向井理さん初主演映画のモデルは今? カンボジアに小学校を建てた大学生・葉田甲太さんの現在(1/2 ページ)
『僕たちは世界を変えることができない。』が映画化されて10万部突破した葉田甲太さんの現在。
2006年夏、カンボジアに小学校を建設した医学生がいた。彼の名は葉田甲太(はだこおた)さん。150万円でカンボジアに小学校を建てられることを知り、1年以上にわたり仲間たちとともに資金集めに奮闘して、その目標を実現させた。
彼は自身の小学校建設までの経験をもとに、2008年にノンフィクション小説『僕たちは世界を変えることができない。』を執筆して自費出版で発売。2010年には同書は小学館から出版され、その1年後には東映により深作健太監督・向井理さん初主演で「僕たちは世界を変えることができない。 but we wanna build a school in cambodia.」として映画化された。同書は発行部数が累計10万部を突破するベストセラーとなった。
当時、葉田さんはテレビ番組に出演したり、インターネットメディアの取材に応じたり、世間から熱いまなざしを向けられた。彼はなぜカンボジアに小学校を建てようと思ったのか。そして、現在は何をしているのか。
150万円でカンボジアに小学校を建てられる
カンボジアに小学校を建てようと思うきっかけは、突然思わぬところからやってきた。大学2年生のころ、葉田さんは渋谷の郵便局で「子供達に屋根のある学校を。あなたが150万円寄付してくれれば教室が5つもある学校が建ちます」と書かれたパンフレットを見つけた。書かれている内容に衝撃を受けた。
「カンボジアに小学校を建てようと思ったのは単純に子どもが好きで、学校を建てたら子どもたちが喜んでくれそうだなと感じたからです。あとは正直に言うと、なんとなく楽しそうだとも思いました」
葉田さんは周囲の友人に「イベントでカンボジアに小学校建てよう!」というメールを熱心に送ったが、集まったメンバーは自分自身も含め4人だけだった。彼らが思い至ったのは、サークル活動の一環として「クラブイベントを開催して、入場料を集める」という方法だ。小学校の同級生やバイト先の友人だけではらちが明かず、葉田さんたちは慣れないクラブで次々に客に声をかけ、自身が開催するクラブイベントに誘うこともあった。
もちろん、すべてが思い通りとはいかなかった。カンボジアを訪れた際、待ち受けていたのはあまりにも痛々しい現実だった。学校の建設場所に行くと、そこは黒板と3人掛けの長い机が十数個あるだけの青空教室だった。そこに通うある少年は「医者になりたい」と将来の夢を語るものの、その理由について聞くと「病気の人が多いからです」と深刻な国内事情を感じる答えが返ってきた。
日本国内でも「小学校を建設してその後どうするのか? 学校の先生の質にも問題があるのではないか?」「医学部の学生だったらボランティアより、医者になるために勉強しろ」などの批判の声が寄せられた。葉田さんはやるせなさや批判の声をバネにして活動を続けた。活動を始めてから約2年が経過し、一時期サークルのメンバーは15大学47人に膨れ上がっていた。
2006年8月27日、小学校が開校する日は晴天だった。「自分のために何かをする喜び」より「誰かのために何かをすることの喜び」のほうが大きく上回る。笑顔の子どもたちを見て、葉田さんの胸にはそんな熱い思いがこみ上げてきた。
「チョムリアップソア(こんにちは)。君達は日本という国を知っていますか? 日本という国の事を。僕はその遠い日本という国から来ました。僕は学校ができてうれしいです。でも、僕にはもっとうれしい事があります。それは君達が勉強して立派な大人になる事です。これは終わりじゃなくて、始まりです」(開校式での葉田さんのスピーチ)。
自分は何のために生まれてきたのだろう?
