稲船敬二氏かく語りき「日本のデベロッパーは臆病である」と――PC版「ロストプラネット」開発も明かす:GDC 2007
次世代ゲーム機を前に、ゲーム開発に二の足を踏む経営サイドと対峙するカプコンの稲船敬二氏は、自身の経験を通してゲーム開発における“信念”を語る。「ロストプラネット」のPC版についても言及。
「日本のデベロッパーは臆病」
「A Conversation with Keiji Inafune(稲船敬二との対話)」のタイトルのみ。事前にそれだけしか発表がなかったセッションが、現地時間の3月8日に催された。どうやら次世代ゲーム機におけるゲーム開発について、質問に答えていくという主旨らしい。タイトルどおり、カプコンの稲船敬二氏を招き、一問一答方式で進行。Xbox 360の「デッドライジング」や「ロストプラネット」など、次世代ゲーム機におけるゲーム開発がいかに進められてきたのかを知る機会となった。
稲船氏は冒頭、次世代ゲーム機でゲームを開発することについて「日本のデベロッパーは臆病なところがあって、次世代機の開発ということになると、資金もかかるし、時間もかかるということで、新しいタイトルを作るのは難しいのが現状」と切り出す。
稲船氏 実は僕自身、新しいタイトルというのは新しいハードが発売するときに開発するのがいいんじゃないかと思っています。それは、ユーザーが新しいハードでは新しいソフトを求め、期待して買うわけです。シリーズものや既存のタイトルを求める声もありますが、新しいハードなのですから、そのハードでしかできない何か新しいものをやりたいという気持ちのほうが強いんじゃないかと。
稲船氏は以前から新ハードでは新しいゲームを供給することが必要という“信念”を持って開発に望んでいるという。事実、カプコンはプレイステーションで「バイオハザード」を、プレイステーション 2の際には「鬼武者」を、Xbox 360では「デッドライジング」と「ロストプラネット」の2タイトルを発売した経緯がある。その挑戦こそが、ユーザーに受け入れられた要因だと説明する。
稲船氏 2本同時にXbox 360で開発したことは非常に重要で、ある種の保険という意味合いもあります。どちらかが当たってほしいという。技術的にも新しいハードで開発するのに不安がわくものです。その点、2本同時であれば、足りない部分をお互いのチームで補い合っていける。また、2本同時に進めていることで、カプコンは日本のデベロッパーの中で臆病じゃないということを見せつけることもできた。
当然、海のものとも山のものとも分からない新ハードの立ち上げ時に、2本同時に開発できたのかという疑問がわく。
稲船氏 実はカプコンの経営者も臆病でした。最初から簡単に承認を得られたわけではありません。Xbox 360でオリジナルタイトル2本をすごい金額をかけて出しますと企画書を出した際、「いいわけないだろ」と断られました。それであれば、面白いと理解させるために見せてやればいいと3〜4カ月かけて、プレイステーション 2やXboxなど当時のハードでプロトタイプを製作し、経営サイドに見せました。すると、面白そうだけど、イエスとは言えないとまた経営サイドに蹴られてしまった。これは説得するしかないということで、新しいハードに対して、新しいゲームを提供する重要性や、このゲームがいかに面白く、日本市場だけでなく欧米市場を狙えるタイトルだということを、6カ月近くかけて訴え続けたわけです。もちろんその間、開発を止めるわけにはいかないので、反対を押し切って開発チームを動かしていました。なんとかそうやって既成事実を作り、無理やり通すことができました。こういうタイトルを2つも通すのは、正当なやりかたでは厳しい。強引に信念を持って、経営者と闘って行く姿勢が大事なんです。
稲船氏は、ゲームの作り手は、お金を出す経営サイドと常に戦い続けていくことが責務と答える。簡単に諦めてしまってはヒット作なんて生まれないというのだ。今までのカプコンのヒットタイトルは、ほとんどそうやって戦いながら生み出された。「バイオハザード」ですら発売直前で中止になりかけたし、「鬼武者」もどうやら無理矢理、「バイオハザードタイプのサムライゲーム」と嘘をつき途中まで進めていたと明かす。経営サイドとの考え方が違うのは当たり前で、新作を開発している今でもその戦いは続いていると語る。
例として稲船氏は「デットライジング」の開発中、経営サイドは直前までヒットするとは思っておらず、海外を中心にヒットしてから慌てて追加のプロモーションを決定した経緯があると胸をなで下ろす。というのも、開発中は当然、日本国内で開発しており、日本人が評価をしていた。だから、ゾンビをさまざまな武器で倒していく“むごい”表現に内包する“ユーモア”をなかなか理解してもらえなかったと解説。レーティングの観点からも日本では発売されなくてもいいという思いすら浮かんだとのこと。
理解の問題以外にも、次世代ゲーム機の開発にはさまざまな障害がつきまとうという。次世代機での開発で困ったこととして稲船氏は、ツールの遅れとバグを挙げる。特に「デッドライジング」では、ツールの遅れが命とりになることが多く、手違いがあったりと、相当苦しんだようだ。また、エンジンを自社開発していたのだが、そのエンジンを作りながら開発を進めていくのもしんどかったと吐露する。エンジンが完成しないと、ゲームも完成しない。新しいエンジンに関しては「デッドライジング」で試しながら、「ロストプラネット」で活用する形をとっていった。つまり、デッドランジングチームのミスが、ロストプラネットチームに波及するわけだ。
