「私って“人の顔”が覚えられない」Twitterで4万いいねの漫画が描く「相貌失認」とは 作者と脳神経外科医に話を聞いた(1/4 ページ)
「自分のことかも?」と思う人はすぐそばにいるかも。
人の顔を覚えられない「相貌失認(そうぼうしつにん)」という病態について、漫画家の「さのか」(@chiri_nurugo)さんが自身の体験を描いてTwitterに公開しました。投稿は大きな反響を呼び、4月27日現在4万4000件の"いいね"と多くのコメントが寄せられています。
言葉になじみはないものの、有病率が50人に1人といわれ治療法が確立されていない「相貌失認」について、さのかさんと脳神経外科医に詳しい話を聞きました。
さのかさんが違和感を覚えたのは、大学に入学後のことでした。家族やクラスの友達のように、基本的にいつも同じ人と過ごしてきた高校時代までとは異なり、講義ごとに入れ替わる人々やバイト先、サークル仲間など、大学で関わる人が一気に増えた途端、自身が「人の顔を覚えられない」ことに気付いたのです。
特にショックを受けたのは、サークルの飲み会で意気投合した同級生に大学内で話し掛けられて、誰だかわからなかったことでした。さのかさんが「誰でしたっけ?」と尋ねると、「本気で言ってるの?」と眉をひそめた同級生。その後飲み会での彼女とのやりとりを思い出したさのかさんは「きっと勇気を出して話し掛けてくれたのに、傷つけてしまった……」と消沈しました。これが顔が覚えられないことを悩み始めたきっかけだといいます。
社会人になるとさらに出会う人が増え、困る瞬間が増えていきました。会社で「はじめまして!」とあいさつをした人が、会うのが3度目だったとき。いつも一緒に仕事をする同僚に社外で声をかけられ、誰だかわからなかったとき。スーツの男性を知り合いだと思って話し掛けたら、初めて会う人だったとき。他人が容易にできる「顔を覚える」ことが自分にできない歯がゆさの中、当時は「自分は努力が足りないな」「自分は人に興味がない冷たい人間なのかな」と悩んでいたそうです。
人と接する際に相手の顔を忘れないように必死で顔を見ながら話しても、次の瞬間にはパラパラと顔の情報が抜け落ちている感覚に、不安が募るさのかさん。顔の情報が覚えられない分、声や持ち物、会話の内容で記憶を補う日々を続けますが、自分から人に話しかける必要のある場面では特にストレスを感じるようになってしまいました。
転機になったのは「相貌失認」を取り扱ったテレビ番組を見たことでした。人の顔を覚えられない、髪形や服装が違うと同じ人だと見分けられないなど、自身によく似た症例がテレビで流れ、衝撃を受けたさのかさん。すぐに調べてみると、まるで自分のことを書いているかのように当てはまることばかりだったのです。
「相貌失認」は人口の2%、50人に1人いるといわれているという情報を知り、「私がそうでもおかしくない!」と気付いたさのかさんは「人の顔が覚えられないのは、ポンコツだからではない」「人への興味が薄いからでも、努力不足でもない」と、ほっと力が抜けたといいます。
「相貌失認」は原因が不明なため、治療法が確立されていません。さのかさんは「しょうがないこと」として受け入れ、少しずつ自身が生きやすくなる環境を整えていきました。顔を覚えるプレッシャーから解放されるよう、仕事は在宅に。初対面の人には「顔を覚えられないので、分かってないようならどこで会った人かを教えてください」と伝えるようにしたそうです。
そして時が流れ、子育てをするようになったさのかさん。育児中の親はみんなバタバタと忙しいため対面する時間が少なく、ママ同士の顔を覚えられないことは珍しくないため、「育児の世界って住みやすい!」と喜びを伝えています。
また、コロナ禍になりマスクをする習慣が一般的になり、人違いをしてしまっても「マスクなので気付かなかったです」という“魔法のせりふ”が使えるようになったことで、より生きやすくなったのだとか。顔を覚えられない原因がわかっている今では、相手が戸惑っていることに気づいたら説明をして謝ったり、「〇〇で会ったよ!」と相手から名乗ってくれる人には「ありがとう! 顔を覚えるのが苦手なので助かります!」と感謝を伝えたりしているそうです。
漫画の中で「程度の差はあれこの話を『自分のことかも?』と思う人はすぐそばにいるかも」と伝えたさのかさん。Twitterで多くの反響をあつめた結果、「私も本当にこれ」「お友達が、覚えられないのでいつも苦労してます」「痛いほど分かりすぎる件」という共感の声が次々に寄せられたことに驚いたといいます。そして「もっと相貌失認という言葉自体が知られて『そういう人もいるんだな』と思ってもらえるようになると、多くの人が少しだけ楽になっていいのになと感じます」と、作品を描いた意図を話していました。
治療法のない「相貌失認」に、病態を緩和する方法はあるのでしょうか。くどうちあき脳神経外科クリニック(東京都大田区)の院長 工藤千秋さんに、詳しい話を聞きました。
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