いまの時代だからこそFM音源がイイ――そして超大型野外ゲームフェスを企む佐野電磁氏の野望
いまの時代、ゲーム音楽のほとんどはPCM音源か、生演奏をCDに録音して流すようになっている。しかし、パソコンゲームが全盛だった時代、一世を風靡した音源があった。それを使った着メロが配信されるというだけでなく、作られた楽曲を集めてCDをリリースするという。そこで、企画を立ち上げた中心人物の1人、佐野電磁氏に話を伺った。その口から語られた野望とは!?
FM音源のみで曲を作るという異例のプロジェクト・始動
いまや、ゲームには欠かせない存在となったBGMだが、これには長い歴史が存在する。中でも、一時代を築いたと言えるのが、FM音源で奏でられる曲だ。当時、NECの「PC-8801mkIISR」が採用し、それをきっかけに一気に広まったとも言えるFM音源。そのインパクトはものすごく、それまでチープな曲しか出せていなかったPCゲームに、まさに革命を起こしたと述べても過言ではないだろう。Windows3.1が普及し、CD-DAベースの音源に取って代わられるまで、長い間主役であり続けた。もちろん、アーケードゲームに大きな影響を与えたことも確かだろうし、いまの携帯電話にもFM音源を採用しているのがあるのは、意外に知られていない事実だったりもする。
生音と違い、制約の厳しかったFM音源だが、それ故にサウンドクリエイターの腕の見せ所も多く、数多くの名曲が生み出された。当時のゲーム音楽に関して、サウンドトラックが数多く発売されていることからも、いかに優れた曲が多かったかが分かるだろう。そんなFM音源を現代に蘇らせ、さらに“FM音源のみ”で曲を作ろうという、壮大でとんでもないプロジェクトが立ち上がった。中心人物は、プレイステーション 2版ソフト「ドラッグオンドラグーン」や、「リッジレーサー」シリーズなどの曲を手がけた佐野電磁氏だ。
FM音源にリスペクトとのコンセプトの下、14人の有名クリエイターが集う
ゲームとともに一時代を築いたFM音源にリスペクトしようとのコンセプトを下に、立ち上げられた本プロジェクト。佐野氏は「実は昔、FM音源で挫折したんですよ。アナログシンセを触っていたんですけれど、そのノリでやってもうまくいかず……。そのコンプレックスを20年以上も持っていたのですが、この企画でようやく昇華できました」と言う。とはいえ、いまの人にはFM音源という単語すら分からない人が多い。それに対して佐野氏は「諸先輩の言っていることが分からないぐらいが丁度良い」と語る。「若い連中はWebで知識を吸収して覚えるし、30歳を過ぎた人たちは自分たちの青春時代とかぶっているから、すぐに分かってくれる」と。
プロジェクトに参加しているメンバーを見てみれば、ゲーム好きならば聞いたことがある人たちばかりなのが分かるだろう。名前と代表作を挙げていくと、
- 相原隆行氏――「ソウルエッジ」&「リッジレーサー」シリーズ
- 伊藤賢治氏――「ロマンシング サ・ガ」シリーズ&チョコボの不思議なダンジョン2
- 岡部啓一氏――鉄拳3&AIR COMMBAT21
- 大久保博氏――もじぴったん大辞典&「リッジレーサー」シリーズ
- 古代祐三氏――「イース」シリーズ&ソーサリアン
- 桜庭統氏――「スターオーシャン」シリーズ&マリオテニス/ゴルフ
- 下村陽子氏――「フロントミッション」シリーズ&聖剣伝説 レジェンド オブ マナ
- 高橋弘太氏――「風のクロノア」シリーズ&ワールドスタジアムEX
- なるけみちこ氏――「ワイルドアームズ」シリーズ
- 細江慎治氏――ドラゴンスピリット&「ビートマニアIIDX」シリーズ
- 古川もとあき氏――グラディウスII&悪魔城伝説
- 三宅優氏――「塊魂」シリーズ&レーシングエヴォリューション
- 渡部恭久氏――サイバリオン&メタルブラック
などなど、佐野氏を入れた総勢14名となっている。古いゲーマーであれば、古代氏や渡部(yack)氏の名前は知っているだろうし、プレイステーション以降のゲームファンなら桜庭氏やなるけ氏などの曲はお馴染みだろう。通常、これだけのサウンドクリエイターが一堂に介することはまず考えられず、それだけ今回の企画が力の入ったものだということが分かるはずだ。
制作順調! と、いくはずもなく、さまざまな裏話も
豪華なサウンドクリエイターが集まって制作が開始された本プロジェクトだが、最初に依頼した段階では皆、あっさりと引き受けてくれたという。とはいえ「もう2つ返事以下。1つ返事ぐらい(笑)。皆、半笑いで受けてくれました。知り合い以外の面識のない人には、メールなどで頼んだりもしました。字を書くのは苦手で、曲を作った方が早いんですけれど。でも、みなさん反応が早かったです。引き受けた後の各自の言い分が面白くて、FMだけでは無理という人もいれば、PSG(ファミコンに代表される音源)で行こう! という人もいて(笑)」と言うように、頼んだあとも一波乱あったようだ。
