロウィーンでなくてもあちこちで見掛けます。今回はそんな「獣耳」についての同人誌です。
今回紹介する同人誌
『現代獣耳研究 Vol.1〜2』A5 48P 表紙カラー、本文モノクロ
『現代獣耳研究 Vol.3』A5 40P 表紙カラー、本文モノクロ
著者:白根こま
ネコ耳キャラクターはどこからやってきた? 人型に付く動物耳に注目
こちらのご本『Vol.1〜2』では、およそ40年ほど前に出された同人誌『シベール』や歴代の獣耳キャラに注目しながら“獣耳はどこからやってきたか”に迫ります。『Vol.3』では“キツネ耳の巫女(みこ)さん”、“獣耳系VTuberさん分布”など、新たな視点を持ちつつ調査を進めています。基本的に著者はお1人のようで、ご自身が調査した作品やキャラの分類をしながら、自論は主に文章で、時にグラフや引用の図を交えながら展開されています。
いやはやもうね、もう! “獣耳はどこからやって来たか”に迫る最初のページを読んだときに、ずがーんと私に雷が落ちました。「この方、めちゃくちゃに険しい道を進もうとされている……!」と。
「○○はいつからあるの?」の調査には、まずはそれをどう定義するかの難しさがあります。「獣耳と擬人化は違うのか?」、文中にも、「ディズニーは?」「犬ホームズは?」と触れられている通り、「人型ってどんな?」とは、実に複雑です。
また、まだ他にまとまった参考資料の無い状態で、自分でこつこつと資料を探して集約する根気のいる取り組み……。実はこの定義と資料の取り扱いについては、私は『Vol.1〜2』については不安を覚えたのが正直なところなのです。
定義や調査範囲が明確にされていない状態で文中に「史上初」と表記されると、私はそわわわーっとしてしまいました。おそらく作者さんは1970年代はリアルタイムで体験されていない世代と推察され、しかしあえてご自身にとっては“伝説の”時代に出された『シベール』に着目し、過去の情報のなさにご苦労されながら道をかき分ける様子に、面白さを感じながらも、はらはらしつつ読んだのです。ところが、『Vol.3』になると明らかな変化が見られます。
続刊で進化中。書き続けること、調べ続けることの力
『Vol.3』では時期設定を「2000年代には」などとはっきりさせたり、調査した方法と結果を補記したり……。もしかしたら、研究や論文を書いている人には「なーんだ当たり前のこと」と思われるかもしれませんが、これ、行き届いた書き方をするのは、実はなかなかの技がいりますもの! 興味ある自論を追いながら、他者にも理解されやすいように丁寧に補足するのは、わりと面倒くさい調査が必要なんです。けれどその面倒くささを乗り越えて、より読者に分かりやすく伝わるように進化されている!
さらに内容も、より作者さんの身近と思われる2000年代の話をメインにしたり、今現在のVTuberさんの調査、そして「ネコ耳種族がペットになっている(それが当たり前の世界)」から社会の構造を読み解こうとするなどの、ご自身の得意な方向と特有の視点を伸ばしていらっしゃるのに、よりわくわくとしてきて、その進化の様子にまた私は雷に打たれたのでした。
獣耳という樹海に敢然と降り立つ勇者に幸あれ!
このご本を手にしたときの雷は私には「ものすごい樹海に降り立った人がいる……!」という感動でした。ネコ耳もイヌ耳も、キツネ耳も……いまや獣耳の世界は多種多様です。あきらかに広い!
そんな中であえてとても困難な「はじまりはいつから?」にチャレンジしたり、自ら資料をまとめたり。先行の研究や他者の論が豊富に読める分野が、道筋のついた公園だとしたら、獣耳の世界は森。豊かで奥深くて、そしてまだ道無き樹海ではないでしょうか。そこに降り立った人の手にあるのは「自らの興味」という灯火だけ。これまでのマンガやアニメの世界をリアルタイムで追ってきた世代の方、マンガやアニメでなくてもネコ耳表現に興味のある方など、賢者がいらっしゃるならどうぞ樹海で勇者に出会ったら「昔……東の方におまえさんの求める泉があったのう……」とか「このキノコはよく似ておるが毒キノコじゃ」とか教えてあげてほしいのです。いまはまだ完璧な大正解とはいえないかもしれない、けれど果敢に挑むご本に触れ、私はそう願わずにはいられませんでした。
マンガやアニメ、ゲームのジャンルはいまだ図書館や博物館で資料保管や所蔵公開例が少なく、“さかのぼる”“調べる”ためのアクセスが難しい状況にあると思っています。頭の中で「○○って○○かなぁ?」と思っているだけなら誰にも否定されず、けれど誰にもその考えは伝わりません。そこをあえて同人誌という声を上げて、調査し、広くて深い獣耳の樹海に立つ勇者に幸あれと願うのです。
今週の余談
気候が穏やかになって、秋祭りやハロウィーンもあって。お店の飾りがもうクリスマス仕様になってびっくりしたり!近づいてくるのが楽しみなことがある日々はうれしいですね。
みさき紹介文
図書館司書。公共図書館などを経て、現在は専門図書館に勤務。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。
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104ページという力作。
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