この原稿を書いているいま、アニメ『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』(以下、本作)が終盤に差しかかっている(本記事公開時点で第1クールは放送終了、第2クールが2027年1月より放送予定)。
これが! もう! とんでもなく面白いので、未見の方には花丸つきでオススメさせてもらう。
いわゆる「女性向け」の作品なので、男性視聴者のなかには、敬遠とまではいかずとも後回しにしている人も少なくないかもしれないが、おそらく男性でも十二分に楽しめるはず。意外性に満ちた巧緻なストーリーテリングと鮮烈なキャラクターが、観るものを魅了する。
※以下、『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』の一部内容に触れています。ご注意ください。
ライター:海燕

ジャンル横断エンタメライター。主にマンガ・アニメ・ゲーム・映画を題材に、読者が感じる違和感や評価の分かれ目を言葉にする記事を執筆。最近の仕事は『このマンガがすごい!2025』CLAMP特集、マルハン東日本「ヲトナ基地」連載など。
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「入れ替わりもの」のバリエーション
物語は、ある国の姫君である黄玲琳(こうれいりん)が、彼女の立場を妬み、憎む朱慧月(しゅけいげつ)によって、その体を奪われるところから始まる。
大ヒットした『君の名は。』などを思わせる、いわゆる「入れ替わりもの」なのだが、この場合、入れ替わったことは本人たち以外に誰も知らず、玲琳は万人に愛される雛女(ひめ)から、多くの罪を背負った「悪役令嬢」の身に落とされることになる。
設定的には『君の名は。』よりも、なつかしの名作映画『フェイス/オフ』などのほうが近いかもしれない。あれもまた面白かった。
もっとも、設定のもとになっているのは、もちろん『フェイス/オフ』ではなく、「小説家になろう」(以下、「なろう」)などで女性向けに多数書かれている「逆転もの」だろう。
たとえば、聖女が悪女の汚名を着せられるといった逆転展開の作品は、「なろう」において何千、何万と書かれている。その意味で、本作の設定にも特別な新鮮味があるわけではない。
しかし、この物語の面白みはここから。ネタバレになってしまうが、慧月に肉体ごと人生を奪われてしまった玲琳は、落ち込み嘆くどころか、喜び勇んで自由な境遇と健康な肉体を楽しむのである!
なんと、虚弱な体に生まれ、それまで清楚で貞淑な姫君と見られていた彼女は、滅多なことではへこまないとんでもない鋼メンタルの持ち主なのだった。
よくある「悪役令嬢もの」の定石をさらにひっくり返しているわけだが、罪人の身に落とされてなお生き生きと、健やかに過ごす玲琳の魅力は圧倒的で、周りの人間たちは知らず知らずのうちに彼女に魅了されていく。
一方、玲琳のすべてを奪い取ってわが世の春を過ごすはずだった慧月のほうは、その肉体のあまりの病弱さに打ちのめされることになって――と、話は続いていく。このあたりのコミカルな展開の魅力は、実際に作品を見て味わってほしい。
少女たちの奇妙な友情
他の人間であったなら泣いて暮らすに違いない境遇にあって、しかし、へこむことなくその人生を謳歌しはじめる玲琳のキャラクターはきわめて独創的だ。周囲から罵倒され、いやがらせを受けても、少しも傷つくことなくニコニコしているあたり、いくら何でも「おもしれー女」にも程がある。
とはいえ、先述した通り、視聴者の予想を裏切り続ける本作の巧みなストーリーにしても、さまざまな先行作品の上に築かれたものであることは間違いない。
おそらく、この文章をお読みの多くの方は、「悪役令嬢」という概念をご存知のことと思うが、「悪役令嬢もの」はネット小説を中心に百花繚乱、じつにさまざまなバリエーションを生み出してきた。本作はその常識を踏まえたうえで、うまく反転させているわけである。
だがこれが、玲琳がひたすらに「無双」するだけの話であったら、面白くはあっても深みには欠けるところだったかもしれない。さらに面白いのは、話が進んでいくほどに、「ただの悪役」であったはずの慧月が可愛らしく見えてくることである。
どんな過酷な環境に突き落とされても、まるでめげない鋼メンタルというかオリハルコンメンタルの玲琳と比べ、まったくもって「ふつうの女の子」である慧月は、話が進むにつれてさまざまな負の感情を見せていくのだが、まさにそれゆえに“ある種の魅力”を感じさせるキャラクターとなる。個人的には、超人的な精神力を持ち、非の打ち所がない完璧な令嬢である玲琳よりも、逆境にあってはオロオロし、自分より遥かに優れた玲琳に対して強い嫉妬を覚える慧月のほうが、人間味があって好きだ。
もっとも、彼女の魅力は、アニメだけでは十全に発揮されているとは言いがたいかもしれない。慧月が玲琳に負けず劣らずの魅力を示しはじめるのは、アニメ(第1クール)が終わったその先の展開になるので、気になる方はぜひ原作をチェックしてみてほしい。アニメを見ただけでは信じられないかもしれないが、いや、この子、ほんとうに可愛くなるんですよ。
『本好きの下剋上』や『薬屋のひとりごと』との共通点
それにしても、本作を観ていて、あらためて気づかされたことが1つある。
その道の識者には「何をいまさら」といわれるようなことかもしれないが、本作を含め、『薬屋のひとりごと』『本好きの下剋上』『魔導具師ダリヤはうつむかない』『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』といった、最近人気を集める女性向け小説原作のアニメには、ある1つの特徴というか共通点がある。
つまり、これらの作品においては、周りの男性から「溺愛」される主人公は、その一方で「自分の世界」も強く持っているのだ。
たとえば『薬屋のひとりごと』においては「毒」だし、『本好きの下剋上』においては「本」なのだが、これらの作品の主人公たちは、いくら作中の男性陣(ヒーロー)に「溺愛」されても、あまりその好意に夢中にならない。もっと好きなもの(自分の世界)があるからであろう。
玲琳にしてもそうだ。彼女は健康な肉体を手に入れるや否や、農業などの「自分の世界」に夢中になる。恋愛にまったく無関心というわけでもなさそうだが、少なくとも「恋心で頭がいっぱい」というわけではないようにも見える。
このあたり、いかにも現代のキャラクターという感じではないだろうか。かつての少女向けマンガや少女向け小説には、なによりもまず恋愛といった少女キャラクターもたくさん登場していた。しかし、本作にせよ、『薬屋のひとりごと』にせよ、いわゆる「溺愛もの」の甘いストーリーには違いないのだが、一方で相思相愛とは何かが違っている。別段、恋愛の障害になる要素がたくさん出てくるわけではないにもかかわらず、主人公の恋愛ごとに対する執着が薄いのだ。
いったいこの点をどう解釈するべきなのか、意外に難しい気もするが、こういった性格づけによって玲琳や『薬屋のひとりごと』の猫猫(マオマオ)などが、ある種、“恋愛からの自由”を手に入れていることは確かではないだろうか。
そういった恋心のしがらみから解放されて、彼女たちは自分の好きなものを楽しみ尽くしている。そして、そのとき、彼女たちにとってしばしば男性キャラクター以上に重要な存在になるのが、同性の友人であることも重要なポイントであるように思われる。その意味で、「聖女」と「悪女」の奇妙な友情を描く本作は、一つの重要な典型と言っていいだろう。
何はともあれ、とにかく面白いのでぜひご覧あれ。個人的には、2020年代の女性向け作品の最高傑作の一つである。いやあ、堪能させてもらいました。続きもアニメ化してほしいですね。


