『好きな子がめがねを忘れた』 めがね忘れがちヒロイン三重さんは、めがねをかけるとよりかわいい:あのキャラに花束を
メガネっ娘好きの心のツボをちゃんと押さえています。
一部のめがね女子・男子好きには、こだわりというか地雷がある。物語中で「めがねを取った方がかわいいね・かっこいいね」みたいに話が展開され、めがね“なし”の方がよい、とされることだ。いや分かるよ、その子が魅力的なのは素晴らしいことだ。でも、めがねをつけていたら魅力が下がるみたいな言い方マジやめてくれない? って思うんだな。めがねなしでも魅力的、めがねをかけていると魅力的、あなたにめがねはよく似合うよ、っていうのが見たいんだよ。
『好きな子がめがねを忘れた』は、中学生の14歳の少年・小村くんが、隣の席の分厚いめがねをしている女の子・三重さんに恋をする物語。ただ「三重さんが頻繁にめがねを忘れる」という一点だけであらゆるラブコメ展開が起こるかなりの異色作。Twitterで大人気のこの作品、ふたりのキュンキュンする甘い恋のステキさのみならず、めがねへの愛もしっかり盛り込まれているのが魅力だ。
ライター:たまごまご
道民ライター。マンガ・アニメ・VTuber・サブカルチャー中心に活動中。「MoguraVR」「クイックジャパンウェブ」「コミスペ!」「PASH!」「コンプティーク」などで執筆中。萌え系学習書を数冊出してます。好きなマンガは女の子が殴り合うやつ。
Twitter:https://twitter.com/tamagomago
ブログ:https://makaronisan.hatenablog.com/
めがねがないから頼りにしています
まずこの作者が、いかにめがねを大切にしているかを知ってほしいので、最初に出てくるコマを引用したい。
めがね越しの顔の輪郭が光の屈折でずれている。これはめがねというパーツへのこだわりがないとなかなかやらない表現だ。分厚いめがねをしているらしい三重さんのリアリティーが伝わってきて、ポイントが高い。
ここまで視力が低くてめがねがないと何も見えないのに、彼女なぜかやたらめったらにめがねを忘れがち。めがねがないと目つきが悪くなってしまう(目を細めてみるから)、というのもかなりフェティッシュ。加えてよく見るために、彼女はものすごく距離を詰めてくるくせがある。ときめきポイントだ。
これはまだいい方。次第に身体が接触するレベルまで近づいてくる。三重さんは「見えないから」、小村くんは「優しいから」という理由があるから、OK問題ない。そもそも小村くんが一方的に好意を抱いていただけで、三重さんは最初彼のことを認識すらしていなかったほどだ。なんせ顔が1巻ラストまで見えていない。
小村くんは三重さんが困っている時、助けたいと願う真っすぐな少年。彼の優しさを頼るようになってからは、三重さんは安心するからと、頻繁に顔をじっと見るようになる。大きく心の距離が近づいた。
めがねがない状態で外に出るのはあまりにも危険。小村くんの手を三重さんが握るのは、仕方ない。小村くん的には大ラッキー。もっともこれ、三重さんが小村くんを全面的に頼っている、という心の表れでもあるので、本当に距離はもりもりと近づいているはず。
三重さんはもちろん、助けてくれる人みんなに感謝はしているし、友達もいる。しかし覚えるため顔を近づけていつも見るようになった小村くんに対しては、特別な感情がわいているのに気が付く。めがねがないことを理由に顔を近づけて見ていたものの、その頻度は増えて、一緒にいたいと願うように。
ここまできたら「お前ら付き合っちまえよ!」という状態。この作品のいいところは、周囲の生徒もそう思っているのがほんのりと目立たず、でも見える形で描かれていること。そしてふたりの恋のスピードがゆっくりなので、周囲がほとんど手出しをしないこと。小村くんと三重さんの「仲良しだね、ウフフ」という照れくさ劇場を、読者もクラスメイトもみんなで腕を組んで遠巻きに鑑賞できる。
めがねの言い訳
序盤はめがねを忘れたことで接触して、友達としての信頼ができる様子が描れている。その後三重さんが完全に心を開いてからは、めがねがないことを言い訳にふたりの「一緒にいたい」欲がどんどん深まって育っていく。理由がないと近づけないくらいふたりとも奥手なので、三重さんの変なところでめがね忘れがちな天然ボケがいい方向に作用する結果になった。
加えて見えていないがゆえに大ポカをやらかすこともある。友人のイケメン男子・東くんが三重さんのお手伝いをしたとき、三重さんは東くんが見えておらず「いつもありがとね小村くん」と答えてしまうシーンがある。そのときの東くんへの謝罪がこちら。「私を助けてくれる男の子っていったら小村くんかと…小村くんだと思ってたからめっちゃ気ぃ抜いて話しちゃった…はずかし」
東くんはもう大体分かっているのでニヤニヤ。聞いていた小村くんはまっかっか。めがねを忘れるのはいつも大変なのは間違いないのだが、大体小村くんが頑張って、結果幸せな出来事が訪れている。
