今更ですけど、フォントって何であんなに多いんですか? モリサワに聞く「フォントのユニバーサルデザイン」(5)
ゴシック体、教科書体、明朝体、明朝体の中にもいろいろ種類があって……。
より多くの人に使いやすいカタチを目指すユニバーサルデザイン。その考え方は文字の世界にも広まっており、国内のフォントメーカー各社は「ユニバーサルデザインフォント(UDフォント)」を手掛けています。
書体を変えても、言葉の意味は同じ。ですが、“見え方”が変わると、言葉の在り方はどれくらい変わるものなのでしょうのか。大手フォントメーカー・モリサワに取材し、日本初というユニバーサルデザインの教科書体「UDデジタル教科書体」の開発者・高田氏、営業・盛田氏、瀬良氏に話を伺いました。
読みやすいとされるUDフォント“以外のフォント”が使われている理由
―― UDフォントが読みやすいのなら、どうして現在もその他のフォントが使われているのでしょうか?
高田氏:UDフォントは年齢の違いや障害の有無などにかかわらず、より多くの人の見やすさや読みやすさをコンセプトにしている書体ですが、どんな目的でも効果を発揮する万能な書体ということではありません。例えば、「視力が良い人なら、長文は明朝体が読みやすい」といわれています。
日本語を読むときの目の動きを調べると、漢字から漢字にジャンプして、仮名は飛ばすような動きになっているそうです。漢字で意味を理解し、仮名で言葉のつながりや時節などの補足情報を捉えているんですね。
明朝体の漢字は横線が細く、縦が太くなっているのですが、仮名はそうなっておらず、筆書体の字形です。このような形状の違いから、漢字、仮名が直感的に見分けられるんですよ。それで「漢字、仮名の区別がしやすい明朝体は長文でも疲れにくい、読みやすい」といわれているのではないかなと思います。
また、フォントには雰囲気を演出する役割もあって、小説などでは「この書体で読みたい、使いたい」と強いこだわりがある場合も。UDフォントはさまざまな人が目にする公共物などと相性が良いのですが、本はユーザー層を設定できるので、「これは子ども向けだから、一文字一文字がはっきり見えてやわらかい雰囲気にしよう」「この小説は情緒的だから、伝統的な落ち着いたイメージにしよう」といった具合に、書体が決まることもあります。
―― 紙の新聞は高齢者も読むと思うのですが、そのフォントにはどのような特徴があるのですか?
UDフォントは文字として認識するうえで不要な部分を省いて、明るくシンプルなデザインを心掛けることが多いのですが、新聞は反対に仮名の“脈略”をあえて長くデザインします。「い」や「こ」のはねるところを長くして、1つのまとまりとして見えるようにしているんです。
また、新聞では80%の平体(縦幅を小さくした状態)を使うことが多い、小説と比べると行長が短く行間が狭い、漢字に対する仮名のサイズも大きめといった特徴がありますね。
この他にも、高齢化の影響から文字を大きくしたり、視界がぼやけると細い線が見にくくなるので文字の横線を太くデザインしたりとUD化が進んでいますよ。
フォントの作り方
―― フォントはどのように作られているのでしょうか?
基本的に和文フォントは、少なくとも9300字以上作らなければリリースできません。書籍に使えるようなプロが使うセットでは2万字を超えるグリフ(字体とほぼ同義語。記述記号やスペースなども含む)を作る必要があります。
このような理由もあって、フォントのデザインは1人ではなく、ルールを決めて複数人のチームで行います。デザインが完成しても終わりでなく、PCで使えるように文字幅を設定したり、いろいろな機能を付加していきます。
人が文字を手書きするときは、前後の文字に合わせて、文字の大きさを無意識的に調整できるのですが、書体ではそのようなことができません。どんな文字と組み合わせても大きさや位置などに違和感がないようにする必要があって。
実際によく使われそうな熟語で組んでみたり、漢字かな英数交じりで縦書き・横書きで文章を組んでみたりします。そうやって確かめると、「この熟語だとバランスが悪い」「横書きのときは良いんだけど、縦書きにするとある文字だけ右に寄って見える」といったことが分かるんです。
―― 特にUDフォントをデザインするときは、どのような点に注意しましたか?
濁点・半濁点は少し大きくして元の仮名からはっきり離す、「す」「る」のループは大きくするなどして、なるべく文字を“明るく”、判別しやすくしました。“明るく”というのは、ゴチャゴチャと黒い線があると見にくくなってしまうので、線の1つ1つがはっきり分かるようにした、ということです。
教科書体のように、文字の形状に制約がない明朝体やゴシック体は、形状を省略して“明るく”する工夫もしています。例えば、「BIZ UDゴシック」では、字面を大きめにしたり、「西」のハネを省略したり、「豕」の形状を変えて文字が小さくても潰れにくくしたり。
―― ねとらぼ編集部内でも“明るい”に似た表現を使うことがあります。「このタイトル、漢字だらけで“黒い”(画数が多くなり、実際に黒っぽく見える)。別のフレーズに差し替えよう」とか。
盛田氏:タイプデザイナーはそういう調整を一文字単位でやっている感じですね。
―― 書体作りは手間がかかりますねえ……。素朴な疑問なのですが、それなのになぜ、フォントはあんなにたくさんあるのでしょうか?
高田氏:先にも言ったように、書体の良い悪いは一概には言えないもので、プロのデザイナーは同じ明朝体でも縦書きか横書きかで書体を変えたりします。また、書体だけで良いものができるわけではないので、組版も対象となるユーザーや目的に合わせています。
瀬良氏:この業界では新しいフォントが現れると、他社が同系統のフォントを作ることがあって、最初のUDフォントがリリースされてから、各社でさまざまなものが作られました。
―― フォントの世界でも、他業種メーカーのような動きが起こるんですね。
そのときには自分たちなりの工夫が加えられ、次第により良いフォントが生み出されるものです。
高田氏:ユニバーサルデザインの教科書体は今のところ(2019年4月末時点)、UDデジタル教科書体しかありません。ですが、そろそろ他社からも「こうしたらもっと良くなるんじゃないか」と考案したものが出てくるのではないか、と思います。私も、教育現場におけるUDフォントの次の課題が見えていますし。
子どもたちの見え方もさまざまですし、場面や目的に応じてユーザーが選択できることが、本当のユニバーサルデザインだと思っています。
(了)
本企画は全6本の連載記事となっています
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