「映画ドラえもん のび太の地球交響楽」レビュー 音楽へ向き合う真摯さと、決して小さくはない難点(1/2 ページ)
ドラえもん映画史を更新するクライマックス。
「映画ドラえもん のび太の地球交響楽(シンフォニー)」が劇場公開中だ。詳しくは後述するが、テーマとなる「音楽」への向き合い方が実に真摯で、なるほど原作者の藤子・F・不二雄が提唱した「SF(すこし・ふしぎ)」の精神との相性も抜群な、優れた作品になっていた。
そして、本作は劇場で鑑賞することを強くおすすめする。映画館という音響が優れ、他の観客との一体感が得られる環境で見れば、より感動できる演出が用意されているからだ。
内容に触れながら、さらなる魅力を記していこう。後半からはややネガティブな批評も含むが、ご容赦いただければ幸いだ。
※以下、「映画ドラえもん のび太の地球交響楽」の核心的なネタバレは避けたつもりですが、一部展開に触れています。未見の方はご注意ください。
音楽の楽しさを知る過程の丁寧さ
本作のあらすじは、苦手なリコーダーの練習をしているのび太の前に不思議な少女ミッカが現れ、音楽をエネルギーとする「ファーレ(音楽)の殿堂」へと導き、その復活を共に目指すというもの。その過程で「音楽の楽しさ」や「音楽そのものの意義」がはっきり打ち出されている。
たとえば、序盤でひみつ道具「ムード盛り上げ楽団」が加わり、セッションの楽しさを知るシーンはその筆頭。リコーダー嫌いののび太が「あらかじめ日記」に書いた「音楽をなくす」という短絡的な願いと対比するように、音楽を楽しむ意義がストレートに描かれている。
その後は、ひみつ道具の「運命の赤い糸」で、それぞれの担当する楽器が運ばれてくる。ジャイアンはチューバ、スネ夫はバイオリン、しずかちゃんは(音楽に合わせて他の打楽器にも変化する)ボンゴ。そしてのび太の運命の相手として選ばれたのは、まったくうまく弾けないままのはずのリコーダーだった。
それぞれひみつ道具「音楽家ライセンス」の力もあってみるみるうちに上達する……のだが、のび太だけが上手くなれず、極端に高い音が「のび太の『の』の音」としてイジられ、チームのお荷物のようになってしまう。
しかし、そんなのび太がまさに音楽を演奏する喜びを知っていき、ただ「上手い演奏をすることだけが音楽の持つ役割ではない」ことも示される。のび太の音楽家ライセンスが「ビギナーからアマチュアへとレベルアップする」タイミングも感動的で、ある理由で演奏がギクシャクしてしまったチームに訪れる変化も大きな見どころだ。
その演奏シーンでの細やかな指の動きは、奏でる音楽としっかりシンクロしている。劇場パンフレットによると、今井一暁監督は音楽を担当する服部隆之と3年以上をかけ、お互いにやりとりを重ねながらいくつもの音楽の場面を作り上げていったそうだ。その労力が報われる、これ以上ないほどのアニメでの音楽の表現と、音楽の楽しさを知る過程の丁寧さが、本作の大きな美点だ。
「静寂」の演出も見事なクライマックス
さらに素晴らしいのはクライマックス。詳細はネタバレになるので避けるが、これは「ドラえもん」だからこそ可能なアイデアであり、スケールがとてつもなく大きく、アニメとしての演出も冴え渡った、何より奏でられる音楽そのものに大きな感動がある、とてつもないものだった。
クライマックスでの「静寂」の演出も秀逸だ。今までの全身で体感していた大きな音とのギャップもあって、「無音」が他の観客との「固唾を飲んで見守る」ような一体感につながっていく。このような演出は最近ではスポーツを題材にしたアニメ映画「劇場版ハイキュー!! ゴミ捨て場の決戦」「THE FIRST SLAM DUNK」でも見られたが、音楽を題材とした本作でも効果は絶大だった。
突き詰めると、やはり本作はシンプルに「音楽の楽しさ」をひたすらに肯定する内容と言っていい。「音楽がない世界」の問題を初めに提示し、リコーダーの演奏をからかわれていたのび太は音楽の楽しさを知っていく。そして前述したアニメとしての表現と演出も極まった、圧巻のクライマックスが待っているのだから。
