古い価値観は「めちゃくちゃスベらせる」しかない セクハラ被害とジェンダーを描く漫画『女の体をゆるすまで』作者×「ゴッドタン」佐久間宣行P対談(1/3 ページ)

「セクハラ・パワハラとテレビ」「メディアとマイノリティの関係」などをじっくり語ります。

» 2021年10月14日 19時00分 公開
[小林夏帆ねとらぼ]
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 作者が実際に被害にあったセクハラ事件を糸口に、自身のジェンダーの揺らぎと向き合うエッセイ漫画女(じぶん)の体をゆるすまで。「テレビや芸人さんが大好きだった」という作者のペス山ポピーさんは、事件を受けてから、セクハラ的な表現などが目についてしまいテレビ番組をあまり見られなくなってしまったといいます。

 そんな中で、ペス山さんが「楽しめた」というテレビ番組が、「ゴッドタン」「あちこちオードリー」だったといいます。今回はペス山さんからの熱烈なオファーにより、これらの番組を手掛けるテレビプロデューサー・佐久間宣行さんと対談が実現。「セクハラ・パワハラとテレビ番組」「メディアとマイノリティの関係」などのトピックを、じっくり語ります。

女の体をゆるすまで 左から、佐久間宣行さん、ペス山ポピーさん

佐久間宣行

テレビプロデューサー。2021年3月にテレビ東京を退社し、現在はフリー。「ゴッドタン」「あちこちオードリー」などの番組のプロデューサー・演出を手がける。

ペス山ポピー

漫画家。『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。』でデビュー。『女の体をゆるすまで』では、自身のジェンダーを男性寄りのノンバイナリーと自認するまでを描く。

金城小百合

漫画編集者。秋田書店を経て、2014年に小学館に入社。『女の体をゆるすまで』の他、『往生際の意味を知れ!』『サターンリターン』(小学館)、『花のズボラ飯』『cocoon』(秋田書店)などを担当。

どこかで「理想のライン」ができることは絶対にない

ペス山:私は芸人さんやテレビ番組が大好きだったんですが、ある時期から、セクハラ、パワハラ的な企画や表現を見られなくなってしまっていて。その中で、「ゴッドタン」や「あちこちオードリー」などは楽しく見ることができたんです。その理由はどこにあると思いますか?

佐久間:まず、俺は、同じ世代や、テレビを作っている人の代表でもなんでもないです。僕はペス山さんの本を読んで、面白いと思ったから今日は話しているけど、こういうことは他でも語ってないし、これからもあまり語ることはないと思う。その上で質問に答えると、基本的には僕がADのころから「このテレビ界、めちゃくちゃ大変だ」と思ってやってきたからだと思うんです。

ペス山:私、一時期はテレビ番組の観覧にたまに行くくらいテレビが大好きだったんですが、演者さんってすごく大きい声で喋るし、カメラマンさんも大声で笑ったりするし、観客も大きい声で笑う練習をしたりして、最初はとてもびっくりしたんですよ。それを体験して、びっくりして帰ったはずなのに、オンエアを見ると普通の会話みたいに見えてるんですよね。現場で見ているとプロによるめちゃくちゃカリカチュアされたショーなのに、テレビで見ると普通の人が会話しているように見えてしまうというか……。

 やっぱり、テレビの中の「お約束」を、視聴者が現実でも通用するものだととらえたり、影響を受けてしまうことってあると思うんです。それって芸人さんも困ると思うんですよね。ショーでやってるのに、これで影響を受けてもらっては困るというか、視聴者に「これがショーである」って分かって見てほしんじゃないかって。でも、現実問題、そうもいってられない。私は芸人さんがすごく好きだから、自由にやってほしい気持ちがどこかであるんだけど……。

佐久間:そんなに甘い時代じゃなくなったのは確かですね。目の前で同意をとってる当人同士の暴力とか、ドロップキックとか。そういうものって、笑えてたと思うし、昔はクレームがきたら「それは親が注意してください」って言っていた。でも今は、「分かってやってますよ」までをどこかで説明しないとクレームが来る時代。

 芸人さんは、基本的にはみんなウケたいから、「これじゃ笑わない」と思ったことはやめるんです。でも、言わないけれど「今はめちゃくちゃやれなくてつまらない」と思っている人もいると思うし、今の流れを「当然だよね」と思う人もいるし、スタンスやリテラシーはバラバラです。芸人さんだけじゃなくて、芸能界全部バラバラだと思うし、もしかすると、演者よりディレクターの方がリテラシーが低いかもしれない。芸人さんは、お客さんの前に立つから、毎日如実に「ウケる」「ウケない」がある。容姿をいじることはよくないと理解する前に、「容姿をイジったらウケない」とかいうのは、多分ディレクターより先に気づいているんじゃないかな。

