実写「リトル・マーメイド」「ブレット・トレイン」……物議をかもす配役のリアルな事情とは? ハリウッドのキャスティングディレクターにも聞いてみた(1/2 ページ)

どの意見にも、それぞれのファンの真実がある。

» 2022年10月16日 08時00分 公開
[Yuki Machidaねとらぼ]

 原作がある映像作品のキャスティングには、賛否両論がつきものです。最近では、ディズニー実写版映画「リトル・マーメイド」、配信ドラマシリーズ「ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪」(Prime Video)、日本の小説原作のハリウッド映画「ブレット・トレイン」(ソニー・ピクチャーズ)といった話題作のキャスティングが物議を醸しています。制作陣、原作者、俳優コミュニティー、そして多様なファンの意見が交差するキャスティング議論を、同3作品と過去の類似例を振り返りながら、現地のキャスティングディレクターが語る現状を紹介します。

「リトル・マーメイド」 ファンそれぞれの“私のアリエル”のイメージ

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実写版「リトル・マーメイド」特別映像

 ディズニーが1989年の長編アニメーション作品を実写化する映画「リトル・マーメイド」(2023年夏公開予定)では、白い肌に赤い髪がトレードマークのアリエル役に、ビジュアル的に大きく異なるアフリカ系アメリカ人のハリー・ベイリーが抜てき。2019年に配役が決定した瞬間から、「原作に忠実ではない」との批判が噴出し、2022年9月に特別映像が公開された後も議論は続いています。

 現在22歳のハリーは、姉のクロイと組むR&Bデュオ「クロイ&ハリー」でも活動し、グラミー賞に5回ノミネートされているほどの若手実力派シンガー。ビヨンセやハル・ベリーら、音楽界・映画界にもファンや支持者の多い逸材です。

実写アリエル画像 「パート・オブ・ユア・ワールド」を歌い上げるハリー(画像はYouTubeから)

 このキャスティングにおける賛成派の意見としては、ハリー自体に期待を寄せるコメントに加え、「アリエルの心や魂が伝わる配役であれば見かけは関係ない」というものや、リプレゼンテーション(これまで人種や性的マイノリティーとされてきた人々も、人口分布と同じように作品で描かれ、画面に登場すること)を重視するコメントが目立ちます。「小さい頃、ハロウィーンでアリエルになりたくて仕方なかった。でも皆に、私はアリエルに全然似ていないからおかしいと言われました。ハリーがアリエルを演じることはとても意味のあることです。あの頃の私のような女の子たちに、ぜひ見せてあげたい」というように、自身や娘、孫の体験をソーシャルメディアで共有する声も。

 一方、反対派の声の多くは、原作への忠実性を求め、自分たちが長く慣れ親しんできたイメージを守りたいと願うもの。忠実性に関しては、ディズニー傘下のテレビ局フリーフォームが2019年当時、同作がフィクションであり、人魚のアリエルが架空の生き物であることを強調したうえで、「リトル・マーメイドの原作者はデンマーク人。でもアリエルは人魚姫で、国際水域の海中の王国に暮らし、望めばどこにでも泳いでいける存在。それに仮に、アリエルもデンマーク出身だったとして、デンマークにもブラックの人々はいるので、ブラックの人魚姫もいるでしょうし、彼らが遺伝子学的に赤い髪をしていることもあり得るのです」というコメントを出しました。

フリーフォーム声明 ディズニー傘下のテレビ局によるキャスティングについての声明(画像は「フリーフォーム」公式Instagramから)

 自分たちが親しんだアリエルのイメージを守りたいという意見としては、「映画でアリエルのキャラクターが忠実に描かれることを望むことは、人種差別でも時代の変化に鈍感だからでもない。いろいろな人種や肌の色のプリンセスを望むのなら、新しいお話を作ればいいだけ。クラシック作品はそのままにしてほしい」という声もありました。

長編アニメーション映画「リトル・マーメイド」主題歌ビデオ

 自分の人種や文化にかかわらず“私のアリエル”のイメージはそれぞれ。白い肌に赤い髪のアリエルであってほしい気持ちも、自分と同じような見掛けのアリエルであってほしい気持ちも、人種差別とは別の次元でそれぞれのファンの真実なのだと思います。

 今回、ミュージカル映画の名手、ロブ・マーシャルが監督を務める実写版では、アニメーション版の音楽を務めたアラン・メンケンと、「モアナと伝説の海」や「ハミルトン」のリン=マニュエル・ミランダがタッグを組むとあり、音楽に重きを置いていることは明らか。素晴らしい歌声のハリーが演じるアリエルが、新たな「リトル・マーメイド」の魅力を見せてくれることが楽しみです。

「ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪」 世界観への異なる見解

 同じく有色人種のキャスティングが物議を醸しているのが、Prime Videoで9月から配信中のドラマシリーズ「ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪」。J・R・R・トールキンの名作ファンタジー小説『指輪物語』に基づく同ドラマで、有色人種俳優がエルフやドワーフなどのさまざまな種族のキャラクターを演じていることが議論を呼んでいます。

「ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪」予告編

 同作においても反対派の主張は、「原作の設定に忠実ではない」というもの。「有色人種が突然登場することがオーガニック(自然発生的)な流れとは感じられず、物語に入り込めない。例えば、誰かが素晴らしい古代アフリカ王国の物語を作ったとして、その王室メンバーの1人が白人だったら違和感を覚えるだろう。しかも、それ以前の物語で、全ての登場人物が濃い色の肌をしている設定であれば、余計にそう感じるはず」という、逆の発想を用いた論調もありました。

 一方、支持派の声には、世界観に対する新たな見解と、リプレゼンテーションへの思いが入り交じっているようです。前者の代表的なものとしては、「『ロード・オブ・ザ・リング』の世界は、ファンが思うほど白人世界ではない。中つ国が着想を得た古代ヨーロッパは、国際貿易や征服、移住などが盛んであったため、より人種的多様性があった」「トールキンが描いたのは善と悪であり、人種にはこだわっていない」といった見方があります。

白人ヒーロー時代から240カ国配信時代へ

 リプレゼンテーションを重視する視点からは、「昔からファンタジー物語のヒーローや主人公は白人であるべきで、悪者は肌の色が濃いというステレオタイプが横行している。もうそういうことは受け入れられない時代で、今回のキャスティングは純粋に懸命で丁寧な判断である」「過去の映画公開当時とは違い、同シリーズは240カ国で配信されているのだから、白人のみのキャスティングは現代の観客にはとうてい受け入れられない」という声も。

 こうしたなか、エルフの戦士アロンディア役を演じるプエルトリコ出身の俳優イスマエル・クルス・コルドバは、トールキン作品のファンとして育ちながら、同作の舞台である中つ国に自分のような見掛けのキャラクターがいなかったときの思いを振り返ります。「僕がエルフになりたいと言うたびに、全然似ていない、と否定されてきました。今回の話が来たとき、この役を演じることは任務だと思いました」(TIME)。

力の指輪エルフ プエルトリコ出身の俳優イスマエル・クルス・コルドバの登場シーン(画像はプライムビデオ公式YouTubeから)

「原作や世界観への思い」と「人種差別」の境界線

 キャスティングも含めた作品の批評は映画やドラマに付随する文化のひとつで、ファンそれぞれの思いが交錯するのは、作品への期待度が高い証拠。ただ、それが人種を理由とした個人への悪質なバッシングに発展すれば、「人種差別」への境界線を越えたことになるのでしょう。「力の指輪」では、有色人種のキャストに誹謗(ひぼう)中傷が殺到したことを受け、キャストが合同で声明を発表しました。

 「私たちは一丸となり、有色人種のキャスト仲間に日々向けられている容赦ない人種差別や脅迫、ハラスメント、虐待に断固反対します。トールキンが作り上げたのは、異なる人種や文化の自由な人々が力を合わせ、悪に立ち向かう多文化世界です。私たちが生きる世界も、ファンタジー世界も、全てが白人であったことはありません。有色人種も中つ国の住人です」

 過去には、「スター・ウォーズ」作品の主要キャストに配役されたアジア系俳優のケリー・マリン・トランや、アフリカ系俳優のジョン・ボイエガが同じように誹謗中傷の対象となりました。SF映画の金字塔とされるシリーズだけに最近でも、Disney+(ディズニープラス)でオリジナル・シリーズ「オビ=ワン・ケノービ」が5月にスタートすると、アフリカ系アメリカ人俳優モーゼス・イングラムが差別的攻撃の対象に。

 これに同シリーズの顔であるユアン・マクレガーが、作品の公式アカウントにビデオを投稿。「シリーズの主演俳優、製作総指揮として、モーゼスを絶対的にサポートします。彼女を攻撃する人たちは、私たちの中で『スター・ウォーズ』ファンではありません。この世界に人種差別の存在場所はないのです」と語りました。

オビワンのユアン 「オビ=ワン・ケノービ」で主演・製作総指揮を兼ねるユアン・マクレガー

「ブロンド」 訛りへの批判をマリリン・モンロー側が擁護

 原作のあるフィクション作品だけでなく、実在の人物を描く作品もキャスティング批判を受けることがよくあります。最近では、2022年7月にNetflix映画「ブロンド」のトレイラーが公開された際、マリリン・モンローを演じたキューバ出身俳優アナ・デ・パルマスの訛りに対する批判が出ました。

「ブロンド」予告編

 このときは、マリリンの遺産管理団体側が「マリリンのような役に挑戦する俳優なら誰もが、重責を担っていることを感じている。予告編を見る限り、アナはマリリンの魅力、人間性、脆さを捉えており、素晴らしい配役だと思える。映画を見るのが待ちきれない!」(Variety)と強力な声明でサポート。同作はヴェネチア国際映画祭で喝采を浴び、方言指導と訛り修正に9カ月をかけ、脳が破裂しそうだったというアナは、これまで数多く制作されてきた伝記映画とは異なる新鮮なマリリン像を演じていると評価されています。

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