クマが“数の暴力”より“知恵”で統治する 奇妙なフランス・イタリア合作のアニメ映画「シチリアを征服したクマ王国の物語」レビュー(2/3 ページ)
こうした描写は間違いなく第2次世界大戦が終結した1945年、原作が書かれた当時に振り返ったヨーロッパの歴史を反映している。
中世を連想させる世界観でありながら、ファンタジーの怪物が主人公たちを危機に陥れていき、リアルな政治劇も繰り広げられる。そんな複数の要素が同居する作品性こそ、日本が世界に誇るマンガ『ベルセルク』を連想させる理由だ。
柄本佑と伊藤沙莉が1人複数役をこなす吹き替え版の魅力
本作の日本語吹き替え版は、なかなかチャレンジングな配役をしている。何しろ俳優の柄本佑が1人2役、さらには伊藤沙莉が1人3役をこなしているのだ。
本業声優ではない俳優のキャスティングに見る前は正直不安もあったが、これが見事なクオリティーだった。柄本佑は穏やかなおじさんの「語り部」と、ひょうきんで憎めない「魔法使い」を演じ分けており、同じ人には聞こえないほど。
さらに、伊藤沙莉は「語り部の弟子」に加え、物語の後半に登場する「少女アルメリーナ」と「幼少期のクマの息子」を演じており、ハスキーかつかわいらしい声と、真っすぐな性格を感じさせるそれぞれの演技が見事にハマっていた。
なお、本作では「シチリアを征服したクマ王国の物語」を語り部たちが話して聞かせる「劇中劇」の構成が取られている。柄本と伊藤が複数の役の声をこなしているのは、語り部とその弟子が「物語の中の登場人物も演じている」ということで必然性もあるのだ。
さらに、リリー・フランキー、加藤虎ノ介、寺島惇太、堀内賢雄も重要なキャラクターの声を当てており、それぞれが見事なハマり役。前述の通り本作は(シビアな作劇であっても)「子どもから大人まで楽しめるアニメ映画」であるため、知名度と演技力を併せ持つキャスティングが、素晴らしい吹き替えに結実していることがうれしい。
ちなみに、劇中劇の構成や、物語の後半に登場する少女アルメリーナは、原作にはいない映画オリジナル要素だそうだ。男ばかりだった物語に少女を登場させたのは、「破減へと突き進む者たちの過ちや弱さを嗅ぎ分ける、聡明で勇敢な少女に希望を託す」ねらいもあったという。彼女の存在は男性権威主義的な政治劇に一石を投じており、現代の作品としての価値も高めていると言えるだろう。
ルネサンス絵画の影響や実力派の脚本家の参加も
本作はアニメとしてのクオリティーも高い。アニメーション制作を担当したのは「レッドタートル ある島の物語」(2016)のプリマ・リネア・プロダクションズ。ルネサンス絵画を参考にしたという色彩は美しく、さらにはオーソン・ウェルズなど表現主義の映画作家が好んだシルエットの影や光の使い方にも影響を受けたという。
1シーンが1シーンが絵画のような美しさである上に、かわいらしいキャラクターが滑らかかつ生き生きと動くため、「今までに見たことがないアニメーション」を堪能する、眼福という言葉がふさわしい映画体験ができる。
しかも(そもそも原作が児童書なので当然とも言えるが)政治劇があっても全く小難しさがなく、誰もが見ても面白いエンターテインメントになっていることも美点だ。「君と歩く世界」(2012)や「ゴールデン・リバー」(2018)、さらに1月14日同日公開の「スティルウォーター」(2021)などの実写映画で活躍する脚本家のトーマス(トマ)・ビデガンも参加しており、妥協のない物語のブラッシュアップがあったのも間違いないだろう。
また、娯楽作として統制されたクオリティーの高さがある一方で、「えっ!?」と驚いてしまうトンデモな展開も見どころだ。クマ一団のピンチを「そんなことある?」と思うしかない方法で解決したり、終盤にはさらに予測不能なスペクタクルが待ち構えている。そこには正直に言ってツッコミどころもあるのだが、それもまた日本のアニメには絶対にない奇妙さが感じられて面白かった。
タイトルや「クマの一団VS人間たち」という設定にはイロモノっぽさも感じるかもしれないが、前半は分かりやすい冒険活劇。後半は謀略が渦巻く政治劇が展開し、娯楽性はたっぷり。さらにキャラクターも愛らしく、ハイクオリティーなアニメが82分という短めの上映時間に詰まっており、ずっと楽しく見ていられる。
劇場で見るアニメ映画として申し分のない出来栄えなので、アニメ好きの大人はもちろん、ぜひ親子で見る映画の選択肢にも入れてみてほしい。
(ヒナタカ)
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