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一面を雪と氷に囲まれた北極圏の山。その斜面から突き出すように、ぽつんと一つだけ立つ無機質な入り口があります。いったい、この扉の向こうには何があるのでしょうか……?
北極圏にぽつんと立つ“謎の扉”。その先に待つのは……
扉の正体は、世界各地の農作物の種子を守る「スヴァールバル世界種子貯蔵庫(Svalbard Global Seed Vault)」。2008年に開設された施設です。
この貯蔵庫があるのは、ノルウェー領スヴァールバル諸島最大の島、スピッツベルゲン島です。北極点から約1300キロ離れた場所にあります。
2026年6月、この貯蔵庫が大きな節目を迎えました。11の遺伝子バンクから新たに1万5387点の種子サンプルが同施設に運び込まれ、保管数は合計140万1285点となって140万点を突破。2008年の開設以来、今回が70回目の寄託となりました。
今回の寄託で加わったのは、コメや小麦、大麦、トウモロコシ、トマト、キュウリ、ナス、豆類などさまざま。西アフリカのブルキナファソとニジェールからも初めて種子が預けられました。
施設には3つの保管室があり、全体で最大およそ450万点の種子サンプルを収容できます。ただし、珍しい植物を集めた博物館ではありません。世界各地の遺伝子バンクが保管する種子の複製を預かる、巨大なバックアップ施設です。
なぜ北極圏の山の中? マイナス18度で保管
この施設が北極圏に造られた理由のひとつが、スヴァールバルの寒冷な環境です。
種子を収める保管室は、長期保存に適したマイナス18度に保たれています。施設は山の岩盤深くに造られており、周囲の永久凍土も温度上昇を抑える助けになります。
乾燥させた種子は気密性の高い袋に密封し、箱に入れて棚へ保管。施設が開かれるのは、新しい種子を受け入れる時など年に数回だけです。
預けた種子の所有権は寄託した機関に残り、原則として取り出せるのもその機関だけ。銀行の貸金庫にも似た「ブラックボックス方式」で管理されています。こうした役割から、この施設は「ノアの箱舟」にもなぞらえられてきました。
“世界滅亡の日”だけの施設ではない
この貯蔵庫は「Doomsday Vault(終末の日の貯蔵庫)」と呼ばれることもあるため、地球規模の大災害に備える施設という印象を受けるかもしれません。
しかし、実際には戦争や自然災害、設備の故障などで各地の遺伝子バンクが種子を失った場合に、スヴァールバルに預けた複製からコレクションを再建する役割があります。そして、この仕組みは、すでに実際に使われています。
たとえば、シリア内戦の影響でアレッポ近郊にあった乾燥地域国際農業研究センター(ICARDA)の遺伝資源を利用できなくなった際、同センターはスヴァールバルに保管していた種子を取り出しました。その後、レバノンやモロッコでコレクションを再構築し、増やした種子の一部を再びスヴァールバルへ戻しています。「もしものため」の備えが、本当に役立った例でした。

今は使わない種子が将来、役に立つことも
ここに預けられているのは、現在広く栽培されている作物ばかりではありません。今ではあまり見かけなくなった品種が、将来、思わぬところで必要になる可能性もあります。
たとえば、暑さや乾燥に強いもの、特定の病気に耐えやすいものなどです。気温の上昇や干ばつ、病害虫による被害が深刻になったとき、そうした特徴が新しい品種をつくる手がかりになるかもしれません。
一度失われてしまった品種は、あとから必要になっても簡単には取り戻せません。だからこそ、各地の遺伝子バンクだけでなく、遠く離れた場所にも複製を残しておく意味があるのです。
このスヴァールバル世界種子貯蔵庫を設立したのはノルウェー政府で、現在はノルディック遺伝資源センター(NordGen)やクロップ・トラストとの連携によって運営を続けています。
雪に覆われた山の入り口だけを見ても、その奥に何があるのかは、なかなか想像できません。しかし、内部には140万点を超える種子サンプルが並んでいます。今すぐ使われなくても、何十年か先、どこかの農地で必要になるかもしれない――そんな未来への備えが、この山の中にあるのです。
なお、普段は一般公開されていない施設ですが、2023年から創設15周年を記念して、オンラインのバーチャルツアーでの内部見学が可能になりました。長いトンネルや種子を収めた保管室、各国から届いた箱が並ぶ様子まで見ることができるので、気になった人はのぞいてみてはいかがでしょうか。

