クレしん映画の歴史を塗り替える大傑作 「謎メキ!花の天カス学園」レビュー(1/3 ページ)
名作「オトナ帝国」の呪縛から逃れ、そしてアンサーを投げかけた大傑作。
お願いだ、「映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園」を見てくれ! なぜなら、本作は劇場版クレヨンしんちゃんシリーズおいて1、2位を争う、そして2021年に公開された全ての映画の中でも頂点に達する、特大ホームラン級の大傑作だと断言できるからだ。事実、レビューサイトでもFilmarksの4.1点や映画.comの4.3点など、かなりの高評価を記録している。
筆者はクライマックスでエッグエッグと泣き続けるほどに感動し、連れて行った4歳と5歳の甥っ子2人も見終わった瞬間「ちょー面白かった!」「つぎ(来年のクレヨンしんちゃん)の映画いますぐ見たい」と言っていた。その言葉を引き出した時点で、子ども向け映画として満点だろう。
深刻化したコロナ禍の夏休み、どこにも出掛けられないとお嘆きの親御さんにとっても、本作は子どもとの思い出のための最良の選択となり得る。しかも、エンターテインメントとして面白いだけでなく、子どもへの真摯なメッセージがあり、大人にとっても学びが多い。
かつてはPTAに怒られ、子どもに見せたくない番組ランキング上位でもあった「クレヨンしんちゃん」というコンテンツで、「子どものために全国の学校でも見せてほしい」と心の底から思える作品を世に送り出してくれたことにも大いに感動した。
さらに、ほぼ全編が子どもに向けられた内容でありながら、全ての「青春」を経験した大人こそが感涙できる要素もある。しかも、この2021年の現実、そして次世代へと伝えられるべき大切な価値観も投げかけられていたのだ。
以下からは、なぜ「謎メキ!花の天カス学園」が劇場版クレヨンしんちゃんシリーズの、いやアニメ映画史の歴史を塗り替える大傑作なのか、その理由をさらにたっぷりと記していこう。本作はミステリー要素が色濃いため、犯人が誰であるのかなどの核心的なネタバレは避けるが、にじみ出てくる程度の軽度のネタバレがあることはご容赦いただきたい。予備知識なく見たい方は、先に劇場へと駆け付けて欲しい。
本格(風)ミステリーの面白さ
本作のあらすじから紹介しよう。しんのすけたちは全寮制の超エリート校の私立天下統一カスカベ学園(通称:天カス学園)に1週間の体験入学をすることになる。だが、風間くんがお尻に奇妙な噛み跡をつけられ「おバカ」になってしまう怪事件が発生。容疑者はマサオを含め8人。この謎を解き明かすため「カスカベ探偵倶楽部」が結成される。
近年で「モンスターパニック」や「カンフー」など様々なジャンル映画に挑戦してきた劇場版「クレヨンしんちゃん」が、今回は「本格(風)学園ミステリー」と銘打たれた通りの内容に取り組んでいるというわけだ。とはいえ、子ども向けのクレヨンしんちゃん映画だから、ミステリーと言っても「ゆるい」出来なんでしょ? と思うことなかれ。確かにクレヨンしんちゃんらしいバカバカしさはあるのだが、謎解き要素はとても「フェア」で、とてつもなく面白いものになっていたのだから。
何しろ、「出された全てのヒント」から、「本当に犯人を当てられる」ようになっている。その上、受け手を惑わす「ミスリーディング」も実にうまいので、8人の容疑者の全員が全員とも怪しく見えるのだ。
さらに素晴らしいのは、「明確に言及されていないこと」さえも謎解きのヒントになっていることだ。誰も口に出さないが、「画として描かれていること」にも犯人につながる「何か」があり、そこにピンと来れば真相に気付ける(あるいはミスリーディングにだまされる)ようになっている。
ぜひ、ミステリー好きな人にこそ「作り手の思惑に乗ってやるものか!」と、本気で犯人を当てに行って欲しい。結果として「犯人を当てられた! やった!」となっても、「見事に騙された! 悔しい!」となっても、それは楽しんでいるということ。「作り手との頭脳戦」というミステリーの醍醐味を、まずは大いに味わって欲しい。
