ショパンがいまわの際に見た夢とは?――実在した音楽家をモチーフにした異色のRPG「トラスティベル 〜ショパンの夢〜」レビュー(1/2 ページ)

ロマン派を代表する音楽家で、特にピアノ曲で数多くの傑作を遺したショパン。39歳という若さでこの世を去った天才作曲家は、その命が絶えるとき、いったいどんな夢を見ていたのか。バンダイナムコゲームスが放つ新作RPG「トラスティベル」は、その着想の奇抜さとXbox 360ならではの美しいグラフィックに舌を巻く。

» 2007年06月27日 00時00分 公開
[小泉公仁,ITmedia]

題材や世界観にオリジナリティを感じさせる期待作

 ちょうどいまから1年前、「トラスティベル 〜ショパンの夢〜」の制作が公表されたときには、ずいぶんと変わったところに目をつけたなあ、と思った。著名な作曲家であるショパンをモチーフにしていることや、彼が亡くなる3時間前に見た夢というシチュエーションには、大いに心がひかれ、これまでにないRPG作品の登場を予感させた。

 1810年にポーランドで生まれたショパンは、ロマン派を代表する音楽家の1人。早くから卓越した作曲能力を開花させ、「別れの曲」や「幻想即興曲」など、現在でも広く親しまれている名曲を数多く書いた。ほかの作曲家の多くは、交響曲、管弦楽、歌曲など、さまざまなジャンルの楽曲を手がけているのに対し、ショパンはピアノ曲の数が群を抜いて多いという点で特異な存在だ。ピアノ協奏曲も書いているが、それもわずか2曲だけで、作品の大部分はピアノ曲の小品で占められている。その作風は、甘やかで繊細、抒情的、そしてメランコリック。その一方で、故国ポーランドの民族舞曲をベースにしたマズルカやポロネーズも多く作曲しており、「英雄ポロネーズ」のような勇壮で力強い楽曲を書くという一面もある。作曲家として、またピアニストとしても早くから名声を得ていたショパンだが、結核に長く苦しみ、1849年、39歳という若さで亡くなっている。

 短い生涯の間にショパンが書いた楽曲の数々は、映画やテレビ、CMなど、現在でもいたるところで使われているので、誰もが一度は耳にしているはず。たとえ「ショパンの曲といわれてもひとつも思い出せない」という方でも、この言葉を出せばメロディが頭に浮かぶだろう。とある胃薬のCMで昔から変わらず使われているピアノ曲は、実はショパンが作曲した「24の前奏曲 第7番 イ長調」という曲だ。なんでも、“胃腸”薬と“イ長”調を掛けてこの曲が選ばれた、という話も……。本当かどうかは分からないが、実際、ショパンの楽曲でイ長調の曲は数えるほどしかないことを考えると、あながち冗談とも言い切れないような気がする。

画像 Xbox 360で発売された期待の新作RPG「トラスティベル 〜ショパンの夢〜」。副題にもあるように、音楽家ショパンが死を目前にして見た“夢”が舞台になっている。

 この「トラスティベル」では、ショパンという実在した音楽家を題材にしつつも、彼が最期に見た夢の世界というフィクションになっているが、これをRPGに仕立てるという着想がおもしろい。その夢の中は、おとぎ話のように幻想的でありながら、人々が独立した自我や感情を持ちながら生きているという、虚構と現実がない交ぜになったような不思議な世界として描かれる。

 物語は、ショパンの夢の中に生きる少女“ポルカ”が、「一番大切な人のため」という言葉を口にしながら、断崖から身を投げるというショッキングな場面から幕が開く。続いて、幼少期のポルカとその母親が、美しい花畑で話をしている様子が回想のように描かれる。ここで母親は、幼い子供にはおよそ似付かわしくない難解な話を始める。さらに場面が転換し、舞台は1849年10月16日深夜のパリに移る。そこには、病床に伏せるショパンと、彼を見守る医師や身内(うちひとりは、おそらく姉のルドヴィカだと思われる)がいる。時間軸を前後させたり、夢と現実とを交錯させながら進む導入部に、見ているプレイヤーはすっかり惑わされてしまう。

