教材の書体を変えるだけで子どもの読解力が上がった!? モリサワに聞く「フォントのユニバーサルデザイン」(1)
まだ国内に1つしかないUD系の教科書体について取材しました。
より多くの人にとって、使いやすいカタチを目指すユニバーサルデザイン。その考え方は文字の世界にも広まっており、国内のフォントメーカー各社は「ユニバーサルデザインフォント(UDフォント)」を手掛けています。
書体を変えても、言葉の意味は同じ。ですが、“見え方”が変わると、言葉の在り方はどれくらい変わるものなのでしょうのか。大手フォントメーカー・モリサワに取材し、日本初のユニバーサルデザインの教科書体「UDデジタル教科書体」の開発者・高田氏、営業・盛田氏、瀬良氏に話を伺いました。
そもそもUDフォントとは?
―― そもそもUDフォントとはどんなものですか?
高田氏:人間の感覚は聴覚、触覚、嗅覚……などに分けられますが、情報の認知には視覚、特に文字情報の認知が大きな役割を果たしています。ですが、さまざまな事情から、読むことに困難さを抱えている人もいます。
UDフォントは「より多くの人に見やすく、読みやすく、間違いにくく、伝わりやすい」というコンセプトで、身近なところだと、当社の「BIZ UDゴシック」は地下鉄の車内電子掲示板などにも使われています。正確には、掲示板の書体の和文部分が、このUDゴシックデザインをベースにカスタマイズされていて、その後、Windowsユーザー向けに「BIZ UDゴシック」がリリースされました。
―― いつ頃から作られるように?
高齢化が進んだ影響でUDフォントの需要が高まり、10年数年前から各社が作るように。今では、どこのフォントメーカーも持っていますよ。
国内で先鞭をつけたのは、家電メーカーと共同開発を行ったフォントメーカー。例えば、リモコンのチャンネルにある「6」「8」という数字は、フォントによっては形が似かよっていて、「『6』の右上部分の線が開いている/閉じている」が分かりにくいことがあります。
高齢者などの場合、視界が衰えてぼやけてしまって区別しにくいことがあります。こういった課題を、シルエットや文字の切り口を分かりやすくしたUDフォントによって解決したんですね。
―― なるほど。でも、高田さんが開発に関わった「UDデジタル教科書体」は、むしろ子ども向けですよね。
ええ。もともとはロービジョン(視力はあるが、非常に低い状態などを指す)の子どもたちのために開発が始まり、約3年前の2016年6月にリリースしました。
開発当時、一般的だった教科書体は毛筆の楷書体に近い字形で、線には細いところ、太いところがありました。高齢者にも通じる話ですが、ロービジョンの場合、細くなっているところが見えにくいんですね。そのため、「UDデジタル教科書体」はゴシック体のように、線を一定の太さに保ちながらも、運筆の方向が分かる形状にしています。
エレメントがシンプルなのも特徴ですね。明朝体は横線の右端のところに三角形の「うろこ」と呼ばれる飾りがあり、教科書体は毛筆でグッとおさえたような形状があるんですが、そのようなパーツは省いて、シンプルな形状にしています。うろこや筆の入りの形状は、筆を持つ経験の少ない子どもたちや外国の方が理解しにくい部分でもあります。
発達障害のある人の中には視覚過敏がある人もいて、「ハネやハライの先端など文字のとがっているところが自分に迫ってくる感じがする」「明朝体のうろこや教科書体の筆の入りの形状に目がいってしまって、文字として読めない」といった理由から教科書体や明朝体を苦手としていることも。中には「明朝体を見ると吐き気がする」なんて言う子どももいるそうです。そういったケースでは、シンプルなエレメントの方が読むときのストレスがないんですよ。
ある保護者から聞いた話だと「子どもに勉強させようとしても『(文章を)読みたくない』『気持ち悪い』と言うので困っていたけど、UDデジタル教科書体で同じ文章を見せたら『これなら読んでもいい』と言ってくれた」とか。この子の場合は、角がなく、ハライのとがった部分がないことで、“イヤじゃない”という感じを受けたのかもしれません。
―― 経験がないとピンとこない話ではありますが、「俗に言う“生理的にムリ”のような感覚を、ある種のフォントに対して抱いていた」といったところでしょうか。
といっても、UDデジタル教科書体が万能というわけではありません。ゴシック体や明朝体が読みやすい子もいます。ただ、こういった問題を抱える人たちへの配慮の第一歩として効果があると思っています。
例えば、先日、耳にした識字障害のある子どもの支援をしている方の話ですが。ある子どもにデイジー教科書(PCなどで文字の拡大、色強調、音声再生などが行える教材)で、UDデジタル教科書体を採用したところ、今まで読めなかった文章が読めるようになり、その子は「オレはバカじゃなかったんだ」と。
―― 文字が当たり前のように使われている世の中ですから、ずっと疎外感のようなものを感じていたのかもしれませんね。
奈良県生駒市の調査で分かった「健常者でも読むスピードが上がる」
盛田氏:高田は障害に関する話をしてきましたが、「UDデジタル教科書体は健常者の子どもにも役立つのではないか」という話もあって。市内の小中学校で導入している奈良県生駒市で、こんな試みがありました。
一般的な教科書体、UDデジタル教科書体で簡単な国語のテストを行って、結果を比較するというもの。「晴れた空は青い」「ねこには七本の足があります」のような文章の正誤を「○」「×」で答えるだけなのですが、問題は全36問あって、回答時間は1分間です。
―― 全問こなすには1問につき、2秒以下。簡単だけど、スピードが求められるタイプの問題ですか。
ええ。小学生116人を対象にテストを実施したところ、一般的な教科書体は全問回答者が4人。それに対し、UDデジタル教科書体は30人で、正答率も81%と15ポイントも高くなりました。
―― 読解力って、フォントを変えただけでそんなに変わるものなんですか?
瀬良氏:正直なところ、ここまではっきり差が出るとは、われわれにとっても予想外でした。「全問回答できる生徒はせいぜい数人程度だろう」と考えていたくらいです。
―― 障害のある子どもばかりか、健常者にも役立つ可能性がある。そんなに便利なら、どうしてユニバーサルデザインの教科書体は今まで作られなかったのでしょうか?
高田氏:フォントメーカーやタイプデザイナーは、今まで必要性に気付いていなかった、気付いていても現場との接点がなかったのかなぁ……。初めは私も本当に無知で、ロービジョンの子は点字で勉強するものとばかり思っていました。点字の本は元の文章から“訳す”必要があって、ルーペや拡大読書機、今はデジタル教材での活用なども可能ですから、読める子にはなるべく文字を教えるそうなんですね。
また、健常者でも文字が読みにくいことはあって、例えば、「後ろの席の生徒が電子黒板の文字を読む」「バックライトのタブレットで長時間文章を読む」という状況。小学校などではICT教育の広まりで、電子黒板が使われるようになってきましたが、画質はPCと比べるとまだ荒くて、一般的な細い教科書体では、それなりに苦労するんじゃないかと思います。
電子黒板のメーカーは「先生が線を引ける」「ボタンを押すと動画が流れる」といった機能に注力していて、そこに映し出されるフォントにはあまり目が向いていない印象があるのですが、障害があろうとなかろうと文章が読みにくい状況はあって、UDフォントはそれを改善する一助になるんですよ。
(続く→学校で使うフォントは読みやすい“だけではいけない理由”)
本企画は全6本の連載記事となっています
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