全米がッ! 泣くまでッ! 調査が終わらないッ(涙目)!
「全○○が○○」など、現代に近い映画コピーは半世紀以上前から存在
調べ始めるとすぐに、「全米が泣いた」のように「全○○が○○」という形式のフレーズを発見。1951年に刊行された号には、すでに「全米映画界に一大センセーション」「未曾有の感動で全洋画ファンを魅了!」といった宣伝文句が使われていました。
- 「昨年度の全米映画界に一大センセーションを巻き起こしたイーグル・ライオン社の問題の総天然色巨編早くも入荷! 陽春ロードショウ公開!」(月世界征服/1951年2月発行第8号)
- 「未曾有の感動で全洋画ファンを魅了!」(レベッカ/同年5月発行第14号)
また、約半世紀前から、現代と変わらない内容の映画広告が存在することも判明。たしかに「満都に話題渦巻く(満都は「都のすべての人」の意)」のように、今では理解しにくい表現が使われていることもあります。しかし、こんなアピールポイントを掲げている映画広告、現代人のわれわれも目にしたことがあるのでは?
- 優秀な制作スタッフや映画監督による超大作
- 映画批評家の前評判がすごい
- 「今年度第1位になりそう」といううわさがある(ただし、誰が言っているのかまでは書かれない)
- 海外で上映禁止になってしまったトラブルを、逆に宣伝に利用
もしかすると1950年代にはすでに、現代に近い感覚で映画広告が作られていたのかもしれません。この調子だと「全米が泣いた」映画、あっさり出てきそうだなあ……と筆者が期待してしまったのも仕方ないはず。
全世界が泣いても、全米は泣かなかった
調べを進めていくうちに、「全米が○○した」作品はいくつか見つかったのですが
- 「全米をどよめかせたマンガーノのダイナミックな魅力充満!! 息詰まる女の体臭、映画の持つ最大の迫力! 『荒野の抱擁』のデ・サンティス監督作品」(1952年発行/にがい米)、
- 「全米に話題を投げた注目の異色白熱巨編」(同年発行/美女と闘牛士)
このようにどよめいたり話題になったり、一大センセーションが巻き起こったりはするのですが、肝心の「泣いた」作品が一向に現れません。窓の外がすっかり暗く、体がフラフラになったころ、ようやく見つかったと思ったら……
- 「哀切甘美! 全世界を感動の涙で包んだ世紀の大ロマン!」(哀愁/1961年発行第296号)
全米より先に、全世界が「感動の涙」。きっと全米の皆さんも目頭が熱くなったとは思うのですが、話の規模が大きくなりすぎてしまいました……。結局、「全米が泣いた」に限りなく近いコピーが見つかったのは、この広告の約90号先。発行年月に置き換えると、3年ちょっと後のことでした。
全米を最初に泣かせたのは、この作品?
- 「あなたの心に訴える! あなたの魂をゆすぶる! 全アメリカをゆるがしたこの感激! この感動!」(わかれ道/1965年発行382号)
映画情報サイト「Movie Walker」によると、この「わかれ道」は、米国の人種差別問題をテーマにした作品。ある白人一家の夫が野心を燃やして南米に旅立ったものの、消息不明になってしまい、妻は黒人男性と再婚。その後、帰ってきた白人の元夫は、妻が黒人男性と一緒になっていることにショックを受け、妻とのあいだにもうけていた娘の親権を主張して裁判を起こすという展開になっています。
1960年代当時、米国では差別撤廃を求める黒人による公民権運動が盛り上がりを見せており、このような人種をめぐるトラブルが身近な問題だったのではないでしょうか。なお、作中の裁判では「米国社会には、黒人に対する偏見が存在し、子どもの将来を危険にさらすから」という理由で、親権が白人の父親のものに。娘が泣きながら母親のもとから引き離されるという悲劇的な結末を迎えるとのこと。
時代を色濃く反映したストーリーに加え、同作はカンヌ映画祭で主演女優賞を獲得しており、クオリティー面でも目を見張るものがあったようです。「どこの国にも、映画が好きじゃない人はいるはず。だから、『全アメリカをゆるがしたこの感激』は言いすぎ」「いくら良い映画でも、赤ちゃんには理解できない」といった重箱の隅をつつくような疑問はさておいて、多くの米国人の心を捉える魅力的な作品であったことは間違いないのでは?
