少し日差しが強いような気がして空を見上げたら、青空にうろこ雲が。秋がやってきましたね。食欲の秋、スポーツの秋といろんなことに挑戦したくなる季節。今回の同人誌は野球のご本です。でも自分が白球を追いかけるのではなく、白球を追いかける選手に注目するのでもない、野球を応援する人々に着目した同人誌です。
今回紹介する同人誌
『学生野球応援解析ブックver.2019 oh 援団!』 B5 24ページ 表紙カラー・本文モノクロ
作者:蒼屋真澄
ストイックなまでに文章で応援をつづる
作者さんの「大学野球の魅力を掘り下げる活動を」という思いから作られたこの同人誌。大学野球の試合を観戦したときの様子を中心に、各校の応援について文章で解析しています。学生さんの野球の応援というと、部員さんたちがユニフォームで応援したり、学ランの応援団、チアガールなどなどの盛り上がりが頭に浮かびますが、このご本では視覚的要素はほぼ無し! 24ページ中、表紙も込みで写真は4枚のみ。しかも遠目から全体を写したものだけ。ストイックなまでに文章で応援の解説がつづられます。
応援にグッズを使っているか? 何人ぐらいか? といった誰もがぱっと目につきそうなところから、「吹奏楽も来ているがリードを取るのは応援団」「応援にオリジナルの楽曲がある」など、他を知り、各所に注意を払って見ていないと分からない部分をクローズアップしているのがさすがです。
北から南まで全国の大学43校を取り上げ、「並びは総務省地方公共団体コード順にしました」と、きちんと体系を意識されているところも解析ブックらしいですね。1大学ごとの解説は大体300文字程度にまとまっており、決して長くはありません。けれどそこに応援に着目してきた人ならではの知見が詰まっています。
各地の応援の多彩さに注目
さて、それでは実際の応援ってどんなかんじかしら? と読み進めると、チームごとの特徴が思っていた以上にあるんですね。
岩手県の富士大の項目ではねぷた節を基にしている「ヤーヤドー」という応援が取り入れられているという郷土色についてや、スポーツニュースでも話題になる東京六大学野球では早稲田大のハリセンのこと、慶応義塾大は明治大学との試合にのみ銅鑼が出るなど、行っている人にはきっと有名な定番の情報もフォローされています。
またキャンパスと球場の位置関係から応援の参加人数を推察してみたり、プロ野球やサッカーとの応援の共通点についてのコラムもあり、大学野球の応援というキーワードからさまざまな方向のことを考えていらっしゃるのが伺えます。
そしてそんな作者さんの思いは、「応援団・吹奏楽団・チアリーディング部すべてがない」応援に遭遇したときの一言に集結されているような気がします。「応援はスタンド組の選手のみ。応援歌は高校野球そのものと寂しい限りだが、それはそれで味があるもの」と評されます。決して華やかとはいえないような応援にもあたたかな目線。そうですよね、応援団がたくさんいても、一人でも応援する気持ちは変わらないですよね。
深く漬かっている人ならではのシンプルな剛速球ぶりにしびれる
しかしここまでさっぱりと解析をしながらも、作者さんが「いかに応援のことを日々考えているか」というのがじわじわと見えてしまうのがこのご本の醍醐(だいご)味でもあります。
例えば、さらっと織り込まれる「チャンス時はアゲアゲホイホイ」「スーザフォンはなし」という文章に説明は特にありません。深く界隈(かいわい)に漬かっている方ならではの「これくらいはたぶん説明なしでも通じるかな?」という気持ちに置いていかれるギャップがたまりません。何げなく投げているつもりでも素人からすれば剛速球……例えるならそんな光景でしょうか。
おそらく分かる方には「あ、あれね」と理解できる用語も、スポーツ全般の知識不足な私にはレベルが結構高かったのです。けれどアゲアゲホイホイもスーザフォンもつい調べてしまい、気付けば確実に読書前より大学野球と応援に詳しくなってます!(なお、アゲアゲホイホイは高校野球の応援で近年広まった掛け声の一種で、スーザフォンはマーチングバンドなどで使われる大きめの楽器)。
それでも作者さんは「まだまだ」と、試合を観戦していない大学に期待を寄せていらっしゃいます。詳しくなっても、まだまだ先がある。そして何より自分で見に行き、観戦する楽しみがあるとご本が呼びかけているようです。
各地で秋季の大会も開かれています。白球を追いかけるのは夏ばかりではありません。良いお天気の日に応援席にも注目してのスポーツ観戦も楽しそうです。
サークル情報
サークル名:常熱大陸
Webサイト:http://jonetsucontinent.hatenablog.com/
Twitter:@masumiaoya
現在入手できる場所:BOOTH
次回イベント参加予定:2019年の冬コミまたは東京野球ブックフェア2020(2020年春予定)を予定
今週の余談
少し遠方の図書館を訪れる機会がありました。それぞれの街にそれぞれの図書館。地元の人たちが思い思いに利用している様子に、見知らぬ土地なのにほっと息をつきました。どの図書館もすてきでした……。
みさき紹介文
図書館司書。公共図書館などを経て、現在は専門図書館に勤務。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 遺跡発掘のボランティア体験を同人誌に 貴重な発見の様子も収めた『2度目のキルギス!遺跡発掘編』
写真とマンガでまとめています。 - 「10年後には朽ちるものを100年後に延ばす」 博物館の裏方描いた漫画が驚きの連続
『ただいま収蔵品整理中!Vol.1』『ただいま収蔵品整理中!金属保存編』をご紹介。 - アフリカで初音ミクのライブをやってみた 一人の教師が実現させた異国の”ミクライブ”
今回は初音ミク愛にあふれた『Miku in Africa』をご紹介。 - 決してひと事ではない? 同人誌『夜10時カギを忘れて家に入れず初めてカプセルホテルに泊まった話』
忘れたと確信したときのドキドキ感……。 - 全国各地の“恐竜像”を1冊に 220カ所ものスポットを紹介した「日本全国恐竜公園ガイド」にワクワクする
そんなところにもいるの!? - こんなの待ってた! アメコミの効果音を集めた辞書がマニアックすぎて心くすぐる
今週はサークル「FANDOMAIN」さんの同人誌「アメリカンコミックス効果音辞典 スーパーヒーロー誕生から70年代まで」をご紹介。 - 国体初のマスコット”未来くん”を小説に 同人誌『古都こと奇譚』は京都を舞台にしたキャラクターたちの物語
皆さんの町にも、人気を博したキャラクターがきっといるはず。 - 炎の揺らめきと溶けた金属 職人自ら撮影した鋳物製造の写真集『滴る金属』
こだわりが詰まってる。 - “お江戸のコミック”を現代語訳 同人誌『黄表紙のぞき』が江戸文化の扉を開く
難易度の高かった「くずし字」を読みやすく。 - これまで撮った「片手袋」の写真は4000枚超 築地に通って約20年、“片手袋研究家”による同人誌が奥深い
趣味、ここに極まれり。 - 理学部生だったあの頃の自分に伝えたい 作者の後悔から生まれた同人誌『理学部生を手伝うイモリ』
イラストはかわいいけど中身はマジ。 - “テレポートするナメクジ”を追った5年間 調査の内容をまとめたレポマンガに興奮を隠せない
104ページという力作。