ネットにはびこる「謝らせないと死ぬ病」の治し方とは?

連載「ネットは1日25時間」。本当にその人はあなたに謝る必要がありますか?

» 2016年01月03日 10時00分 公開
[星井七億ねとらぼ]

 星井七億です。みなさんは日本を代表する現代文学の巨匠であり、ノーベル文学賞作家である大江健三郎の初期の作品に「人間の羊」という短編小説があるのをご存じでしょうか。

 バスの中で外国兵から辱めを受けた主人公が、その光景を目にしていた男から一緒に警察に行こうと提案されるものの、執拗に誘ってくる男の言葉を幾度も断っていくうちに、やがて男は狂気じみた偏執さを見せて主人公を脅すようになるという、屈折した義憤に駆られた人間の非情を説いた作品です。

 男にとっては米兵を糾弾することだけが目的であり、被害を受けた当事者の感情や事情などは最初から考慮するつもりがなく、事件の外から自分の暴走した正義だけで動き、それ故に理念が目的を見失い、攻撃の対象がいともたやすくすり替わる。人間の普遍的な醜態を記したこの佳作の中で行われていることは、ネットの中でも呆れるほどに散見されています。

星井七億コラム

「嫌がらせの犯人」に会ってきたとき

 僕は以前、自分に半年以上迷惑メールを送り続けてきた見知らぬ相手をだまし討ち同然に誘い出し、直接会ってその動機を聞くという行動を取り、その仔細(しさい)をネット上に書き記したところ、SNSなどで広くシェアされ多くの方に読まれたことがあります(関連記事)。

 どうしてそのような行動に出たのかというと、迷惑メールを送られたことへの復讐をしたかったわけでも、「犯人」を晒しあげてみんなに叩いてほしかったわけでもなく、純粋にその動機を聞いて、迷惑行為を働く人間の心理を学んでみたかったという自己満足の知識欲と、手に入れた興味深い知見の共有をしたいという思いによるものでした。

 なので、僕は個人の特定に繋がるような「犯人」に関する情報は虚実を織り交ぜることでできる限り伏せるように書いたのですが、その記事が予想以上に拡散されてしまったために、「犯人」を特定しようという動きがごくごく一部で活発になったようで、僕のツイッターアカウントには何通もの「犯人の正体を晒せ!」「犯人をネット上で謝罪させろ!」「二度とこういうことが出来ないようみんなで徹底的に批判するべきだ!」というリプライが飛んできました。

 先述のように、僕は「犯人」を赤の他人に叩いてもらうことが目的ではありません。絶対に個人の特定ができないようにするという条件で「犯人」と約束したうえでネットにあげた記事であり、僕自身は「犯人」からの謝罪の気持ちは欲しかったものの当事者の感情としては必然の範囲内であり、和解も成立しています。公的なものでもなければ社会的な影響力も皆無に等しい一個人同士の諍(いさか)いにおいて、「犯人」が無関係の人達に謝罪しなければならない道理はないと考えています。

 よって「犯人」の情報は以後一切表に出すことはなかったのですが、「自分とは無縁の他人を謝罪させたい人達」が興味の矛(「怒り」や「義憤」ではなくあえて「興味」と記します)を収めるのには少しばかり時間を要したみたいで……当然ここには「こんな面白そうな話を俺達が納得してない(加害者へのリンチを楽しんでない)のに終わらせるのは納得いかない」という非当事者の身勝手な理屈が背景にあるのは言うに及びません。

「謝ったら死ぬ病」を取り巻く問題

 面識のない大勢の大衆による犯人探しや謝罪の要求がエスカレートする光景は、何も今に始まったことでもなければ、ネット上に限られた話でもありません。言及するにも手垢の付きすぎた話題です。とはいえまとめブログやオウンドメディアの台頭で、こと情報発信の気軽さと拡散力を伴うネット上においては、それまでよりはるかに深刻化しているように思えます。

 社会的な影響力の強さや公共性が伴うような事案を除き、自分や自分に関わる何かに悪い影響が及んでくるわけでもなく、公的に謝罪する必要性があるわけでもないことにおいて、赤の他人に謝罪を求めたり、謝罪する姿が見たいという感情をむき出しにすることは、僕にとっては理解が遠く及ばない部分ではあるのですが、程度の差と自覚の有無があるだけで誰もが持ち合わせている人間本来の感情なのかもしれません。

 ネット上には「謝ったら死ぬ病」というスラングがあります。悪事を働いたり失敗を起こした人が、開き直りのような態度を取ったりした際に使われる言葉であり、当然医学の分野で実際に存在するわけではない、個人を批判するためのラベリングに使われる「病気」です。