画像 ポルカが断崖から海に身を投げるという衝撃的なシーンから始まる
画像 続くシーンでは、幼少期のポルカと母親の会話が描かれる。子供らしい素朴な疑問を投げかけるポルカに対し、母親はなぜか難解な答え方をする
画像 場面は現実の世界へと変わり、病床のショパンが映し出される。すでに意識はなく、昏々と眠り続けながら夢の世界へと迷い込んでいく

 夢の中の世界設定で興味深いのは、不治の病に冒され、余命短い者は魔法が使えるということ。ポルカもその1人で、また現実世界で死を迎えようとしているショパンもそう。また、ショパン自身が「これは自分の夢だ」とおそろしく冷静に受け止めていることもやるせない。しかし、夢の中でポルカたちと接するうち、その考えが揺らぎ始める。

控えめな色遣いと繊細な線で描かれたグラフィックが見事

 ゲームを始めて、まず感心させられたのが、ため息の出るような映像の美しさ。単にHD出力で精細感が高いというだけでなく、繊細なタッチと淡い色彩を巧みに用いていて、どこを見ても優美さが感じられる。中でも、序盤に訪れることになるリタルダントという港町の美しさは格別で、ファンタジックな魅力にあふれている。柔らかな光の表現や、被写界深度を浅めにして奥行き感を出すなど、空間表現も凝っている。

 キャラクターのデザインも魅力的に映る。トゥーンシェードでアニメチックに描かれていながら、平面的になりすぎず、デフォルメも極端すぎず、とバランスよく作り上げられているところに好感を覚える。

画像 全体的に淡い色調で、暖かみのあるグラフィックが美しい。この港町リタルダント以外にも、ゲーム中には風光明媚な場所が数多く出てくる
画像画像 本作の主人公アレグレットと、本当の兄弟ではないが彼を“兄ちゃん”と呼んで慕うビート。食料品などに課せられる税金があまりに高いため、彼らもまた日々の生活に困っている

画像 ゲームは章立てで構成され、各章のタイトルはショパンの曲にちなんで名付けられている。ちなみに「雨だれ」、「別れの曲」といった名前は後から付けられた“通称”であって、ほとんどはショパン自身が名付けたものでない

 また、ショパンを題材にしているだけあって、ショパンの有名な楽曲が使われていることも、このゲームの大きな注目点。しかも、あのスタニスラフ・ブーニンが弾いているというから、大した力の入れようだ。ブーニンといえば、ポーランドで5年に一度開催されるショパン国際ピアノコンクールの第11回(1985年)で、弱冠19歳という若さで優勝したという経歴の持ち主。これをきっかけに、とりわけ日本で絶大な人気を集め、当時の熱狂ぶりは「ブーニン現象」とまで呼ばれた。その彼が、今回の「トラスティベル」のために全て新録音でショパンの曲を弾いているのだから、話題性十分だ。

画像 ブーニン奏するショパンの曲は、一枚の静止画と「ショパン評伝」なる字幕解説とともに流れ、ゲーム中のイベントシーンなどでは使われない

 「トラスティベル」で個人的に一番注目していたのは、ショパンのどの曲がどんな場面に使われるのか、という点にあったが、これが想像とは大きく違っていた。ショパンの曲はイベントシーンなどのバックで流れるのではなくて、各章の途中に鑑賞コーナーのような形で挿入される。ショパンの曲がかかるときは、画面が絵画風の静止画になり、ショパンの生い立ちやその楽曲が書かれた背景などの解説が字幕で表示される。

