映画「マッド・ハイジ」レビュー “君たちはどう生きるか”と問われて狂気と暴力で答えたような快作(1/2 ページ)
納得の18禁。
7月14日より「マッド・ハイジ」が公開中だ。タイトルからお分かりのように、スイスの児童文学「アルプスの少女ハイジ」を狂った方向へと解釈したステキな映画である。
くしくも、日本のアニメ「アルプスの少女ハイジ」に参加していた宮崎駿の新作「君たちはどう生きるか」が、この「マッド・ハイジ」と同日公開される巡り合わせもある。
そして、「マッド・ハイジ」本編の内容は“君たちはどう生きるか”という問いに対し、映画だからこそ許される「やはり暴力....!! 暴力は全てを解決する....!!」を火の玉ストレートで投げてきたような内容だった。しかも、“復讐もの”としてちゃんとしていて、意外な志の高さも見受けられた。さらなる魅力を紹介していこう。
R18+指定納得の血しぶき祭り
本作は「スイス映画史上初のエクスプロイテーション映画」と銘打たれている。エクスプロイテーション映画とはセンセーショナルで低俗かつ見世物的な、だいたいが“B級エログロバイオレンス”な映画のこと。世界中で映像化され愛され続ける「アルプスの少女ハイジ」に対し、作り手たちは「俺たちスイス人がもっとエクプロイト(搾取)するべき!」などと不謹慎な考えのもと、「そっち方向」に振り切って制作に挑んだらしい。
そのあらすじは、「24歳の大人となったハイジが、禁制の闇チーズビジネスに手を染めて処刑されたペーターと、山小屋ごと爆死したおじいさんのために、独裁者に復讐を誓う」というもの。
いきなり原作の重要キャラを2人もぶっ殺すというファンからの怒りを恐れない立ち上がりだが、倒すべき相手の残酷性を存分に見せつける、“復讐もの”としては真っ当な冒頭部でもあった。
そして、本作最大の見どころと言って差し支えないのは、「R18+」指定されただけのことはある“バイオレンスアクション”。血しぶきが飛び散り、人間の頭部が景気良く爆発し、アツアツのチーズを顔面にかける残虐極まりない拷問シーンもある。
スプラッター描写がギャグの領域に到達しているタイプの作品であり、ハイジがスイス伝統の武器ハルバードで敵をちぎっては投げ続ける様は愉快痛快。ハイジ役のアリス・ルーシーはテコンドーで黒帯二段の持ち主であり、その動きのキレにも注目だ。なお、R18+指定の理由はほぼほぼグロのみ。エロ方面は女性の上半身のヌードがあったりする程度である。
ディストピアSFと女囚ものの要素も
本作は“ディストピアSF”の要素を備えている。大統領は自社以外のすべてのチーズを法律で禁止し、“闇チーズ”を取り締まるのはもちろん、乳糖不耐症のためチーズが食べられない者までもを摘発し、逆らう者は即刻撃ち殺すのもためらわない、最悪の独裁政治がまかり通っているのだ。これにより、ハイジの個人的な復讐だけでなく、民衆による“革命”の必要性、転じて“正義”(ただし人殺し)に同調しやすくなる大きな効果を生んでいる。
さらには、ドラマ「ウェントワース女子刑務所」やマンガ「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」よろしく“女囚物”の要素も備えている。矯正施設に送られ、看守や女囚たちから抑圧されながらも、ただただ復讐心を燃やし続ける不屈の精神を持つハイジも応援したくなってくる。屈辱を受け続け、さらなる絶望に追い込まれたハイジが、カンフー映画のような“修行”に挑み、さらなるパワーアップを遂げる展開は、シンプルにアツい!
そんなわけで、バイオレンスアクション、ディストピアSF、女囚ものと、いろいろなジャンルを渡り歩く様、だからこその全く飽きせない見せ場の多さこそが本作の美点だ。それらを適当に並べてしまうだけだと安っぽくなってしまいそうなところを、“復讐もの”という物語の軸があるおかげで、やはりエンターテインメントとしてちゃんと楽しめるようになっていた。
日本リスペクトと強い女性像
復讐を誓った女性が主人公かつ、日本刀や手裏剣が出てくるような日本へのリスペクトは「キル・ビル Vol.1」をほうふつとさせる。ディストピアの世界観で、女性たちの連帯と活躍が描かれる様は「マッドマックス 怒りのデス・ロード」を思い出す方もいるだろう。強い女性を描き、女性を虐げるゲス男どもが盛大にぶっ殺されまくるという、映画でこそ可能な大胆さは痛快である。
日本へのリスペクトと言えば、日本のアニメ「アルプスの少女ハイジ」をもとに、クララ役に日本人の女の子をキャスティングするというアイデアがあったため、実際に日本人とスペイン人のミックスルーツを持つ、スペイン語と英語と日本語を話すマルチリンガルのアルマル・G・佐藤をキャスティングしたのだという。劇中では各キャラクターの初登場するシーンで、それぞれに違ったフォントで役名が記載されるのだが、そのクララのとんでもない「役名の表記」にもぜひ注目してほしい。
理不尽な妨害をはねのけて製作された
本作は「アルプスの少女ハイジ」を血と暴力で染め上げるキャッチーさのおかげもあってか、世界19カ国538人の映画ファンによるクラウドファンディングで約2億9000万円もの資金集めに成功した。
そんな愛されエピソードがある一方、実は製作途中で理不尽な妨害を受けたこともあった。映画の内容に反対する人たちが、スイス国内の伝統的な衣装を売る店に「素材を一切売らないように」というメールを送っていたのだが、衣装チームが独自に見事な衣装をデザインしてくれたのだという。さらに、勤続13年の警察官だった脚本家のひとりは、ティーザー映像を見た上司からクビにされ、その解雇の違法性を訴えて10カ月分の賃金の補償を受け取るまでにほぼ2年を要した。
確かに本編は不謹慎でインモラル、間違っても文化的な補助金をもらったりできるような内容ではない。だが、前述した通り不屈の精神を持ち、女性のパワーにも溢れている志の高い内容ともいえるし、何より暴力をフィクションとして完結させている、むしろとっても平和な作品だと思う。このような妨害は言語道断だろう。
いや、まあ、「ハイジ」の原作やアニメのファンが怒るのはわからなくもないけど。だが、本編を見れば「ハイジ」という作品をなんだかんだで愛している、作り手の気概もきっと伝わると信じている(冒頭で重要キャラを2人ぶっ殺しているけど)。
真面目に語ってきたが、「マッド・ハイジ」はハイジというキャラクターを好き勝手に使って、ギャグの領域に両足を突っ込んでいるスプラッター描写にゲラゲラ笑って楽しむ、シンプルな内容を大いに期待すればいい。個人的にもっとも爆笑したのは、執事かつクララの教育係だったはずのロッテンマイヤーさん(劇中ではなぜかロットワイラーと微妙に名前が変わっている)の登場シーン。「お前、そんな役回りなのかよ!」とツッコまざるを得ない衝撃を、ぜひ劇場で味わってほしい。
(ヒナタカ)
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