また、FM音源という制約は佐野氏本人にも降りかかってくるわけで「自分で言っておきながら、悩んでたところもありますね。できないときは、ホントに進まない」と、本音を吐露。このあたりのことは、FM音源マニアックスに掲載されている「佐野電磁のFM作曲24」で詳しく書かれているので、そちらも合わせて見ると作曲の大変さが分かるだろう。
また、人によってはとんでもなく長い曲を作ってきた人もいたそうで、着メロとして使うサビ部分の選定や、最終的にCDに収録する際にも苦労したとか。「一応、4分という制限を付けたんです。でも、古代さんは6分半の曲を作ってくれちゃったんですよ(笑)。ここまでくると、もはや大作ですよね。きっと、6分半という尺で、空から何かが降りてきたんでしょう。しかも、聞いていて飽きないわけですから、スゴイです」。そしてもう1人「三宅(氏)も長いんだよねー。あのままでもCDに何とか入るけれど、もしダメなら後輩だからということで、何とか削らせよう(笑)」などなど。だが「彼も凝り性で、『塊魂』も、まさに彼のこだわりの塊。っていうか俺なら逃げ出す」と佐野氏が評するほど、音楽にかける情熱はスゴイようだ。
こういった素晴らしいサウンドクリエイターの名前が、あまり表に出ないことについて佐野氏は「もうちょっと名前が出るといいんですけどね」と漏らす。そして、サウンドクリエイターが有名になるための話と合わせて、自らの夢を語ってくれた。
夢の“フジゲームフェスティバル”で、サウンドクリエイターとファンの交流を!
「『フジロックフェスティバル』というのがあるじゃないですか。あれのゲーム版となる“フジゲームフェスティバル”をやりたいんですよ。いままでのゲーム音楽を一日中流すだけじゃなくて、ゲームのものすごく上手な人を招いてのライブ!(笑) 『スーパーマリオブラザース』を15分でクリアする、なんていうのを生でやってもらったり。ゲームと野外って、全く関連性がないんですけれど、それがいいんですよ」と、大いなる野望を披露してくれた。「高橋名人にも来てもらい、『スターソルジャー』をプレイしながら盛り上がるのもいいですよね」などという話も飛びだした。
また、実際に盛り上がるだろうかとの不安に対しても「皆がノートPCを持って下を向いていてもいいんですよ。キーボードを打ち出して、いきなり曲の感想をブログで書いていても。他人が見たら“なんだこいつら”と思うかもしれませんけれど、インターネットでは盛り上がっているんですから(笑)」というように、まったく問題ないと笑顔で語ってくれた。「会場にプロジェクタを持ち込んで、掲示板に書き込みが延びているさまをリアルタイムで表示したい」など、夢はふくらむばかり。
しかし、そこに込められている思いは、実はそれだけではない。「いまや、ゲーム業界にはお祭りがないじゃないですか。だからこそ、今回のFM音源祭りを仕掛けたわけです」という。フジゲームフェスティバルが実際に動き出せば、お祭りからショービジネスへと変貌を遂げてしまった昨今のイベントへのアンチテーゼとして、サウンドクリエイターがゲームファンとふれあう場所として、すてきなイベントになってくれるのではないだろうか。そう思うのは自分だけではないはずだ。
向こう5年ぐらいかけて実現できればということで、いまは多くの人に語って理解してもらう段階だという佐野氏。閉塞感が漂うゲーム業界で氏の思いが実現すれば、間違いなく大きな風穴をあけることだろう。ビジネスであることには間違いないが、やはりゲームはユーザーと楽しむもの、という基本を、改めて教えてもらったような気がする。ただし、いきなりフジゲームフェスティバルは敷居が高いということで「クラブを一晩借り切って、FMナイトフェスティバルのようなものを、まずやってみたいですね」という小さな一歩も考案中のようだ。
最後に、リリースされるCDを待っている人にメッセージをと聞いたところ「待っている間に、人にドンドン広めてほしい」との答えが返ってきた。「今回の話が大勢に広まり、曲の良さが分かってもらえれば、フジゲームフェスティバル開催が近くなってきますから!」との熱い主張。数年後に開催されるかもしれないフジゲームフェスティバル、その第1歩は、このCDを買うことから始まるのかもしれない。
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