 これは本当にもったいない……。ブーニンの演奏をじっくり聴かせたいという思いからか、あるいはゲーム中に使うことで曲が分断されたり、声優のボイスと被さることが忍びなかったのか。発売前に公開された予告編映像では、ポルカが崖から飛び降りるシーンに「別れの曲」が効果的に使われていて、大変感銘を受けた。ゲーム本編でも、“ブーニンが弾くショパンの名曲が重要なシーンで流れる”という贅沢な使い方を期待していただけに、至極残念だ。収録されているショパンの楽曲も、想像していたよりは数が少ない。

 ただ、ブーニンのピアノ演奏は、楽曲に対するひたむきな解釈が強く表れていて、聴き応えがある。楽曲にもよるが、遅いテンポで弾いているため演奏時間が長めになるのが特徴的。ほかのピアニストのCDと聴き比べたとき、ブーニンの方が1分以上長くなる曲もある。遅いといってもしまりのない演奏では決してなく、速いところはものすごく速く弾くなど、緩急と抑揚を恣意的につけながらドラマチックに聴かせる。音の粒がきれいに揃ったトレモロは、本当に美しくて感動的だ。

 また、5.1chサラウンドによる効果音の演出もなかなか凝っている。フィールド上ではわざとらしくない程度に環境音が鳴っているが、後述するバトルシーンになると仲間の声が真横から聞こえてきたり、必殺技を発動した際の効果音が部屋中を飛び交うように聞こえたりと、かなり派手な音響効果が楽しめる。

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

先週の総合アクセスTOP10
  1. ザリガニが約3000匹いた池の水を、全部抜いてみたら…… 思わず腰が抜ける興味深い結果に「本当にすごい」「見ていて爽快」
  2. ズカズカ家に入ってきたぼっちの子猫→妙になれなれしいので、風呂に入れてみると…… 思わず腰を抜かす事態に「たまらんw」「この子は賢い」
  3. フォークに“毛糸”を巻き付けていくと…… 冬にピッタリなアイテムが完成 「とってもかわいい!」と200万再生【海外】
  4. 鮮魚スーパーで特価品になっていたイセエビを連れ帰り、水槽に入れたら…… 想定外の結果と2日後の光景に「泣けます」「おもしろすぎ」
  5. 「申し訳なく思っております」 ミスド「個体差ディグダ」が空前の大ヒットも…… 運営が“謝罪”した理由
  6. 「タダでもいいレベル」 ハードオフで1100円で売られていた“まさかのジャンク品”→修理すると…… 執念の復活劇に「すごすぎる」
  7. 母親から届いた「もち」の仕送り方法が秀逸 まさかの梱包アイデアに「この発想は無かった」と称賛 投稿者にその後を聞いた
  8. ある日、猫一家が「あの〜」とわが家にやって来て…… 人生が大きく変わる衝撃の出会い→心あたたまる急展開に「声出た笑」「こりゃたまんない」
  9. 友人のため、職人が本気を出すと…… 廃材で作ったとは思えない“見事な完成品”に「本当に美しい」「言葉が出ません」【英】
  10. セレーナ・ゴメス、婚約発表 左手薬指に大きなダイヤの指輪 恋人との2ショットで「2人ともおめでとう!」「泣いている」
先月の総合アクセスTOP10
  1. 「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの仕打ち”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」
  2. 「絶句」 ユニクロ新作バッグに“色移り”の報告続出…… 運営が謝罪、即販売停止に 「とてもショック」
  3. 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  4. アレン様、バラエティー番組「相席食堂」制作サイドからのメールに苦言 「偉そうな口調で外して等と連絡してきて、」「二度とオファーしてこないで下さぃませ」
  5. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  6. 「やはり……」 MVP受賞の大谷翔平、会見中の“仕草”に心配の声も 「真美子さんの視線」「動かしてない」
  7. ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  8. 「母はパリコレモデルで妹は……」 “日本一のイケメン高校生”グランプリ獲得者の「家族がすごすぎる」と驚がくの声
  9. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  10. 「真美子さんさすが」 大谷翔平夫妻がバスケ挑戦→元選手妻の“華麗な腕前”が話題 「尊すぎて鼻血」