社会貢献に関心を持ったのは子どものころだった。葉田さんは活発でサッカーをしていて、同級生誰とでも話せるような明るい性格だが、家庭環境ゆえの悩みもあった。実は、父親は大手コンピュータ周辺機器メーカー「エレコム」の創業者で、現在は代表取締役会長を務める葉田順治さん。葉田さんが1歳のころにエレコムは創業され、次第に知る人ぞ知る存在になるほど会社が成長していた。
子どものころの葉田さんはまわりの大人たちに「君はボンボンで根性がないね」とよく言われた。「僕だって頑張っている」と言い返しても、「頑張っていない」「本当の苦労を知らない」という言葉を浴びせられた。それ以上は何も反論できないもどかしさがあった。
「『自分という人間は生きていても意味のない人間なのだろうか、何のために生まれてきたのだろうか?』とよく考えていました。そんなあるとき、マザー・テレサやガンジー、太宰治などの自伝を読み、お金持ちになることや他人を蹴落としたりすることにはあまり興味がないものの、自分の人生を賭けて『世の中を変えたい』という社会貢献の欲は、ほかの人よりあるかもしれないと思いました」
葉田さんの思いは揺るぎなかった。小学6年生のころに書いた卒業文集は「生きる意味」というタイトルだった。自分が生きる意味は世の中にどう貢献するかにかかっている。「僕は医師になり、貧しい人を救う」。そんな決意を早くも書いていた。
有名人になり目標を見失った
カンボジアに小学校を建設させた後、葉田さんはカンボジア訪問の経験をもとにした、エイズのドキュメンタリー映画「それでも運命にイエスという。」の制作・上映を経て、医師国家試験に無事合格。研修医としての日々を送ることになった。『僕たちは世界を変えることができない。』も映画化されてヒットし、累計10万部を突破するなど、すべてが順風満帆に思えた。
ところが、研修医としての日常は想像以上に忙しく、目の前の仕事に追われた。当時の患者のこともあるため詳しくは教えてもらえなかったが、先輩には毎日怒られてばかりだったという。
「医者になったときに、有名であることに何のメリットも感じませんでした。自分が有名になったところで、目の前の患者さんの病気は治りません。むしろ、一歩外を出れば有名人ですが、病院のなかではまったく何もできないダメなやつでした。『良い自分』と『悪い自分』を行ったり来たりするのが苦しく感じていました」
「30代手前ぐらいが人生で1番キツかったです。当時は臨床医になるのではなく、国連に行くために大学院に進学しようかなとも迷っていました。受験に受かってもその後何をするのかというイメージがなく、なんとなくキャリアを考えることしかできませんでした。情熱が足りていないというか、単純に人生に迷っていました。思い出したくもないですね……」
そんな葉田さんを救ったのは、知人に誘われた講演会で出会った医師の川原尚行さんの存在だ。川原さんはNPO法人ロシナンテス理事長として、スーダンで地域医療や教育の分野で支援をしている人物である。川原さんに誘われてスーダンに訪れた際、活動を続けている理由を聞いたら、こんな答えが返ってきたという。
「俺はね、ドキドキしていたいんだよ。不謹慎かもしれんけど、こうやって活動することで、笑ってくれる人がいる。それがとてもうれしいんだよ」(川原さんの言葉)
その言葉に葉田さんははっとした。カンボジアに学校を建てるときも、エイズのドキュメンタリー映画を制作・上映するときも、学生ならではの若さと勢いで行動できた。社会人になり、どうもそれが難しくなっていた。でも、本当は目標があって医者になったはずだ。そのことを思い出した。
生後22日の赤ちゃんを亡くしたお母さんと出会った
継続支援のために2年ぶりにカンボジアを訪れた際、葉田さんは小学校を建設した村で、わずか生後22日の赤ちゃんを亡くしたお母さんに出会った。その赤ちゃんは生後21日目に呼吸が速くなった。お母さんはバイクタクシーの運賃を借金して州立病院へ連れていったが、到着したときにはすでに赤ちゃんは亡くなってしまっていた。
「お母さんが赤ちゃんが亡くなった話をされるときに、すごく泣いていたの今でも覚えています。そのときに肌の色や宗教、文字の読み書きができるかどうかに関係なく、『赤ちゃんを失う気持ち』は世界共通なんだと痛感しました」