ちなみに、今井監督は本作が生まれたきっかけは、2020年の春先に、新型コロナウイルスの影響で人が集まれない状況が続く中、リモートで演奏者をつないで合奏するテレビ番組を見て、「人が集まり、みんなで一緒に音楽を奏でるって素晴らしい。音楽をテーマにドラえもんの映画が作れたらなあ」と思ったことだったと語っている。その精神は、まさに本編でこれ以上なく表れていることが、見ればわかるはずだ。
矛盾や不自然さが気になる脚本上の難点も
そのように素晴らしい要素はどれだけ褒めても褒めたりないほどだが、脚本上では小さくはない難点が散見される、というのも正直なところだ。設定に凝りすぎるあまり「説明を続ける」シーンが多い上に、「不自然な展開」がかなり気になってしまったのだ。同様の問題は、前作「のび太と空の理想郷」でも感じたことでもある。
まず、異世界に訪れるまで30分以上かかるというのは、テンポの悪さを感じる人もいるだろう。前述した演奏シーンにおけるアニメ表現の楽しさもあって、個人的には序盤も面白く見られたのだが、ドラえもん映画らしい冒険を求めていた小さいお子さんだと退屈に感じてしまうかもしれない。上映時間も115分と、「のび太の新魔界大冒険〜7人の魔法使い〜」と「のび太と緑の巨人伝」の112分を超えて、ドラえもん映画で最長となっている。
さらに気になるのは、その時点では意味がわからない、やや露骨に感じてしまう伏線がかなり多いこと。たびたび「あとで回収されるんでしょう」と構えて見てしまうため、なかなかにストレスだった。
ツッコミどころも多い。のび太がなぜか「あらかじめ日記」に超似たデザインの日記を持っていてすり替えに成功できるとか、ロボットのチャペックがのび太たちを呼び出す手段がすぐ読むかどうかわからない手紙で「今夜」と時間指定もあいまいだったりとか、ドラえもんたちはミッカの言葉がわからない(なぜかチャペックとは言葉が通じている)ためほんやくコンニャクを食べていたが、その後にミッカが会いに行ったとある地球人とは普通にはミッカと会話ができていた……など、普通に見ていても気づく変なところや矛盾があるのだ。
また、今回ドラえもんたちが協力する「ムシーカ人」たちの意図の一部が納得しにくい。とある音楽の歴史を見せる「展開のために用意しただけ」にさえ感じてしまう、作り手の都合が先に見えてしまうのは苦しいものがあった。
さらに、クライマックスのとある種明かしは、全てが終わった後ではなく、クライマックスと並行するか、先に明かした方がよかったのではないか。個人的には「なんで?」が先立ってしまい、カタルシス抜群のはずのシーンを素直に享受しにくくなってしまった。
監督が意図した通りの内容に
こうした気になる難点が出てきてしまう理由のひとつは、作り手の「やりたいことが渋滞していていること」だと思う。複雑な要素をなんとかまとめようとする、脚本の開発に苦慮していると感じた場面があまりに多かったのだ。
前述したとおり、異世界の冒険よりも先んじて、音楽の楽しさや意義を知っていく過程は丁寧ではあるのだが、それも「音楽の授業っぽくなっていて」「ドラえもんの映画らしい冒険のワクワク感が後退している」印象に、よくも悪くもつながっている。
とはいえ、その音楽の演奏や学びを前面に押し出した話運びや演出は、今井監督が意図したものでもある。パンフレットでは「いわゆる起承転結のあるストーリー映画とはちょっと違っていて、楽器がだんだん上手になるのび太たちに感情移入しながら、お客さんもコンサートに参加した気分になれるような、一緒に音楽を意奏したかのような、そういう体験になればいいなと考えていました」と語っており、まさにその通りの内容だ。
総じて筆者個人は本作に「惜しい」印象を持った。もう少しだけでも本筋や多くの要素をシンプルにまとめるなどして「理屈っぽさ」を抑えれば、もっと万人が楽しめる内容になっただろう。
それでも、音楽という題材への真摯な向き合い方は支持したいし、ラストの演出は掛け値なしに素晴らしいし、アニメとしてのクオリティーを突き詰める作り手の意志も大いに感じたので、今後のドラえもん映画にも期待が持てる。重ねて言うが、ぜひ劇場でこその体験をしてほしい。
(ヒナタカ)
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