 とはいえ、こういった「病気」を罹患(りかん)する背景には、単純に自分の非を認めたくない、理解できていないといったような理由の他にも、言われるがままに謝罪すると状況をさらに悪化させてしまったり、そもそも本当は悪くなかったりするのに誤解された受け取られ方をされている、謝ったところで実際は許してくれるわけがないといった問題を孕(はら)んでいるため、発症の原因は理由によってさまざまです。ですが、分かりやすい言葉によるラベリングはそういう内情を無視して問題を単純化してしまいます。

 僕はこういった、いろんな背景を曇らせて認識の幅を狭めてしまう強い言葉があまり好きではないのですが、こういった問題を分かりやすくするという意味で、矛盾を承知にあえてこの毒の効いた表現を拝借したならば、ネット上には間違いなく「謝ったら死ぬ病」より「謝らせないと死ぬ病」と呼ぶべき人のほうが多いのかもしれません。

星井七億コラム

「謝らせないと死ぬ病」の深刻さ

 僕による造語なのでその定義は僕にしか差し出せず、また差し出す必要があるでしょう。「謝らせないと死ぬ病」患者の一番の特徴にして大原則には「当事者でない」「自分の感情が最優先である」という点が存在します。

 「当事者でない」というのはお分かりの通り、被害を受けた当事者が謝罪を要求しても、それはなにも不条理なことではありません。「自分の感情が再優先である」というのはもちろん、当事者でないことを理解したうえで感情を抑える能力を持っていれば、冷静に状況を鑑みてまず自分が相手に謝罪させる必要がないとわかり、行動で示せるからでしょう。

 「謝っても許さない」というのも大きな特徴かもしれません。それは「謝らせないと死ぬ病患者」は許すことより謝らせること、気持ちや誠実さよりも「謝る」という形式を重要視しているからです。よって謝罪させたい人間の感情や誠意を考慮することがないこと、そもそも「許す権利」自体を持ち合わせていないので、「許す」「許される」が永遠に成立しないのです。

 また「謝っても許さない」は「謝ったら死ぬ病」の抱く「謝っても許してもらえないから」という思いをさらに強くします。そうなると「謝らせないと死ぬ病」の持つ、謝っても許さないぞという感情がさらに強固になり……という負のサイクルが完成します。

 とはいえ先述のように、「謝ったら死ぬ病」とされた患者にもさまざまな事情があるように、「謝らせないと死ぬ病」にも個々人の背景があるもので、ここで書き記せない、把握しきれないような事情もあるのでしょう(そもそも僕が勝手に作った言葉であるうえ、そんなもので定義づけないに越したことはありません)。よって、一律的にそれを悪とすることはできません。ですが、もし自分が何かの事例に対し自分と無関係な赤の他人に「この人を謝らせないといけない」と思ってしまったとき、一度立ち止まって思考を整理して、「その相手はなぜ見ず知らずの相手に謝る必要があるか」「なぜ自分がその相手を謝らせないといけないのか」「謝らせたあと、自分はどうしたいのか」といった部分を見つめなおしてみるのもいいでしょう。アクションを起こすのは合理的な結論が出てからでも遅くはありません。

 当然、赤の他人を謝らせることそのものに快楽や達成感を得るタイプの人にとって、そういった熟慮の必要性などは最初から意味を持ちませんし、ヘタすればそっちのタイプがマジョリティである可能性すらあります。そうなると埒(らち)が開かなくなるので、無関係の人に謝ることを強要された人は「迷惑をかけた方々には謝罪させていただきました」と、必要な謝罪はしたけれど無関係の人間にはテコでも謝らないという姿勢を持つのもアリでしょう。謝るべきは必ず謝るというのは、当たり前であり一番重要な姿勢です。

 ところで、先の迷惑メールの件で「犯人の詳細をネットに晒して公に謝らせるべきだ」と僕に言い寄ってきた人に、「あなたに何か関係があるんですか?」とたずねたところ、「そんなこと言うなんて信じられない。そいつはみんなを騒がせたのに。あなたはどうかしている」と返ってきました。いいえ、あなたが勝手に騒いでいるんです……。

プロフィール

 85年生まれのブロガー。2012年にブログ「ナナオクプリーズ」を開設。おとぎ話などをパロディ化した芸能系のネタや風刺色の強いネタがさまざまなメディアで紹介されて話題となる。

 2015年に初の著書「もしも矢沢永吉が『桃太郎』を朗読したら」を刊行。ライターとしても活動中。


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