“適職診断”の「芸術家タイプ」に囚われる若者たち 負の風潮なぜ……? 識者が鳴らす「警鐘」(1/3 ページ)
「芸術家タイプ」負のイメージはなぜ広がったのか。
「芸術家タイプ」は、社会に向いていないのか――。ネット上では、「適職診断」の診断結果に頭を悩ませる人が相次いでいる。しかしながら、大手就活3社のサイトで、適職診断の結果に「芸術家タイプ」という項目を設けている例はない。なぜ、負の風潮は広まったのだろうか。有識者に見解を聞いた。
ネットで浸透するネガティブイメージ
リクルートワークス研究所の調査によると、2023年3月に就活解禁となった2024年卒の大卒求人倍率は、低調だったコロナ禍から好転し、コロナ前の同水準となる1.71倍を記録。同社は別の調査の中で、今春解禁の2025年卒採用でも同様に企業の採用意欲が高い状態が続くと予測している。
就活中の学生にとっては「売り手市場」と言える好環境。一方で、SNS上の若者を中心に聞こえてくるのは、ネット上で受診したという「適職診断」の結果をめぐる嘆きの声だ。
「どの適職診断してもアーティストタイプしか出てこない」
「適職診断したけど、芸術家タイプって出た」
なぜ、芸術家タイプと診断されることを嘆くのだろうか。背景には、芸術家タイプという言葉に対するネガティブイメージがあるとみられる。
例えば、Googleの検索窓に「芸術家タイプ」と入力すると、サジェスト欄には「クズ」「社会不適合者」といったネガティブな言葉が表示される。また、実際に検索してみると、上位には「芸術家タイプの仕事は、どちらかというと低収入で就職先も少ない」「芸術家タイプが無能と言われる理由. コミュニケーション能力の欠如; 協調性の欠如……」といった、ネガティブなイメージを持つ文章を掲載したサイトがヒットした。
SNS上でも同様に「芸術家タイプは社会に向いていないことを意味している」といった旨の投稿がたびたび拡散されるなど、ネガティブな風潮が浸透していることがうかがえる。
大手就活サイトは「芸術家タイプ」の診断設けず
「芸術家タイプ」の診断が出る適職診断とはどういったものなのだろうか。ねとらぼ編集部は、簡単な質問に答えることで「性格診断」ができるとうたう、あるサイトが実施している「適職診断」を実際に試してみた。
すると「自分一人でいる事に慣れている」「ルールは分かっているが、他人に指図はされたくない」といった、他者とのかかわりに消極的な項目を含む回答を選択すると、「適職」の最上位結果に「芸術/エンターテイメント」という項目が表示された。
一方で「自分自身の欲求は後回し。まずは他人や義務のために」「人といっしょにいたり、他の人を喜ばせる事が好き」など、他者とのかかわりについて積極的な項目を含む回答を選択すると、「適職」の最上位結果に「ビジネス/接客」という項目が表示される仕組みだった。
就職活動の窓口となっている就活サイトではどうだろうか。リクナビ、マイナビ、キャリタスの大手就活3サイトは、自分がどのような仕事に向いているかを診断する機能を、それぞれサイト内に設けている。
しかし、ねとらぼ編集部が大手就活3サイトを運営する各社に取材すると、いずれも「芸術家/アーティストタイプ」という項目がある診断は行っていないという回答が返ってきた。また、リクナビを運営するリクルート、キャリタスを運営するディスコからは、「芸術家/アーティストタイプ」という項目がある診断は、過去にも実施したことがないという回答が得られた。
多くの人が利用する就活サイトの診断でこうした項目が設けられていないにもかかわらず、なぜ「芸術家タイプ」という言葉が広まっているのだろうか。ねとらぼ編集部は、日本の就職活動の歴史と、就職活動に影響を及ぼすメディアの役割に焦点を当てた『就活メディアは何を伝えてきたのか』(青弓社)の著者で、駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授の山口浩氏に話を聞いた。
山口氏はSNS上で言及される「芸術家タイプ」の結果が出る診断は、個人の性格を9つに分類する「エニアグラム」をもとにしたものが多いのではないかと推察する。そして、そうした診断の数々は「科学的な根拠が薄く、信頼性が低いもの」だとし、次のように見解を示す。
「そもそも何が『適職』かは自分の性格のみによって決まるものではなく、ましてやちょっとしたテストで自分がある職業に向いていないなどとわかるはずもありません。しかし、多くの就活者(あるいは就職後でさえも)は、自分にどのような職業が向いているのかについて不安を抱えており、それを自分でリスクをとって自ら判断することを負担と感じています。誰かに何かを相談したいときに、(たとえ根拠はなくとも)自信たっぷりに『あなたにはこの職業が向いている』と言ってもらえれば何がしかの安心を得られるでしょう」
「適切な距離をもって接するべき」
山口氏は、診断で提示された「自分の弱み」を過大に受け取る人の他、そうした「診断結果」に悩む人たちを揶揄したり、貶めたりするために利用する人がネット上には数多くいると分析する。
「世の中には適職診断という『コンテンツ』でPVを稼ぎたい人や企業が多く、それらは関心を惹くためにわかりやすく刺激的にしているものと思われます。人間は概ねポジティブな情報よりネガティブな情報に強く反応するので、『あなたは○○に向いている』より『あなたは○○に向いていない』の方が、さらには『あなたはどの職業にも向いていない』の方が、人の関心を強く惹きます。ネット経由でそうした情報に触れる人が多く、それがシェアされて(ネガティブな風潮が)広まったと考えるのが妥当かと思います」
大学で教鞭を取り、社会に出る学生たちを見届けてきた山口氏。「適職診断」に頭を悩ます若者たちに、こう投げかける。
「ネットでみられる『適職診断』の多くは根拠の薄いものです。そんなもので自分の人生を決めてしまっていいのか、よく考えてください。当たっている場合もあるでしょうから『信じるな』とまでは言いませんが、適切な距離をもって接するべきでしょう。星占いに対して、結果がよければ信じるという人がいますが、そうした『適職診断』についても同様の態度で臨むといいと思います。もちろん、就職にあたって自分の性格の特性を知っておくこと自体は有益ですので、きちんとした専門家に相談することをお勧めします。きちんとした訓練を受けた専門家であれば『あなたの性格は○○には向いていない』などとは決して言わないはずです」
【2024年4月27日修正】山口氏の現在の肩書きについて、一部誤りがあったため修正しました。おわびして訂正します。
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