葉田さんが悩み抜いた末に思ったのは、基本的な医療を整備すれば多くの新生児の命を救えるため、カンボジアに保健センターを建設したいということだった。結果は選べないが、行動は自分の選択なので選べる。やりたい放題やってやる。葉田さんは発展途上国の基礎や現場で役に立つ知識を身につけるため、長崎大学の熱帯医学研修課程に進学。その後、日本の都心を離れた場所で医師として働くことにした。
ところが、保健センターの建設に向け、自身でNPO法人あおぞらを設立してもなお、新たな目標もすんなりと実現できるはずがなかった。現地へ視察に行った際、老朽化して設備も不足している当時の保健センターの現実も目の当たりにした。赤ちゃんを生後間もなく亡くしたお母さんに会って話を聞いたところ、雨期で壊れそうな建物から逃れるため、出産後わずか2時間で赤ちゃんを自宅に連れて帰らざるを得なかったという。カンボジアの都市部では起こりえない状況であり、都市部と農村部の格差に愕然とさせられた。
保健センターの開院式の当日は、小学校の開校式の日と同じく、空は雲ひとつなく澄み切っていた。葉田さんは200人以上の人々の前に立ち、あの日と同じようにスピーチした。生後22日の赤ちゃんを亡くしたお母さんと出会ってからすでに4年が経過していたが、葉田さんはあのお母さんに思いを馳せた。
「今のほうがよっぽど幸せ」
なぜ葉田さんは1度だけではなく、2度もこのような活動を続けられたのか。彼は自身の原動力について、こう語る。
「マジメに答えると、人の命や健康は公正であるべきだという考えがあるからです。例えば、貧富の差にはどの程度、平等あるいは公正にするのかはさまざまな意見があると思いますが、人の命や健康は少なくとも公正であるべきだと思います。僕は実際に両親や赤ちゃんを亡くして泣いている人を見ると、とても受け入れがたい気持ちになります。命を救い、涙を減らして、笑顔を作る。それが人生をかけてやりたいことです」
戦争や紛争、貧困や格差、差別や偏見……。世の中には問題が山積みだ。たとえ世の中をより良くしたいと思っても、私たちには世の中そのものを抜本的に変えることはできないかもしれない。それでも、葉田さんはがむしゃらに資金を集めてカンボジアに小学校を建設し、痛々しい現実を変えるために保健センターまで建設した。
あの小学校はあれから約17年経った現在でも、葉田さんたちの後を引き継いだ学生たちが支援を続けている。小学校の生徒は220人、教員は派遣を含んで6名で、卒業生はすでに3000人(すべて2019年時点)を超えた。毎年、日本人が来ることもあり、現地でも有名な小学校になっているという。
保健センターは建設後の半年間で、外来患者数は約3900人から約5000人に増加。分娩数は22人から40人とほぼ倍増し、ワクチン接種者数も1.3倍になった。その後2年間でも分娩数は月6〜8件で、年間約80人。新生児蘇生を必要としたケースは存在せず、安全な分娩がされているようだ。
その後も、葉田さんが代表を務めるNPO法人あおぞらでは、タンザニアに保健センターを開院させ、東南アジアのラオスでも新生児や救命救急に関する講習を続けている。コロナ禍にはカンボジアの複数の小学校に手洗い場を建設し、パレスチナなどにマスクを寄贈した。
現在の葉田さんは、週1〜2日程度は日本の僻地で外来を続けながら、月に1度はカンボジアに渡航し、NPOの活動を続けている。最近では首都プノンペンで貧困層向けの医療サービスを開始した。
また、母子の命を救う活動を加速させるべく、父が代表取締役会長を務めるエレコムの子会社「エレコムヘルスケア」の取締役に就任。新生児蘇生の教育に関わるデバイスを開発し、カンボジア、ラオスなどでの導入に向けて活動中だ。さらに、各活動にはエビデンスが必要になるため、東京医科歯科大学で研究なども手がけている。
多忙を極める毎日だが、葉田さんは「これ以上楽しいことがない」と目を輝かせる。
「社会人になって変わったことはたくさんありますが、楽しいことやうれしいことは、あんまり変わらないと思います。もちろん、医師の資格を持ったので方法は変わりましたが、例えば涙が出るような瞬間は変わりません。研修医や本が映画化された直後と比べると、正直まったく有名ではなくなりました。だけど、今のほうがよっぽど幸せな気がします」
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