さて、そんな苦労して完成したエンジンは、Xbox 360以外の次世代・新世代ゲーム機に応用できるのだろうか? その点について稲船氏は、エンジン製作にはある“課題”があったと説明する。
稲船 今までは、ゲームのエンジンを作る際、エンジンはそのハードの特性を最大限引き出せるよう特化していました。しかし、今回カプコンとしては次世代機に関して、ゲーム開発会社として生き残るために、Xbox 360、PS3、PCを共有することを前提としています。Xbox 360ベースではありますが、今あるエンジンはPS3に負荷をかけずに応用できます。その証明として現在、同じエンジンを利用して、PS3の「デビルメイクライ4」を作っています。発表より先になってしまいますが、PC版の「ロストプラネット」にも応用しています。ただ唯一、Wiiだけは無理です。ですからWiiに関しては、「バイオハザード」のGC版開発の際、製作したエンジンを活用していければと考えています。
こうして完成した「デッドライジング」だが、物理シュミレーションがあまり優先されていないのではないかという疑問が投げられる。要は最新技術についてあまり取り入れられていないという疑問だ。
それについて稲船氏は、日本人と欧米人との感覚の差を挙げる。日本人は技術的側面にあまり感心を持っていないのが現状と分析したわけだ。欧米人は新しい技術をすぐに取り入れる前向きな気持ちを持っているが、日本人はどちらかというと、技術よりは感覚的や感性的なほうを評価する傾向にあり、どうしても先進技術に関して遅れがちになると解説。あえて意識しないと取り入れにくい環境とも。最新のエンジンを利用するにも、それにかかる何億という資金を前に経営陣から「必要ないだろ?」と一蹴されることも多いという。ミドルウェアを賞賛をもって取り入れていく感覚なり環境なりはもっと持つべきだろうと感想を述べた。
これを受け、後悔はないかとたずねる質問者。もしも、開発途中に戻れたら? という過程の話が振られるも、稲船氏は過去に執着して後悔はしないと断言する。ただ、Xbxo 360があまり普及していない日本でも受け入れられたし、欧米人がどういう反応を示すのかも理解できたことは有意義であり、続編を作る際には参考にしていきたいと意欲を見せる。
「デッドライジング」は、開発をするにあたりスタッフにゾンビ映画を見せ、世界観の面白さを理解させてから取り込んでいる。そしてさまざまな意見も飛び出していたと振り返る。例えばセーブポイントでは、トイレを利用しているが、このトイレひとつとっても賛否両論だったそうだ。
稲船氏は、必ずトイレにいかないとゲームが進まないというシステムを要求したが、チームからの意見で外されている。ただ、トイレが重要という意見は活かされ、セーブポイントになったのだとか。本来はもっと生活感のあるゲームにしたかったらしく、ゲーム中眠らなくてはならないし、トイレもいかなくてはならないようにするつもりだったらしい。ただ、それだとゲームなのかなんなのかわからなくなってきてしまい断念したと明かす。ゲームにするために排除したことは多いと稲船氏。誰かを助けるわけではなく、1人だけが生き残るというコンセプトにしても、選択を余儀なくされたのだとか。
稲船氏 本当はシミュレーションにしたかったんです。もし、本当にゾンビがいっぱいの中に閉じこめられたという。ゾンビに立ち向かう人もいれば、隠れて1人だけ生き延びようとする人もいる。そういう自由に考えられるゲームにしたかったんです。ただ、すべてを助けることは、自分はありえないと思っています。必ず選択しなくてはならず、その際、自分の気持ちはどうなのかを入れたかった。だから今のに落ち着いたわけです。
なぜクローバースタジオが解散に至ったかにも触れる
セッションでは、ほかにもさまざまな質問が飛び出した。
―― 次世代ゲーム機などで新しいマスコットキャラクターを登場させる予定は?
稲船氏 カプコンとしては、新しいマスコットキャラクター、世界中の小さな子供から大人に愛されるキャラクターを生み出したいという気持ちは常に持っています。僕がもともとキャラクターデザイナーだったということもあり、思い入れも強い。いつかそういうキャラクターをカプコンから生み出したいと考えています。どうしても次世代機では、リアルなものが主流で、マスコット的なものは受け入れられない環境にあるが、WiiやニンテンドーDSなどでは、新しいマスコットキャラクターを生み出せるのではないでしょうか。新しいキャラクターとなりうる新作の発表を近々できるかもしれないので、期待して待っていてください。
―― とはいえ、ニンテンドーDSなどでは、依然任天堂キャラクターが強いようですが。
稲船氏 「ロックマン」に関しては特にアメリカでファンが多いんです。日本ではなかなか大人から「ファンです」と言ってくれる人はおらず、低年齢ユーザー向けという意識のほうが強い。PS3やPSPよりは、ニンテンドーDSのほうが子供にとって馴染み深い。だからニンテンドーDSで発売せざるをえないわけですが、そうなると任天堂さんの強豪タイトルとぶつかるのは致し方ないことです。彼らに勝てないとヒットはないですし、ライバルとして意識しつつ、任天堂さんのタイトルを勉強して参考にしています。
―― 「大神」や「ビューティフルジョー」など、作品は良作だったクローバースタジオが解散しました。その問題点は?