結論
- 1965年に宣伝されていた映画「わかれ道」が、「全米が泣いた」作品の元祖である可能性
- 「全○○が○○する」という表現自体は1950年代には存在し、「全米が泣いた」に近いコピーは60年代には使われている。しかし、「全米が泣いた」をそのまま使った映画広告は見つけることができなかった
- 大事なことなので2回言いますが、日本人が思っているよりも、全米は泣かない
今回の調査でちょっと残念だったのは、「涙した」「感激」などニュアンスの近いコピーは発見できたものの、「全米が泣いた」という表現をそのまま使用した作品が特定できなかったこと。古い作品の調査が難しくなってしまうため対象外にしてしまったのですが、もしかしたら動画広告のナレーションに「全米が泣いた」が使われ、それが多くの人の記憶に残っている……という可能性も考えられます。
ねとらぼ編集部は引き続き、「全米が泣いた」映画に関する調査を行っています。詳しい情報をお持ちの方からのご連絡、お待ちしております。
【調査資料】「キネマ旬報」に見る「全米が泣いた」っぽいコピーの歴史(復刊第1号から)
掲載号 | コピー | 作品名 |
1号 | ここにモウムの鋭い人生批判を銀幕に伝える。各章に配された英国第一線監督の競作! 俄然、英、米映画批評家の絶賛をよぶ! | 四重奏 |
8号 | 昨年度の全米映画界に一大センセーションを巻き起こしたイーグル・ライオン社の問題の総天然色巨編早くも入荷!陽春ロードショウ公開! | 月世界征服 |
9号 | 観る者を月世界に運ぶ! 全米話題の色彩巨編いよいよ東西一斉ロードショウ決定! | 月世界征服 |
14号 | 未曾有の感動で全洋画ファンを魅了! | レベッカ |
22号 | 満都に話題渦巻く 驚異的記録を樹立・日比谷映劇で特別披露公開中 | 邪魔者は殺せ |
27号 | 英国最大のスタッフ・キャストによる超大作 | 赤い百合 |
30号 | 愛欲と殉情と芸術への情熱! 早くも今年度第一位の噂高き傑作! | 天井桟敷の人々 |
32号 | 凡ゆる芸術に君臨して映画芸術の勝利を謳歌せる 此ぞ全欧米に萬有の喝采を拍せる至高の傑作! | マクベス |
33号 | 全米をどよめかせたマンガーノのダイナミックな魅力充満!! 息詰まる女の体臭、映画の持つ最大の迫力! 「荒野の抱擁」のデ・サンティス監督作品 | にがい米 |
41号 | 全世界が喝采を贈った映画芸術の新結晶 全世界を笑わせ全世界を考えさせた戦后ドイツ映画の問題作! | ベルリン物語 |
43号 | 強烈な迫力をもつゲーリイ・クーパーの全世界を驚倒させた稀有の西部劇大作! | 無宿者 |
51号 | 全米に話題を投げた注目の異色白熱巨編 | 美女と闘牛士 |
65号 | 美しいヒューマニズム! 激しい戦争への憎悪! 巨匠クレマンが全世界の良心に訴えた万人感動の名編! | 禁じられた遊び |
84号 | 地中海の両側に二人の奥様をもって理想の結婚生活を営んだが、さてそのおさまりはどうなったか? アメリカのメリーランド州では上映禁止にまでなった話題のイギリス名喜劇! | 浮気天国 |
87号 | 全ヨーロッパを震撼させたフランス映画空前の迫力! | 恐怖の報酬 |
103号 | 部落を急襲して女を辱しめ財物を略奪し去る野獣の如き群盗! 全世界が驚嘆注目している新興ブラジル映画の最高傑作! | 野生の男 |
107号 | 東京の話題・全日本の話題・これは全世界の注目の名画だ! | ロミオとジュリエット |
112号 | 欧米至るところで全部の女性が何故快哉を叫んだか? 全部の批評家が何故拍手を贈ったか? | ホブスンの婿選び |
112号 | 名匠デュヴィヴィエ監督戦後最高の! 全批評家絶賛! | 埋もれた青春 |
115号 | 全批評界激賛!! 陽春に贈る感激の名画!! | 喝采 |
124号 | 巴里名物ムーラン・ルージュの開場とフレンチ・カンカン誕生につづる秘話情話! 全巴里っ子空前の陶酔と絶賛に送られて! | フレンチ・カンカン |
148号 | 国境を超え思想を超えて、世界の国々が人類愛に一つになった感激! 現代最高のヒューマニズム! | 空と海の間に |
296号 | 哀切甘美! 全世界を感動の涙で包んだ世紀の大ロマン! | 哀愁 |
382号 | あなたの心に訴える! あなたの魂をゆすぶる! 全アメリカをゆるがしたこの感激! この感動! | わかれ道 |
※「キネマ旬報」の洋画広告から調査。内容が類似したコピーは省略しています
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