ただふたりには、後ろめたさもある。三重さんは、いつもいつも頼っては甘えてしまうことに申し訳無さを感じている。小村くんは一緒にいたいから、頼ってくれて近くにいるのがうれしいから、「三重さんが明日もめがね忘れればいいのにって毎日思ってるよ」と感じてしまっている。マンガ史上でもなかなか類を見ない告白だ。
めがねをしていない回の方が、ふたりのラブコメは進展しやすい。ただ、それは「めがねを忘れた」という大義名分の上のもの。ではそれが無くなった時、本当の自分たちの気持ちに向き合えるのかが問題になってくる。
そこで、めがねの出番だ。
めがねがあることで見えるもの
めがねがあるときの距離感には、言い訳が通用しなくなる。三重さんはめがねをしていると、小村くんに対して「助けてくれる人」というバイアスを失うので、自身が彼のことをどう考えているか、真摯(しんし)に向き合わねばいけなくなる。
めがねをかけている状態の三重さんが、校外学習の班で友達の女子と一緒に、誰と組むか話し合うシーン。周囲の子は小村くんと三重さんがいつも一緒にいるのは分かりまくっているし、めがねをかけた状態(見えている)で小村くんのことをチラチラ見ているもんだから、そりゃ「一緒がいいんでしょ?」とも聞くってもの。めがねをかけた三重さんはここでは「めがねを忘れたから」という言い訳はしない。「…一緒に行きたいけど…小村くんと…」というのは、自分を見つめ直した上での、めがねをかけた状態での本当の思いだ。
この作品でのめがねは、三重さんの視界をクリアにするだけでなく、彼女の心をもクリアにしている。めがねをちゃんとかけているときは目もぱっちりしているし、そんなにドジもしない。いつも以上に正直さが問われる。自分は小村くんをどう思っているんだろうか。
めがねを忘れたことで近づいてくれる、かわいい女の子。
めがねをかけて見つめ返してくれる、かわいい女の子。
めがねをかけることでより人間的かわいさがより一層引き立つ、というのがこの作品の神髄だ。一度このめがねON状態のかわいらしさを見てしまうと、めがねを忘れた状態のときも「素顔のかわいさ」ではなく「めがねをかけ忘れたかわいさ」であることに気付かされることになる。見えないから意識する、幽玄の美だ。
電車の中で向き合うシーン。普段から顔を近づけて小村くんの顔を見ようとする三重さんなので日課みたいなものだけれども、この時は特別。だってはっきりと見えているのだもの。鮮明にしっかりと、このときの彼を「見たい」んだ。うっすら赤面した顔の「めがねをかけてしっかり好きな人の顔見つめている子のかわいさ」が表現されたナイスすぎるコマだ。
今まではずーっと、目が見えない三重さんを守るために、手をつないで引っ張っていた小村くん。でもめがねをかけている三重さんに対しても、小村くんは自分から手をつないだ。大義名分なしに、自分の意思を見せた。これが、めがねでちゃんと見つめ返してくれる女の子への、精いっぱいの少年のアンサーだ。
コミカルなシーンが多いものの、美しいほどに純真なふたりのシーンもたくさんある作品。特にめがねありのシーン。小村くんのモノローグは多いけれども、三重さんのモノローグはそこまで多くないので、安心のための顔を見るシーンはより強く彼女の思いを浮き彫りにしたものになっている。公園の小さな遊具の中、ふたり身を寄せ合って見つめ合う。言葉はないけれども、たくさんの思いが飛び交う。めがねというツールはふたりの心の解像度をあげる大切なアイテムだ。
なおめがねフェチ度もそこそこにあるので注目していただきたい。三重さんがめがねを忘れてしまい、それを小村くんが届けるシーンがある。かばんの中に入れて持ち帰らざるを得なくなったときの「これは実質三重さん…! 実質三重さん…!!」というモノローグは類を見ないめがね名ゼリフ。その後の彼は自室の本棚にめがねを置いておくのだが、「本棚に座るめがねのイマジナリー三重さん」を妄想するドキドキは、めがね好きにはなかなかクるものがある。
三重さんと買い物でめがねを選ぶシーンでも、彼は「ダメだ全部似合う むしろ三重さんに似合わないめがねがあるなら持ってきてほしい」という魂の発言を吐露。
彼自身は別にめがねフェチではない。多分三重さんに会わなかったら、そこまで興味もなかっただろう。ただ大好きな子とめがねの組み合わせに、いろいろな愛が爆発。三重さんは人間的にほわほわしたよい子でとてもかわいいので、めがねをかけた三重さんも、めがねを忘れた三重さんも、小村くんと共に堪能してほしい。
なおこの作品、作者のTwitterでは多数関連イラスト・マンガが描きおろしでアップされている。単行本には収録されていないので、ファン必見。ふたりの甘い空間の雰囲気がこれだけで伝わるので、未読の人も必見。
(たまごまご)
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