目覚めたときに吸い込んだ空気がぐっと冷たいことに気付いた朝、日暮れの風の思わぬ冷たさに首をすくめた夕方、ほっとあったかいものを食べたくなりませんか。肩の力が抜けて、それでいてぐぐっと力が出そうな。今回はじんわりお腹の中が温まりそうな、「お味噌汁専門店」にまつわるオリジナルマンガの同人誌です。でもこちらのお味噌汁専門店、実は少し不思議な世界で……。
今回紹介する同人誌
『灯台守のみそしる専門店』 A5 52ページ 表紙カラー・本文モノクロ
作者:山崎と子(崎はたつさき)
灯台×お味噌汁。あったかファンタジーマンガ
ある日の放課後、学生服の少女は元気な友達から誘われます。「灯台でおみそしるが食べられるらしい」「なんか専門店らしい」。あやふやなうわさ、でも「こういうのはノリと勢いで行っとくもんよ」とにこやかな友人に引っ張られて、少女は灯台へと向かいます。到着した先で彼女たちを迎えたのは女性店主と少年が営む、お味噌汁屋さんでした。
うーん、この灯台×お味噌汁の組み合わせだけで、すでにぐっと来ます。海辺の灯台のりりしさと頼もしさ、そしてすっくと立つ美しさ……そのイメージに掛け合わせるものとしてお味噌汁とは! いままで考えたことがなかったですが、こうして読むとなんてしっくり来るのでしょう。お店に向かっていく街並みや灯台の外見が丁寧に描かれているのもすてきです。
ほっと力を抜いて味わう魅力
そのお店で出されたのは「本日のおにぎりとおみそしるセット」。ふんわり湯気を立てるお味噌汁とおにぎりがいかにもおいしそう! そうそう、とかくお腹が空きがちな学生さんにこんなほかほかメニューを出されたら、そりゃあ笑顔が輝きますね。ちょっと背伸びをした大人っぽいお料理じゃなくて、おなじみのお味噌汁だからこその、なんの気兼ねもない表情に、彼女たちが一度にリラックスしたのが分かります。野菜と豆腐と油揚げのお味噌汁を「すべてがしみこんで体の中を流れていく…」と肩の力を抜いて味わう少女の様子が穏やかで、紙面のこちら側にもほっとする空気を伝えてきます。
作者さんは「みそしるを描きたいという動機のみ」でこちらの作品を描き始められたそうです。さりげなく描かれたお椀の中の具材の描き分けにもこだわりが感じられます。
異なるものを組み合わせ、異界との交わりを描く
しかし、おいしいだけでお話は終わりません。ふと見下ろした「特別席」にいるお客さんが気になって話しかけることにした少女たちですが、そこに座っていたのはなんと人魚のおばあちゃま。実はここは人魚と人間が共に生きている世界だったのです。けれどこの街がわざわざ「人間と人魚が共に生きるまちづくりを目指しています」と宣言しなければならないほどのなじみ度で、彼女たちも最初は驚きを隠せません。
このお話にはいくつもの「異なるものとの組み合わせ」が描かれます。灯台とお味噌汁屋さんというギャップ、人間と人魚の異種族交流、少女とおばあちゃまの若さと老い。それらが決して衝突せずに、驚きながらも混ざり、心を許していくさまが、明るくやさしい画風で描かれています。
少女たちはびっくりしながらも人と人魚の世界が交わる第一歩を踏み出すのですが、それはごくごく自然に物語のなかに織り込まれています。特別でなく、でも間違なく心に残ってきらきらと積み重なっていくような日常体験……そんな世界がお味噌汁のように混ざっておいしくなっているご本です。
今週の余談
お招きにあずかり、広島に行きました。ちょうど紅葉がきれいで、あちらこちらが赤で彩られていましたよー。
みさき紹介文
図書館司書。公共図書館などを経て、現在は専門図書館に勤務。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。
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104ページという力作。