やりすぎた成果主義がもたらすもの
劇中の天カス学園では生徒の成績を判定する「ポイント制」が導入されており、そのポイントを貯めれば貯めるほどエリートとして格上げされ、豪華な食事にもありつけるようになる。反面、エリートにそぐわない言動をすればポイントが下がり、食事が格下げされるばかりか、最下層の「カス組」送りにされることもある。さらにはAIでの管理・教育が行き届きすぎているため、人間の教師は授業をすることすら禁じられていたりもする。
そう、今回の劇場版クレヨンしんちゃんは「やりすぎた成果主義とランク付け」による分断と差別を描いており、もはや格差社会や管理社会を風刺したディストピアSFの様相を呈している。現実の学校でもテストでの順位付けや偏差値、社会に出てもノルマや出世のようなシステムもあるわけで、天カス学園の制度は決して絵空事ではない、現実の延長線上に間違いなくあるものだ。
劇中でこのシステムが生まれたのは、徹底的な合理主義のせいでもある。「無駄なものを排除して、効率や成功を追い求めていく」ことはまっとうにも思えるが、それが分断や差別をも招いてしまうという世界の本質もついている。作中、校舎内のあらゆるところがデジタル化される一方で、外観がボロボロのまま放置されている「図書館」からも、合理主義への批判が込められていることが分かるだろう。
シリーズ史上最大の「しん風」
合理主義と成果主義の価値観に凝り固まった天カス学園という設定は、後も記す「青春」や「多様性」といったテーマ、さらには「クレヨンしんちゃん」という作品であること、特にしんのすけと風間くんの友情とも密接に絡んでいる。
思い返してもみても、この2人の関係性はとても尊い。しんのすけはいつもおバカでふざけていて、マジメな風間くんはそんなしんのすけに(ノリ)ツッコミを入れたり、時には怒ったりもする。だが、風間くんは本当はしんのすけのことが大好きで、そんな関係もまんざらではない、ずっと続けばいいとも思っている。もはや友情を超えた相思相愛だ。
そんな「しん風(あるいは「風しん」)」の関係性が好きなクレヨンしんちゃんファンにとって、劇場版で初めてメインにその関係が置かれただけで歓喜の極みなのに、さらに「いつかは離れ離れになるかもしれない」切なさも描かれていたりもするのでたまらない。
何しろ、風間くんは天カス学園も候補となるエリート小学校への進学を希望しているが、しんのすけは普通の小学校に行くのかもしれないと劇中で示されている。基本的には「サザエさん時空」で永遠の5歳児であるはずの彼らの、「終わり」を予感させる要素すらあるのだ。
そして、今回の「花の天カス学園」と合わせて、ぜひ故・臼井義人による原作単行本43巻に収録されている、風間くんとしんのすけの関係性を見事に描いた短編を読んでみてほしい。
このエピソードで進学塾に通う風間くんは、ふざけた格好をしているしんのすけのことを、周りのエリート思考の子どもたちの前で「まさか…と、友だちじゃないさ」と言った上に、ドッジボールに誘ってきたしんのすけの手を振り解いてしまう。この後で描かれる優しさでいっぱいの展開、そしてラストのコマの言葉は完全に今回の「花の天カス学園」に通じるものだ。
さらに、高橋渉監督も「風間くんの中にある『みんなとこの先も一緒にいたい』という想いと、『エリートの道を進みたい』という気持ちの揺れとぶつかることを今回のしんのすけのテーマにした」にしたと語っている。その風間くんの葛藤は、そのまま「今が楽しければそれでいい」な楽観主義のしんのすけが真正面からぶつかる難題でもあるのだ。その結末は……シリーズ史上最大の「しん風」が訪れる、大感動が待ち受けているとだけお伝えしておこう。
※高橋渉の高は、はしごだかが正式表記
「多様性」と「青春」を肯定する
8人の容疑者の全員が全員とも怪しく見える、とは前述したが、実は全員が全員とも個性的かつ魅力的でいとおしいということも、本作の素晴らしいところだ。
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