 でも、僕自身の感覚でいうと、今の方がテレビでやれることがちょっと広がってきたという感じがあるんです。例えばBLを扱った企画とかも、6年前とか7年前にやろうとしたら、芸人さんから「気持ち悪いからヤダ」って言われましたし。

ペス山:以前、テレビ東京に「ざっくりハイタッチ」という番組があって、番組の中で「BL選手権」という企画をやっていて。それが上の人から「気持ち悪い」と怒られて、それ以降あまりそうした企画ができなくなった、というのを出演者の方がテレビで話していたことがあります。

佐久間:そうなんですね。それとかひっくるめて、僕は番組の中でやれる企画がちょっと広がった、やりやすくなったと思っています。昔「共感百景〜痛いほど気持ちがわかる あるある〜」って番組をやったんですけど、「そこはかとなく傷ついてるあるある」を番組にするっていうのが、ニュアンスとしてちょっとわかってもらえなくて。でも最近は分かってもらえるなぁっていう感覚がある。

 ニュアンスとして伝わらなかったことがいま出来るようになったということは、「これは傷つくんだな」っていうことが分かったということでもあります。こういうのって、どこかで「理想のライン」ができることは絶対ないから、ずっと考えていかなければならないんだと思いますけどね。

女の体をゆるすまで 「ゴッドタン」「あちこちオードリー」を手掛けるテレビプロデューサー・佐久間宣行さん

「個人の集まりで弱小」だからできたこと

ペス山:私がバラエティをあんまり見なくなっちゃった理由って、人を傷つける笑いで私自身が笑いそうで怖いからなんですよね。芸人さんってすごいので、テンポが良かったらひどいこと言ってても笑えちゃう時ってあるから。

佐久間:そうだね。芸人さんだけじゃないかもしれないけど、もしかしたら差別的なことだって本当にすごいテクニック使えば笑えてしまうかもしれない。笑っちゃったことが自分の罪悪感にもなるし、共犯者になった気になる。

金城:誰かは絶対傷つくから、どこにラインを置くかっていう話だと思うんですけど、私も編集していて悩むことが多くて。「ここからはしょうがない」って思うラインって明確にありますか?

佐久間:いやー、ないな。心配しながら番組を世に出すこともある。「あちこちオードリー」では、表現の問題だからもっと注釈入れよう、とか解決できることが多い。でも、「ゴッドタン」のときには、めちゃくちゃウケるネタがあったとして、それ自体は面白いものだけど、フリの段階でちょっと誤解される部分があるからそこを使うか、とか毎回細かく話し合っていて。

 演者さんには自由にやってもらいたいから、やる前には言わないんだよね。その代わり、企画自体をメッセージにしている。そして、現場では単純に僕たちが笑わない。

 「ゴッドタン」は、セクハラ的な誰かを差別するような笑いって立ち上がりからやってないんですよ。でも、過激じゃなくなったって言われるのは、MCが歳をとって売れちゃって、昔はパワハラじゃなかったことがパワハラになってしまうからなんですよね。これが一番理解されない。例えば、「ゴッドタン」で「景気づけにおっぱい見せて」っていう企画があって、これは「見せてくれるわけがない」から成立してる。でもそれって、出演者がグラビアアイドルとせめて7〜8歳ぐらいまでの年齢差で、「見せて」という側よりもグラビアアイドルの方が売れていないとできないんです。だから今でも「あの企画やってくださいよ」って言われることもあるんですけど、10年くらい前からやっていない。気付いてもらえないことはたくさんあるけど、最終的にはテレビを自分が面白いと思う笑いで埋め尽くすしかないから、頑張るしかない。

金城:例えば「ゴッドタン」とかって、時代のアップデートの必要性が説かれるよりもずっと前からやっていて、その頃から「なんで傷つくことが少ないんだろう?」と思いながら見ていたのですが、それって演者さん同士がみんな同じくらいアップデートしていってるという安心感があるからじゃないかと思って。

佐久間:おぎやはぎも劇団ひとりも、海外の配信ドラマから何から、海外の情報にすごい興味のある人たちなんですけど、実はそういうところがアップデートに繋がっているのかもしれない。あとはやっぱり、東京の芸人さんの小さい事務所は縦社会がないからマッチョイズムに染まりづらいんですよ。やっぱり芸人さんだけじゃなくて、「ホモソーシャルの中で認められたい」ということに重きをおくと、マッチョイズムに染まっていく。そうじゃない人が出てる番組が「ゴッドタン」だから、比較的マッチョにならないんじゃないでしょうか。大人数がギュッとしてる現場だとか、大学の体育会とかの縦社会は、個人が変わっただけでは変わるのは難しくて、組織ごと変わらなきゃいけない。なので、そんなにすぐには変われないし。

金城:出版社もそうですね。

佐久間:そういうイメージがありますね。だから、「ゴッドタン」がそういうところにあんまり染まらずに来たのは、個人の集まりで弱小だからだと思います。

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