稲船氏 (怒られるかもしれませんがと前振りしながら)ゲームは“商品”だと思っています。“芸術作品”ではないんです。これがピカソやゴッホの作品なら“素晴らしい”で十分。極端に言えば売れなくていいわけです。でも、ゲームはプロダクトであり商品です。プロデューサーがそこを考えないといけません。「大神」も「ビューティフルジョー」もゲームそのものは素晴らしいと思っています。ディレクターの仕事までは完璧でしたが、プロデューサーの仕事はできていなかった。プロデューサーはいいゲームを作らせ、営業含めて売ることができるかです。いいゲームができたあとの仕事が大事で、たくさんのユーザーにあまねく伝え届けることが仕事でもあります。レビューの点数を上げることも大事ですが、ユーザーには向いていなかった。自分は、クローバースタジオにプロデューサーが不在だったと思っています。そこが失敗でした。だからいいクリエイターやディレクターがいても、いいプロデューサーがいないと販売につながらないという例でもあります。
―― Xbox 360での開発の場合、欧米を意識せざるをえませんが、それで自ら持つビジョンを制限する要素となりえますか?
稲船氏 ゲーム開発者は開発に携わった当初、ユーザーのことを考えていないものです。いかに自分が面白いかだけを考えています。要は自分がやりたいゲームが基本にあるわけです。それにはいずれ限界が来ます。途中でユーザーと自分とのギャップに気がつくのです。販売が伸びないなど、自分が面白いと思うものと、ユーザーが面白いと思うものが同じとは限らないと、エゴに気がつく。だから途中からユーザーのことを考え始めます。そこで身近なユーザーということで、日本のことを考える。でもまた壁が来ます。例え、日本で受け入れらても、なぜ海外ではダメなのかと。当然、文化や生活習慣が違うのですから、当たり前なのですが、ここで開発者は2つの選択肢があるわけです。日本だけでいいやと思うか、欧米でも受け入れられるものを作ろうと挑戦するかです。僕はもちろん後者なのですが、失敗は覚悟の上です。たくさんの失敗を経て、少しずつ欧米を理解しているところです。だから制限とは僕は思いません。これからも世界に向けたタイトルを出していくつもりですし、今度はもっと成功できるという感触を持っています。
―― 日本ではニンテンドーDSが席捲してますが、こうした1ハード独走状態をどう思いますか?
稲船氏 ニンテンドーDSの人気は、発売当初僕もここまでくると思っていませんでした。ある程度は売れるとは思っていましたが、こうして日本のゲーム市場を独占しつつあります。そういう意味では、今まで先進的な次世代ゲーム機がゲーム市場を勝ち取ってきていた歴史を覆し、技術的にちょっと後退したハードが地位を得たので驚いています。ただ、開発費の高騰を見直すチャンスにもなったのではないでしょうか。何十億かけなくても少額で同じ売上を出せると証明したわけです。若いクリエーターが参加しやすくなったのも大きい。大ヒット作品を得るため、何十億円も若いクリエーターに簡単にまかせることができません。だけど、ニンテンドーDSならそれほど資金をかけずに、若い人に当たらしチャレンジをしてもらえる。こうした新しいものを生み出す機会を得たのは、ゲーム業界にとってはよかったのではないでしょうか。経営サイドにしても、開発者にとっても、若い人にチャンスは与えるべきなんです。だから、任天堂さんには感謝しなくてはならないと思っています。
最後に稲船氏は質疑応答で、「臆病風に吹かれず経営陣にも立ち向かえる稲船氏でも、なぜ交渉に6カ月を要し我慢できたのか? チームともコネクションが取れていない(トイレの使用についてチームから反対があったことを受け)ように感じたが?」という質問が投げかけらた。
稲船氏は、自分も臆病だがやりたいことは突き通す信念を持っていると強調する。そのためなら、6カ月だろうと、1年だろうと説得するのはいとわないと。途中でリタイアし、会社を出て行くこともできるが、自分は諦めたくないという。言うことを聞いてくれないから辞めるのではなく、言うことを聞かせてやるという気概を持って望みたいというのだ。また、チームというのは、絶対君主に忠実に従うだけではなく、たてつけないようでは機能しないもので、そうでなくては多面的ないいゲームは作れないと自身の柔軟性を説く。それで面白いゲームが作れれば問題ないのではないか、と。
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